二十一話ですぜ、旦那!
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ドゥーマ国の内乱は当初こそ直ぐに終わると誰もが予想していたが、しかし現実はそういかず長引いた。それはもう面倒臭くなるくらいには長引いたと言えるだろう。
その最たる理由が、ドゥーマ国の王族が有する兵力と反乱した貴族達の戦力差にある。大きな隔たりがあるのなら容易く決着が付いたのだろうが、五分五分の戦力なら長引くのが当然だったのだ。
国の資産を十全に使用して傭兵を雇った王族に対して、自身達で保有する戦力だけで戦うしかなかった貴族達は思わぬ苦戦を強いられた。その結果が現状である。
とは言え、私は別に直接的には関係無いので問題無い。がしかし、間接的には関わりがあると言えばあるので、それが問題と言えるかもしれない。
それと言うのも、時折私の屋敷に来る宰相様の愚痴が凄まじいのだ。しかも酔っ払っての愚痴であるからして、非常に鬱陶しい事この上ないのである。
やれ統治する側の身を考えろとか、やれ今までは何故問題にならなかったのかだとか、ドゥーマ国だけでなく他の二ヵ国に関する愚痴も凄まじく、私は愚痴を聞く機械として過ごす日常を送っている。
確かに宰相様の愚痴を聞いていると、何故国として今まで問題にならなかったのかと疑問に思う事ばかりで、それを侵略して完全に征服したムーティッヒ国が面倒を見なければならない事は理解していても、頭を抱えたくなる気持ちは充分に察して余りあるとは言えるだろう。
どの国の貴族も、平民は放っておけば育つ雑草か何かだとしか考えていないらしく、灌漑事業も農地の整地も全て平民任せであり、そのせいか無法地帯と言っても過言ではない有り様。その一方で、税金だとか言って取るところは確り取っているのだから、その悪辣ぶりは凄まじいものがある。それこそ、いっそ清々しく思えるくらいだ。
そんな酷い状態の国々の面倒を見なくてはならなくなった責任ある立場の宰相様は、先ずは無能な貴族達の粛清から始められた。しかし、それも最初こそ上手く行っていたが、少しずつ手に負えなくなっているようだ。
何故なら、馬鹿としか思えない貴族は粛清するのに簡単で良いが(犯罪の記録を残していたりするから)、少し頭の良い者は証拠を残していないので簡単に潰せず、その結果として無数の忍を使わねばならない事態に陥っているそうだ。
忍も忍で大変だろうなと、そう思いつつ愚痴を聞くだけの私はまだ良い身分だと思わねば贅沢だろう。しかし、耳にタコが出来るくらいに愚痴を聞かされると、流石に私としても辛く感じてしまうのが素直な感想だ。
そうして半年の時が経過した現在、漸く戦勝パーティーが開かれる事になった。普通ならもっと早くに戦勝パーティーというのはするべきであるが、完全なる勝利である事が起因して遅くなったのだ。
それと言うのも、国民や貴族の戦意向上や維持を意図して行うのが戦勝パーティーであるからして、完勝しているのが明らかな事から延びに延びた結果、ドゥーマ国の反乱はまだ継続中の今だが、漸く一段落が付いたとして戦勝パーティーが開かれたのである。
そのパーティーに当然私も出席しており、こう言った類いのパーティーに珍しく出席している私の周囲には無数の貴族達が集まっていた。
「コーター卿はもっとパーティーに出るべきですな」
「然り。愛国心溢れる貴方がお忙しいのは明白ですが、休む事も大事ですぞ。御身であれば悠々自適な生活をしていても誰もが文句など言いますまい」
「左様で御座いますな。休む事も仕事の一つであると認識せねば、倒れてしまいますぞ」
沢山の貴族達に囲まれながら、私はお優しい言葉を聞き苦笑いを続ける。どうもイギリスドラマを見ていた影響で、彼らの言葉に裏があるとしか思えない私にとっては、このような場で交わされる言葉の数々には皮肉が紛れているのではと思わずには居られない。
私が見ていたイギリスドラマの筆頭が、貴族達のヒューマンドラマだった事が理由で、どうにも彼らの言葉が素直に聞き入れ難いのである。被害妄想というフィルターを通した彼らの発言は、私の脳には”これ以上調子に乗るなよ“と言っているようにしか聞こえない訳だ。
こうなるだろう事を予測出来たからこそ、私はこういう場に出るのが心底嫌だった。それ故、今までは全て断ってきたのだが、今回は流石に断れず、こうやって渋々だが此処に居る。
「そう言えば、最近では何か薬の素材を集めているとか?」
