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8



 夏だというのに冷え切った当主の間で、私は玉彦の後方に座る。


 あれから、澄彦さんは一度も笑わなくなった。

 淡々と昔からそうだったかのように。


 玉彦の対面に竹婆が座していたので、正武家の身内の何かだと思っていたら、開かれた襖から清藤の多門が姿を現す。


 彼に会うのは五年ぶりだった。

 南天さんとは連絡を取り合っていたようで、大学に進学したとかの近況報告は耳には入っていた。

 あの頃よりも少しだけ背が伸びて、相変わらず髪は長く後ろで纏められている。

 大人びた雰囲気をまとい、座敷の中ほどで低頭する。


「上げよ、多門。火急とは、どうした」


 ゆっくりと顔を上げ、澄彦さんではなくこちらを見た多門の左頬には深い三本の傷があった。

 その瞬間、私の全身の毛が逆立った。

 多門は澄彦さんに向き直り、清藤が二つに割れました、と答えた。


「主門は何をしている」


 澄彦さんは動揺もせず、問い質す。

 まるで来るべき時が来たとでも言うようだった。


「今朝、次代と共に消息を絶ちました。狗をもってしても行方は追えませんでした」


「では二つとは、亜門とお前か」


「……はい」


「その頬の傷に見覚えがある。亜門の狗だな」


「……はい」


 澄彦さんは多門の返答から、長考した。

 困って考えあぐねている訳ではないようで、眉間に皺はない。

 王手に繋がる何百もの手を紡いでいる。


「……お前がここへ来たということは、そういうことで良いのだな?」


「……はい」


 澄彦さんは胸元から黒い扇を手に取り、当主の間の全員にその先を向けた後、自分の口元を隠した。


「これより正武家は西の清藤の粛清を行う。当主、次代が潰え、その跡を亜門が継ぐこと赦さず。正武家の敷居を跨げぬ者に資格はない」


 その下知は、当主の間に緊張を走らせた。

 どのように粛清をするのか私は解らないけれど、禍相手ではなく人間相手になるのだと思う。

 同種の力を持った者達の。


「今宵、返終の儀を行う。月が真上に昇れば本殿にて、竹、用意を頼む。以上だ」


 澄彦さんの締めにその場に居た全員が低頭した。


 そして、私は。


 当主が間を退出する前に、打ちひしがれていた多門の前に立ち、見下ろした。

 彼の気持ちを思い、気遣う余裕が私には無かった。

 そしてよく頬の傷跡が見えるように、顎を持ち上げる。


 深い深い三本の傷。


 この傷跡は、今も目に焼き付いている。

 柔らかい肌のヒカルの頬にも刻まれていた……。


「見つけた……。本当に亜門の狗なのね?」


 その確認の意味が解らない多門は、戸惑いながらも頷いた。

 再び全身の毛が逆立って、身を翻した私の行く手を玉彦が塞ぐ。


「比和子。行ってはならぬ。必ず、私の手で粛清をする」


「どいて、玉彦。いくらあんただって、容赦しないわよ」


「ならぬ。比和子の手を穢すことは出来ぬ」


「じゃあ、どうすんのよ!? お父さんは、お母さんは、ヒカルは!? これからまだ楽しいことだっていっぱいあった! 嬉しいことだって沢山! 三人からそれを奪った奴を娘の私が殺しに行って何が悪いの!?」


 叫んで泣いて、どうしようもない感情に飲み込まれる私を、玉彦は悲しそうに見つめるだけで。

 彼に鬱憤をぶつけてもどうにもならないのに、私の口は止まらなかった。


「私があの時、この眼さえ使わなければ亜門の標的はお父さんたちに向かわなかった! 逆恨みされることも無かった! 私が大人しく殴られていれば、こんな事にはならなかった! 違う!?」


「……比和子。そのように考えてはならぬ。断じてそれが理由ではない」


 玉彦が私を抱き寄せる。


 彼の鼓動が聴こえる。

 いつもよりも早く打っているのは、私と同じだから。

 でもここでは玉彦様だから。

 冷静に努めているだけ。

 澄彦さんだってそう。

 三人の遺体から目を逸らさずに、冷静に調べていた。

 でも送り出すときには涙を堪え切れなかったけど。


「私、いらない。こんな時にまで使えない眼なんていらない! この眼が無ければ何も失わなかった!」


 本当は玉彦を護る為に欲した眼だったけど。


 お父さんたちが死んでしまうなら、こんな眼、発現しなければ良かった。


 でもそうすると私が玉彦の側に居ることはできない。



 鬩ぎ合う矛盾に私はもう、何も考えられなくなった。



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