第三話:12時間くらいなら戦えますか
芦辺さんスティラ合流。
広恵さんと未来ちゃんと、三人改めての自己紹介および情報交換。
からの、芦辺さん軽食タイム。
一足先に済ませた広恵さん達に倣い、食品売り場の焼きそばパンもぐもぐ。
からの、芦辺さん一時帰宅。
住所が近いことと、ビジネススーツを着替えたかったのが主な理由。
合流から帰宅までの流れは、ざっとこんな感じだったらしい。
「軽食つったら皆パンになるんすね」
「この状況でおにぎりは手に取らんやろ」
「ヒロちゃんも、せっかく車持ってるなら乗ってくりゃ良かったのにね」
「今考えればね。
あの時はそこまで頭回らなかったというか、仮に乗ってきても、あんまり意味なかったというか……」
「というと?」
「彼の話の続きになるんだけど……」
自宅アパートに着いた芦辺さんは、スーツから私服に着替え、手回り品を回収し、念のため部屋中を点検してから、スティラに戻った。
私服の内容は、上がTシャツにブルゾン、下がジーパンにスニーカー。
手回り品の内容は、在宅仕事用のノートパソコン一式。
いついかなる時も本業への責任と恐怖を忘れない、社畜の鑑である。
「あり?でも今スーツ……」
「一回着替えて、またそれに着替え直したんですか?」
「そうしたくはなかったんですけどね」
「まさか……」
新たな来訪者を期待して待った三人。
しかし、芦辺さん以降の四人目は現れず。
今日のところは休みましょうかと一段落つけたところで、時刻は24時を迎えた。
次の瞬間、24時は12時となり。
芦辺さんの持ち物はスマホを除いて消失し、芦辺さん自身も元のスーツ姿に変わった。
件のタイムループが発動したことにより、芦辺さんははじまった当初の状態に。
元通りに、なってしまったのである。
「てことは車も!?」
「さっき確認して来ましたけど、元の駐車場にありました」
「ガーン」
「元いたとこに戻る、は全部適用か」
「確認、てーのは、どうやって?車なくなっちゃったんですよね?」
「ここに駐めてあったタクシーのひとつ、お借りしました」
「タクシー!?」
「乗れたんすか!?」
「鍵さしたままだったんで」
「ほら見ろ!やっぱ鍵ありゃ乗れんだろ!」
「これからは車が使えるんや!」
「だからさっき意味ないって言ってたんですね~」
「そゆこと~」
すべてが水の泡となった芦辺さんだが、引き換えに幾つかの知見を得た。
身形や環境を整えたところで、12時間経てば元の木阿弥。
ならば、私事の充実は最優先事項ではない。
より広く知見を得るためにも、もっと多く仲間を増やすべき。
探索に時間を割くべきだ、と。
「やっぱやってることオレらと一緒すね」
「車とチャリとじゃ、えれえ違いだけどな」
「でもお一人で帰還されたということは……?」
「残念ながら、僕の回ったルートには何も」
「人も?」
「一人も」
「ルートの問題ならいいけど……」
「ヒロちゃんはいいんですか?」
「ん?」
「タクシー他にも使えるなら、ヒロちゃんも家の様子見に行ったりとか……」
「あー……。
探索の方ならね。アシベさんと手分けしても良かったんだけど。
それだとミクちゃん一人置いてくことになるじゃない?」
「誰かは留守番しないとっすもんね」
「そう。
ミクちゃんだけでお留守番してる時に、変なやつがホイホイされて来たら危ないでしょう?」
「お前みたいな」
「おい」
「だから、申し訳ないけどアシベさんに代表してもらったの」
「自分のことは気にしないでください」
「わたしばっかり気遣ってもらってすみません……」
一度目のタイムループ間もなく。
自家用車からタクシーに乗り換えた芦辺さんは、お仲間探しに再び町へ。
入れ違いで、オレ達がスティラにやって来た。
芦辺さんはスティラ周辺と、オレ達が来た方向とは逆の地域を巡回したが、釣果はなかったとのこと。
「───特殊の名に恥じぬ特殊っぷりっすなぁ」
「ヒロちゃん達はどうだったの?