「何故それを?」
気遣う言葉の波の中で、マルコス子爵という貴族から唐突な問いが発せられ、私は少々の驚きと共に尋ね返す。
すると問いを掛けて来た張本人が、朗らかな笑みを浮かべ説明を始めた。
「貴方程にこの国に貢献した方が動けば、それはもう目立って目立って仕方がない。貴方が少し動いただけで、色々な噂が飛び交うものなのです。
その噂によると、どうも冒険者に依頼を出しているとか?」
「え、えぇ」
「ふむ。そしてその依頼が、どうやら薬の素材を求めてだとか聞き及んでおりますが、それも事実ですかな?」
「はい。とある病を駆逐しようかと考え、その薬の為に必要となる素材を探していたんです」
「なるほど。それは良かった」
「良かった、とは?」
「貴方の口調からすると、その探し物は既に見付かった様子ですから、それで”良かった“と申し上げました」
「少しの発言から察するとは、マルコス子爵は鋭いお方ですね」
「いえいえ、そうでもありませんよ。ですが、貴方にそう言って頂けるのは光栄ですな」
本当に鋭い方だ。鋭すぎると言っても過言ではなかろう。
そう言えば昔、宰相様がマルコス子爵について言っていた事を思い出す。後任を任せるとしたら彼が相応しいと言っていた事を。
それをまざまざと実感させられた。鋭い洞察力もそうだが、少しの噂を聞いただけで、それで私が薬を作っている事も察するなど相当な知識が無ければ気付かないだろう。確かに宰相という地位に相応しい眼力を備えていると思える。
だが、それではまだ足りない。今の宰相様と同じように、法を遵守せねば例え親しい者とて断罪する確固たる精神力を示さねばならないだろう。それが出来た時、名実ともに彼が宰相という地位を継ぐ事に誰もが賛同する筈だ。
「それにしても、発明だけではなく薬師に関する知識も持っていたとは、御見逸れしました」
「理論的に正しいのは分かっているのですが、まだ実証段階でして……。薬が完成している訳でも無いので、素人の手慰みにしか過ぎませんよ」
「いやいや、そこはコーター卿ですからな。きっと成功するでしょうとも。
それはそうと、どんな病を相手に?」
「……舞踏病です」
「平民しか発症しない事で有名な、あの病ですか?」
平民しか発症しないというのは、ある意味では事実。貴族達は遺伝的疾患を持つ者との婚姻はしないので、貴族の身でありながら遺伝性の病気を発症する者は非常に少ないからだ。
しかし、貴族でも貧しい者達は例外であると言える。平民と結婚する事も少なくないので、下位貴族の中でも取り分け貧しい者達は遺伝的疾患を知らず知らず抱えている場合があるのだ。
その最たる例がジルベルト殿だと言える訳で、私としては助けてやりたいと考えて動いている真っ最中。それももう直ぐというところまで漕ぎ着けた。
理論的には治せるだろうと思える薬を、様々な薬師の知識を集めて新たな新薬を生み出した。これは偏に、執事さんのお陰である。
何故なら、錬金術の本と同様、薬師の知識も密かに収集していたムーティッヒ国の秘宝とも言える書物を貸して貰えたお陰なのだから、足を向けて寝られないとは正にこの事である。
「しかしあの病には、治療法など存在しない筈。世間一般では薬師の処方する薬であれば治るとの俗説もありますが、あれは症状を誤魔化しているに過ぎず、明確な治療法など皆無」
「はい。その事情は既に知っています。
ですので、私がその治療法を生み出そうと考えてます。もう少しなのですよ、後もう少し」
「す、素晴らしい。不治の病がまた一つ消え去るという訳ですな!」
「また一つとは?」
「知らないのですか? 聖教国に存在する名うての治癒師が、厳しい修行の果てに新たな法力に目覚めたとかで、無力症を治せるようになったそうですぞ」
無力症とは、地球で言うところの筋ジストロフィーという病であり、地球では未だに治療法が存在しない病の一つとして有名で、ハンチントン舞踏病と同じく遺伝性疾患の一つである。
その不治の病を癒せるようになったのなら、それは紛れもなく素晴らしい事だ。このパーティーに参加したから知れたと言えるだけに、今回はパーティーに参加して正解だったと思える。
とは言え、実は魔法による治療ならどんな病でも論理的には治せる筈で、今まで治せなかったのが不思議な話ではある。何せ、治癒魔法なら魔力を放出させ続ける限りは治癒の効果が持続するので、長期間に渡って治療し続ければどんな病だろうが関係無く治せるのが普通なのだ。
