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走って走って走って。
息を切らせて澄彦さんの私室の襖に手を掛けた時、寝起きで擦れていた澄彦さんの驚く声が聞こえた。
「光一朗が、死んだだと!?」
お父さんが、死んだ?
何も考えずに襖を開くと、私の姿を見た澄彦さんが顔を歪ませ、振り返った玉彦は息を飲んだ。
「どういうこと? お父さんが死んだって、どういうことよ!?」
私は信じられずに玉彦の胸元に掴みかかった。
さっきのあの電話。
外人だった。
じゃあお母さんは? ヒカルは?
どこで何をやってるの?
お父さんが死んだって。
お母さんから電話が無いのはどうして?
その前に、お父さんがって、そんなの、嘘だ!
「比和子……」
玉彦はやっぱり何も答えずにただ私を包む。
それが現実なんだと無言で。
「嘘だ! やめてよ! 嘘でしょ!? 間違い電話でしょ!? 馬鹿じゃないの!? だって、そんなの信じられるわけない! ねぇ、玉彦!」
腕の中で身を捩って暴れる私を、それでも離さずに玉彦は歯を食いしばった。
そして告げられた事実に、私の絶叫がお屋敷に響き渡った。
遠く離れた異国の地で、お父さんとお母さんと、まだ九歳のヒカルが。
二か月前の祝言で玉彦に私を宜しく頼むと頭を下げたお父さんの姿が浮かんで消えた。
色打掛を満足そうに見て頷いた鏡越しのお母さんが、玉彦にお姉ちゃんと離婚しろと怒りながら詰め寄っていたヒカルが、浮かんでは消えてゆく。
それからの記憶はあまりない。
三人のお葬式は、身内だけで鈴白村のお祖父ちゃんの家で行った。
弔問客は全てどんな人であろうと断った。
私がそうお祖父ちゃんにお願いした。
棺に眠っている私の家族を誰にも見せたくなかった。
無残に殺された姿は、娘の私でさえ目を背けたくなる程だったから。
三人の棺は光次朗叔父さんと南天さんが引き取りに行ってくれた。
私はそんな状態ではなかったから。
三人が帰って来て、私の現実が歪んで、それでも何とか踏ん張っているのは怒り。
どこの誰だとしても絶対に殺してやるという、深い闇の怒り。
神守の眼で視ても、そこにはもう三人は残っていなかった。
あったのは、何かの残響と獣の気配。
獣で思い浮かべるのは犬外道だけど、もっと別の何か。
私にはそれで十分だった。
それさえ分かれば、私にはそれを追いかけることが出来るから。
三人は、お坊さんではなく、正武家当主の澄彦さんが送り出してくれた。
けれど途中で詠い上げる言葉は嗚咽に変わってしまい、玉彦が引き継いだ。
鈴白の地で眠ることになった三人は、正武家に送られて、きっと安らかに逝けるだろう。
たとえその身が喰い散らかされて死んでいったとしても、正武家の意向がそうなるようになっているように、澄彦さんや玉彦が安らかにと願ってくれさえすれば、安らかにあるはずだ。
そうでなければ私は、遣り切れない。
悲しみの涙は途切れず。
呆けたまま迎えた四十九日。
私と玉彦は、お役目のように白い着物を身に纏い、三人の墓前に手を合わせた。
目を閉じたまま、思うことはない。
捧げる言葉すら浮かばなかった。
手を繋いで歩く、帰り道。
夕陽を背に伸びる影を踏んで進む。
「玉彦、私と」
「断る」
玉彦の大きな手が、少し痩せた私の手を強く握る。
絶対に離さないというように。
「私と離縁」
「断る」
あれから何度も繰り返す私のお願いに玉彦は耳を貸さなかった。
復讐に身を投じようとする私を、彼は幾度となく阻止をした。
片時も離れずに、あれ程遠ざけようとしていたお役目の最中ですら私を傍らに置いた。
ただそこに空っぽでいる私を。
こんな闇を抱えた人間が、玉彦の隣にいるっておかしいと思う。
彼が最も嫌う、人を傷つけようとする濁だ。
それから無言のままお屋敷へと帰宅すれば、豹馬くんが当主の間へと私たちを先導した。




