第四話:弱点
「───あ、おかえりなさい」
一階フロアに戻ると、何故か広恵さんがいなくなっていた。
一人になった未来ちゃんは、何故か懐中電灯と買い物カートを手にしていた。
「ただいま~。それどうしたの?」
「これは、暗くなってきたら使おうねって、ランタンと一緒に用意していたもので……」
「も、だけど、こっちの───」
未来ちゃんに近付くついでに、カートに積まれたカゴの中を覗いてみる。
内容は、白菜や人参などの野菜類、おにぎりやカツ丼などの惣菜類、水やお茶などのペットボトル飲料水。
カートの種類は同じだが、待合室にあったものを移動させてきたわけではないようだ。
「てか一人?ヒロちゃんは?」
「あ、えっと、広恵さんは今、お肉とか取りに行ってて……」
「お肉?」
「取りに、ってことは食品売り場?」
「あ、んーと……」
「質問責めにしてやるな。───ごめんね」
「あ、いえ、大丈夫です、すいません」
オレと早乙女でつい捲し立ててしまったところを、照美に窘められる。
するとナイスタイミングで、未来ちゃん同様に懐中電灯と買い物カートを手にした広恵さんが現れた。
「あ、戻ってたのね~。おかえり~」
「ただいまです~」
「ヒロちゃんもお買い物?」
「さもお買い物かのように、ただ持ってきただけよ。
これで私も立派な万引き主婦!」
「アハハハハ」
「笑っていいとこ?」
広恵さんの買い物カゴも覗かせてもらう。
こちらの内容は、鶏肉や豚肉といった肉類、エノキやシイタケといった茸類。
加えて、醤油や胡椒などの調味料が数点。
「……鍋?」
「そ!鍋!」
そして、これ。
ちゃんこ鍋と、ごま豆乳鍋。
いわゆる、鍋スープの素である。
広恵さんと未来ちゃんで相談して、夕食を作ることになったらしい。
せっかく仲間が増えたのだから、歓迎会と懇親会を兼ねて、みんなで食事をしよう。
せっかくの食事会を既製品で済ませるのは味気ないから、できる範囲で手作りの料理を振る舞おう。
とのこと。
「それはそれとして、なぜに鍋?」
「だってほら、既製品って乾き物とか、固形物が中心でしょ?
そろそろみんな汁物とか、温ったかいの食べたいかな~って」
「最高そうしましょう」
「英断であります」
「俺らも手伝えることありますか」
「あら、いいの?
実は人手ほしかったのよ~」
女性陣からの有り難いご厚意に、ただ甘えるだけは申し訳ない。
僭越ながら、オレ達も夕食作りのお手伝いをさせてもらうことに。
「四階って、つまり最上階やん?」
「遠い」
「暗い」
「うるせえ甘えんな」
「じゃんけんしよう」
「またかー」
一階・食品売り場から、人数分の食器と鍋を持ってくる。
四階・アウトドアグッズ売り場から、カセットコンロとカセットボンベを持ってくる。
一階・飲食店の厨房にて、食材の下拵えなど広恵さん達のアシストをする。
前者二つは、まあまあ重い道具の調達。
後者一つは、両手に花で簡単な手作業。
言わずもがな、三人とも後者を希望。
命運はまたもや、じゃんけんという名のギャンブルに委ねられた。
「たまには力仕事せえや!」
「いやほら、こんなかで一番料理経験あるのおれですし。
デブは美味いもの作るに定評ありますし」
「やめようぜ喧嘩は。タイムがロスでロサンゼルスだ」
「意味わかんねーんだよ!自分も楽な部類だからってタカミー決めやがって!」
「アルフィー?」
じゃんけんの結果、希望を叶えたのは早乙女。
食器と鍋は照美、コンロとボンベはオレが調達してくることに決まった。
美味いものを知っていると定評のある早乙女と、貧乏くじを引きやすいと定評のあるオレ。
いつぞやのデジャヴである。
「でも、なんで一階すか?
上のレストラン街のが、それこそ食器とか座席とか揃ってるでしょうに」
「そうしたいのは山々なんだけど、レストラン街も最上階でしょう?
あそこまで色々運ぶの手間だし、その間にお客さんあったら困るじゃない」
「な~る」
「時間稼ぎすんな」
「はよ行け」
「はいはい行きますよ!首洗って待ってなさいよね!」
「ごめんね~、急がなくていいからね~」
「よろしくお願いします」
再びの解散、からの単独行動。
広恵さん達に分けてもらった懐中電灯を携え、下りたばかりのエスカレーターを上ってゆく。
「───こんな中でグーグー寝てられんのスッゲエな……。
意外と肝据わってんかな……」
なんとなく立ち寄ったスノウマインズでは、芦辺さんが熟睡継続中。
こんな寂しい空間でも、普通に寝ている人がいる。
という事実は、孤独と暗闇に対するオレの恐怖を、ほんの少し和らげてくれた。
「あった、ここだ」
最上階到着。
目的地のファサード看板を、懐中電灯の光で照らしてみる。
「ふーん。名前知らんかったかも」
"KNOCK-DOCK"。
はるばる神奈川から出店したという、アウトドアグッズブランド。
流行の兆しを見せているキャンプ用品のほか、いざという時の防災用品なども取り扱っている。
「お邪魔しま~す。
いや~、いつ来ても豊富な品揃えでらして、ここなら一年は篭城できるんじゃないかってくらいですね~。
僕はキャンプ自体は全然なんですけど、焚き火の動画とかは割と見る方なんですよ知ってました~?」
ぶり返した恐怖を紛らわせようと、無駄に独り言を喋りながら店内を歩く。
「コンロ、ボンベ、コンロ、ボンべ、コンロ、ボン───、と。あったあったこれだ」
調度品の棚から、カセットコンロとカセットボンベを対でゲット。
続けて装備品の棚から、大きめのバックパックをゲット。
コンロとボンベのセットをバックパックに詰め込み、勢いをつけて背負う。
「おもっ……!」
うっかり。
予想を越えて、だいぶ重い。
勢いをつけたのが仇となり、重心を崩した挙げ句、食料品の棚に背中を打ち付けてしまった。
「ア"ー……。くそ、」
ぶつかった衝撃でバラバラと雪崩落ちる携帯食。
バランスを取ろうとして失敗した足の痛みと肩の強張り。
何をやってんだ、オレは。
自分で自分に呆れつつ、溜め息をバネに体勢を立て直す。
「っとに、じゃんけん弱いんだよなー。
つか、弱いって知ってて毎回じゃんけんにしてくるアイツらも───」
調達を果たしたら、踏んだり蹴ったりな道程だったことを報告しよう。
あと、勝負事でオレの弱点ばかり狙ってくるのはやめろと、照美と早乙女に文句を言ってやろう。
そこまで思案して、続く言葉を自分で止めた。
「文句言われんのはオレの方か」
自分に非があると分かっていて、自分に責任があると認めている。
そんな場合にも、露呈しない限りは白状しなくていいだろうと。
ダサくてズルくて、信念や正義を貫くより、長いものに巻かれたいタイプ。
そんなシミッタレな男こそが、新名良太の正体だ。