もしも魔法でも治せない病が存在するとしたら、それは恐らく自己免疫疾患や認知症などになるだろう。自分自身で細胞を破壊するような病なら、魔法でも根治させるのは不可能だからだ。一旦症状が落ち着いたとしても、治療を中断したら再び自分自身で細胞を攻撃すると考えられるので、疾患を抱える遺伝子をピンポイントに治せない限りは根治させられない筈だ。
それで言うと筋ジストロフィーもそうなのだが、しかし治せるようになったという事は、魔法なら遺伝的な欠陥を無意識にでも治せるという事なのだろうと察せられる。それはつまり頭の悪い言い方をすると、魔法マジで最強だぜヒャッホー、という訳。
それで今まで治せなかったというのは、まず間違いなく治癒魔法使いが魔法を出し渋っていたからに他ならず、聖教国は糞だという証拠だとも言えるだろう。
それなのに関わらず、まるで強い力に目覚めたから不治の病が治せるようになったと見せ掛けている理由は、何かしらの考えがあっての筈だ。聖教国がこれまでの方針を変えた理由、それが何なのかは不明だが、それがムーティッヒ国に関係していなければ良いのだがね。
ともあれ、何にせよ不治の病がこの世から消えるという事実は素晴らしいので、そこは素直に喜ぶべきだし実際に喜ばしい。
「魔法とは素晴らしいものですね」
「確かにそうですな。まぁ、そうは言っても治癒魔法は特殊なので手放しには誉められませんが」
「いやいや、素晴らしいと思えますよ? 私からしたら羨ましい限りです」
「コーター卿でも他人を羨ましく思うのですか?」
「勿論ですとも。何故そこで疑問に思うのかが不思議なのですが?」
「いえ、凄まじい実績を積まれたコーター卿が他者を羨むのが不思議でして」
私だとて出来ない事は多い。いや、出来ない事だらけだと言っても過言ではないだろう。
それ故に他者を羨む事も当然あるのだが、この世界の人からするとそんな私は異端に映るらしい。数々の実績があるので、それが拍車を掛けているのだろう。
「いやぁ、しかし素晴らしい事なのは間違いないですぞ。舞踏病の治療法が確立すれば、ムーティッヒ国は更に国としての威厳を得られるというものです」
「えぇ、それは確かに。まぁ、上手く行けば、という注釈が付きますが」
「いやいや、コーター卿なら大丈夫。これまでの実績から考えて、貴方を前にして不可能という文字は意味をなさないでしょう」
流石にここまで手放しに誉められると面映ゆいものがある。勿論、今までの言動が全て本心ならば、であるが。
そうであるからして、被害妄想というフィルターを通した私の頬は引き攣りっぱなしで、正直言うと早くパーティーが終わらないかとソワソワしている。
そんな私の下へと、また新たな者達がやって来たのが目に映り、内心ゲンナリする。
「漸く会えましたな、コーター卿」
「初めまして、コーター卿」
「わっはっはっ! お会いしたかったぞ!」
三者が三者ともに笑顔で話し掛けて来た貴族達は初対面で、私としては全く知らない三人になる。しかし、他の貴族達がスッと音も無く退いた事で高い地位の者であるのは察せられた。
だからこそ礼儀を失してはいけないと頭が冷静に判断し、貴族として恥ずかしくない態度を保ちつつ軽く会釈する。
「初めまして、コーター=ド=ヒーゴーと申します」
公爵となった事で名字を得る機会があり、それならばと故郷の肥後から取った名。
その名を伝え会釈すると、三人も同じく貴族然とした態度で名乗り始める。
「アスト=ド=スワイル男爵。貴族として、将軍として、国や陛下に仕えている身だ」
「コリック=ド=メイクヘンダルと申します。辺境の領地を治める伯爵ですわ」
「我は堅苦しいのが嫌いなのだが、仕方ない。我が名はアルメルトグライダー=ド=ストライカー公爵、宜しく申し上げる」
名乗りを受けて漸く彼らが誰なのか知る事が出来た。メイクヘンダル殿とストライカー殿は防衛戦で活躍していたし、アスト将軍は私と会いたがっているのだと宰相様から言われていて、アスト将軍とは会っておくべきだとも仰られていたからだ。
そんな三人に共通するのは、あの厳格な宰相様が認めた立派な人達という事実。それを知っているので、彼らに関しては何故か被害妄想フィルターが無くなっているように感じられた。
「コーター卿のお陰で、防衛戦では助かりましたわ。お礼申し上げます」
「おう、それなら我もだ。あのバリスタは凄まじかったぞ」