置いといたコンポとかが元通りに、って話はさっきしてたけど、服とか持ち物とか」
「服は初日からこのままでいるから、変わってないよ。
ミクちゃんも、ね?」
「はい」
「持ち物はねぇ、家出る時に鞄持ったはずなんだけど、何故かこれだけ手元に残ったのよ」
これ、と広恵さんが差し出したのは、スマホとコインケースだった。
外出用の鞄を提げて家を出たはずが、タイムループ発動と同時に、こちらも消えてしまったのだという。
消えずに残ったのは、鞄とは別に持ち歩いていた前述の二つだけ。
そういえばオレ達も、タイムループが作用していない持ち物は、スマホと財布だけだ。
肝心のデータや所持金は元通りになってしまったが、ガワはちゃんと手元にある。
「ミクちゃんは?」
「わたしは何も……」
「ガチ手ぶら?」
「はい」
貴重品はタイムループの対象ではないのか。
と思いきや、未来ちゃんは貴重品すら持ち合わせがないという。
何かを忘れているような、見落としているような。
これの原因はこうだ、と言い切れるだけの決定打が、浮かびそうで浮かばない。
「───あの、すいません」
芦辺さんが徐に挙手をする。
どうしましたと尋ねると、芦辺さんは挙げた手を自分の額に当てた。
「盛り上がってるとこ申し訳ないんですけど、自分ちょっと、仮眠とってもいいですか」
「え?」
「あ、そっか」
「あ?……ああ、そうか!」
出し抜けの仮眠宣言に、面食らって直ぐ気付く。
はじまった当初の芦辺さんは、眠気に抗えず寝てしまった。
おかげで体力は回復したが、タイムループのせいで元通り。
すなわち今の芦辺さんは、初日の眠気がぶり返してしまっているのだ。
なんなら、当初が14時で、今が16時過ぎ。
探索に出ていた疲労も加えれば、輪をかけて眠気ボンバーに決まっている。
「限界マックスな感じですか?」
「限界、てほどじゃないですけど。
できれば横になりたいかも、ですね」
「むしろずっと眠かったのに、よく運転して来れましたね」
「そこは気合いで、どうにか」
話はまだ途中だが、体調不良の人に無理強いはさせられない。
ここで一旦お開きとし、芦辺さんには休んでもらうことに。
「どうします?ここで寝ます?」
「せっかくなら、ベッドでゆっくりの方がいいんじゃない?」
「でもベッド……」
「もっかい家まで帰る?」
「そんなことしなくても、ベッドくらいここにだって有るでしょう?」
広恵さんが意味深に笑う。
オレと早乙女は"あー!"と納得の声を揃えた。
「家具のコーナーって何階でしたっけ?」
「3階。
ちょっと遠いけど、アシベさん歩けそう?」
「はい。ご心配なく」
広恵さんに心配されながら、芦辺さんが立ち上がる。
"ご心配なく"、と強がる本人の足元はフラフラヘロヘロ。
こんな調子で、一階から三階までを渡りきれるとは思えない。
「いや、あの、普通に歩けます」
「そう言わずに」
「困った時はお互い様っすよ」
遠慮する本人を無視して、オレは横で芦辺さんの肩を。
照美は後ろに回って、芦辺さんの背中を支えた。
「じゃー、おれはアシベさん用のランタン持ち係するわ」
「オッケー」
「そんな気を遣って頂かなくても……」
「だって3階っすよ?
何時間かしたら、ここよりもっと真っ暗になるでしょうし。
明かりの一つ二つは持ってかないと」
「転ばぬ先の杖と思ってください」
「ヒロちゃーん、ここのランタンいっこ借りてもいー?」
「いーよー。
私も付いていこうか?」
「大丈夫~。
またお客さん来るかもだし、二人はここで待ってて~」
「りょーかい」
「お気を付けて」
早乙女は芦辺さん専用のランタンを持つ係として同行。
広恵さんと未来ちゃんは待合室にて引き続き待機。
「トチって転ぶなよ」
「そっちこそ」
「誰かおれの心配もして」
早乙女が先導し、オレと照美で息を合わせ、芦辺さんの運搬開始。
「なんか、オレん家での一幕思い出すな」
「ポジション違うけどな」
「人数も」
「あと体重な。
こいつより断然軽くて全然ラク」
「その節は誠に申し訳ありませんでした」
「なんの話ですか?」
「くだらねえ話っすよ」
動かないエスカレーターを階段代わりに上っていく。
天窓が近付いた分、多少は視界が明るくなったが、何分もつやら。
芦辺さんが仮眠から覚めた頃にはきっと、辺り一面真っ暗に違いない。
ランタンを借りてきて正解だった。
「ついたー!」
「奥の方よく見えねえな」
「俺は前も見えないが」
Snow mindS。
北海道を拠点に全国展開する家具・インテリアブランド。
いつぞやと比べると、難なく目的地まで到着した。
ベッド置き場を探して、スノウマインズの奥へと進んでいく。
「どれにします?」
「普通のだったら足はみ出したりとかしません?」
「なんでもいいです……」
「あ、これとかどうすか?固さと広さがいい塩梅!」
「じゃあそれで……」
複数あるベッドを皆で吟味したのち、芦辺さんが選んだのは早乙女のオススメ。
寝具備え付けの、セミダブルベッドだった。
オレと照美が体を離してやると、芦辺さんは倒れるようにベッドに横になった。
芦辺さんの長い足は、ベッドフレームに収まるギリギリだった。
「お布団かけますね~」
「すいません……」
「ランタンここ置いときますね~」
「すいません……」
「寝心地はいかがですか~?」
「いいです……」
家具屋の店員風に世話をするオレ達。
うとうとむにゃむにゃ生返事をする芦辺さん。
潔癖そうな印象とは裏腹に、芦辺さんは何処でも寝られるタイプのようだ。
「オレら下戻りますけど、他に何か欲しいものとか?」
「なにも……。
お手数、おかけしました……」
「なんもっすよ。
ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます……」
「おやすみなさ~い」
「おやすみなさい……」
かけていた眼鏡をヘッドボードに置き、芦辺さんは布団に包まった。
たちまち寝息を立て始め、いかに芦辺さんが草臥れていたかが分かった。
「眼鏡外すと意外に童顔ね~」
「でもクマが……、もはやフェイスペイント……」
「ストレスフルビジネスマンの権化」
「社会人って大変なんだな……」
「そうだな……」
芦辺さんの寝顔を観察しながら小声で駄弁る。
「戻るか」
「だな」
「お腹すいたね」
「お前さっき食ったやろ」
ビジネスマンって、社会人って、大変なんだな。
社畜って、可哀相な人種だな。
なんて、口では言いながら。
この人は普通に眠れるんだなと、オレ達は密かに羨ましかった。