「クハハハ。私は大魔筒と手魔筒のお陰で、迅速に攻城戦を制した。アレは画期的なマジックウェポンであるな」
三人ともに私の開発した兵器を実戦で使用した者達になる訳であり、これ幸いとして使用感を聞く良い機会だと認識した私は、彼らの機嫌が良い事を察して直ぐに問う。前置きを嫌いそうな御仁も居るし、きっと問題にはならないだろうという打算もあったからの少々の無作法だ。
「バリスタや大魔筒、それに手魔筒に関して何か改善点など要望が御座いましたらお聞きしたいのですが」
私が少し無作法にも前置きを廃して問うたからか、彼らはキョトンとした表情で固まった。それを見て、私としては少しの無作法でしかない認識であったが、流石に不味すぎたのだろうかと不安に思い、彼らとは違う意味で固まる。
しかし、どうやらキョトンとしたのは私の思うところとは全く違う意味があったればこそだったようで、数拍の後に朗らかな笑みと共に彼らは兵器の感想を呟き始めた。
「バリスタの構造上、どうしても下へ向けない事以外は特にありませんわね。ストライカー公爵はどうです?」
「我も同様の感想しかないぞ。しかし強いて言うならば、弓のような連射が出来ぬ事であろうかな?」
「ほう。バリスタにも欠点があったと?」
「アスト将軍、欠点というのは言い過ぎですわ」
「うむ、コリック伯爵の言う通りだ。魔力を有しておらずとも使えるのを鑑みれば、欠点と言える程のものではない。少なくとも、使用した限りでは至極満足出来たぞ。
それより、そちらのマジックウェポンはどうだったのだ?」
「ふむ。……そうですな。此方も欠点と言える程のものは無いと断言出来ます。
ただし、大魔筒で使用したあの特殊な三発の鉄球は実に素晴らしく、アレが沢山用意出来るのであれば尚更良かったと思うぐらいでしょうかな」
「「特殊な鉄球?」」
「えぇ。通常の鉄球とは違って、鉄球自体が爆発するのですよ。アレは心底驚きましたぞ。鉄球を放つ際に雷が落ちたかのような轟音が鳴るのですが、特殊な鉄球の場合ですと、その鉄球が何かに当たる度に爆発を繰り返すので何度も轟音が鳴り響き、思わず腰が抜けるかと思いましたな」
大魔筒によって放たれる鉄球には、実は二種類を用意していた。一種類は何の変哲も無い鉄球であり、もう一種類は錬金術によって発射後に何かに接触すると爆発するように施された鉄球という二種類だ。
どう考えても二つ目の鉄球を量産した方が良いと思うだろうが、これには諸事情があって三発しか用意出来なかった。その最たる理由が、細工を施した一発の鉄球だけで馬鹿高い資金と労力を消費するからである。
一発で金貨千枚、そして一週間という時間が必要となる。どう考えても何発も用意出来る訳が無かった。私の懐事情と体力という二点から言って、不可能である。
「あ〜、何と言えば良いのか……。アレは本当に金食い虫でして、あの特殊な鉄球を造るのに一発金貨千枚が必要となるのです」
「「「千枚!?」」」
「そうなんですよ。それに、かなりの精密な術式を刻まねばなりません。その日数が七日は必要です」
「「「七日も!?」」」
「はい。しかも、鉄球を敵に回収されて術式がバレぬように小細工もせねばなりませんし、それを加味すれば十日は掛かりますね」
「「「……十日……!!」」」
金額と労力を考えれば、安易に量産は出来ないと彼らも認識した筈。三人ともに絶句しているので、それが何よりの証左であると言えるだろう。
実は私の懐事情を説明すると、現在非常にヤバい状態だったりする。ジルベルト殿の婚約者を救う為の素材集めにも多額の資金を投入したので、アラートが鳴りっぱなしなのが現在の私の懐事情なのだ。
それ故、今回だけは密かに陛下からの褒美を期待している。それが無ければ、急いで鍛冶仕事に精を出さねばならなくなるだろう。
「流石にアレを量産するのは無理であると私は認識しています。通常の鉄球が七割、特殊な鉄球が三割という具合が精一杯になるでしょう」
「そ、それは確かにそうなるでしょうな。……いや、三割というのも多いと思えますが」
「えぇ、アスト将軍の仰る通りです。ですが、万が一を想定して三割は用意しておくべきですし、現在のムーティッヒ国であれば許容範囲内ですから、そこは出し渋るべきではありません。
ですので、先程言った割合で揃えて貰うべきであると私は考えてますし、宰相様にはそうお伝えするつもりです」
「そ、そうですか。……それでそれはお幾らになると?」
「大魔筒や手魔筒の量産諸々を考えて、恐らくは金貨十万枚以上は軽く越えるかと」
最早絶句を通り越した様子で固まる三人だが、金貨十万枚というのは軽く計算した額になるのを知れば、その驚きは更に凄まじい事になるのだろう。計算した私もその計算を途中で止めたくらいなのだから、彼らの驚きは相当なものであると察せられる。
とは言え、戦乱の世を生き抜くには必要な出費だと私は認識している。戦にならないのが最も良いのは間違いないが、襲って来る者達が居るのだからどうしようも無い。
弱者は容赦なく蹂躙されるのが戦国の世の常。私はそれを日本の歴史から学んで知っているので、正直に言えばまだまだ力が必要ではないかと考えている。
「もう少し金策について考えるべき時にきたのかもしれません。まぁ、現状のムーティッヒ国が抱える事業を手広くするだけでも大丈夫な可能性もありますが、念には念を入れる必要がありそうですよね?」
「コーター卿は今まで沢山の貢献をされてきましが、それでも足りぬと考えていらっしゃいますの?」
「我も充分に思えるのだが……。いや、先程の話を聞けばそうも言っておられぬのは理解したが」
「た、確かに。しかし、そう都合良く新たな事業を生み出せるものですかな?」
「皆さんに贈答用として贈っていた数種類の酒がありますし、それを新たな国家事業とすれば可能かと」
私が思案しつつ呟けば、三人はあれも献上するのかと驚きを露にした。しかし、あれらの酒に関しては元よりそうするつもりだったので、当然かのように言外に頷く事でそれを認め、他にも相応しい何かが無いものかと思案を続行する。
そうして数秒が経過した時、私の脳裏に浮かぶ代物があった。錬金術工房に山積みになっている発明品、その中の一つである湯沸かし石だ。
何だそれはと、そう疑問に思うだろうが、結構役に立つ代物である。その効果は、その名前の通りで湯を沸かしてくれる石だ。
まぁ、水を沸騰させる程には至らないが、それでも温かいと思えるくらいには水温を上げる力があり、薪を消費せずとも身体を洗う量の湯くらいなら直ぐに用意出来る。安価に造る事が出来るだけに、きっと幅広く世間に浸透する筈だ。
お酒の方はお金に化けるまでに時間が必要となるが、湯沸かし石なら資金稼ぎの事業としては効果的であろう。寧ろ、短期的にはお酒よりも優秀かもしれない。
そんな風に未来を思い描いていると、ふと気付けば目の前の三人が異様な熱視線で私を見詰めていた。
「あの、どうかしましたか?」
不思議に思い尋ねると、三人は何故だか満面の笑みでそれぞれ視線を交わし、それから心底面白そうに笑う。
「今日はパーティーに来れて良かった! ムーティッヒ国の未来が磐石であると知れたからな!」
「ストライカー公爵の言う通りですわ。経済面と武力面の両方で、ムーティッヒ国は大きく躍進するでしょうね」
「クハハハ。魔の森が目の前にあったが故に、これまでコツコツと小さな成果しか挙げられなかったが、これからは変わるのであろう。まさに変革の時であるな」
三人が三人だけで頷き合いながらの会話に、私だけが除け者にされている。しかし、彼らの表情が実に朗らかであるのを目にしていれば、それが悪い理由からでないのは充分に察せられた。
「アスト将軍、我はコーター卿を真の愛国者であると推薦する」
「私も同じく。コーター卿は本物であると推薦します」
「ほほう。ストライカー公爵にコリック伯爵も、コーター卿を推薦しますか。まぁ、それは私も同じですがね」
「ならば、宰相殿に言うておくか。さすれば、我が国の秘密をとうとうコーター卿も共有する事になるのだな」
何やら三人だけで盛り上がっているが、その会話の中で少し気になる部分があり、私としてはそれが気になって仕方がなかった。
そんな私に気付いたのか、アスト将軍がニヤリと笑んで私へと視線を向けて来た。そしてその笑みそのままに、アスト将軍は親指をクイッと宰相様へと向けて口を開く。
「私達の話の内容が気になるのでしょうが、それは宰相殿からお聞きになると宜しいかと。推薦云々の方は、此方からしておきますので」
「勿論、それは悪い事などではありませんよね?」
「クハハハ! 悪巧みではありませんから、お気になさらず!」
「わ、分かりました」
勿体ぶった物言いに少し躊躇しつつ、アスト将軍の親指が向けられた方へと視線を移して見れば、宰相様が将軍と似た笑みを浮かべて立っていた。
その笑みの意味を知ったのは、パーティーが終わって直後の事だった。




