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現代知識こそが最も有能!   作者: 蘇我栄一郎
他国の侵略や魔物のスタンピードを恐れて、ムーティッヒ国を強化!
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21/31

二十話ですぜ、旦那!

評価やブックマーク登録、本当に有り難う御座います!

まだ続きますので、良かったら最後まで読んで頂けると有り難いです!

 セイカーン国が計画通りに落ちてから一ヶ月後、クゥーラ国から至極焦った様子の使者が来たそうだ。着ていた服の質は良いものの、長旅で汚れた姿のままムーティッヒ王との謁見を望む使者に、近衛兵や役人達は礼儀も知らない愚か者だと判断して噂していたらしい。

 だが向こう側からしたら、予想外にも程があるスピードでセイカーン国が落ちてしまったので、それで余程に焦っていたからこそムーティッヒ王との謁見を出来る限り早く望んでいた結果なのだろうと思える。

 然もありなん。彼らの予想では、セイカーン国が籠城すれば数ヶ月はその状況を保てるだろうと考えていたのだろうが、それがいざ籠城戦となって一夜で終了となれば焦りもする筈だ。それにそもそも彼らの当初の計画では、同盟を組んでいればムーティッヒ国に勝てる算段だったのだろうし、それが悉く予想が外れていれば焦って然るべきだと言える。

 それは兎も角として、ムーティッヒ国へと来た使者数人は、散々待たされた挙げ句に漸く謁見の機会を得られたものの、陛下から無条件降伏しか認めないと言われて青ざめて帰ったらしい。

 使者としての彼らがクゥーラ国へと帰還した際、いったい何と言って使者としての責任を果たせなかった事を誤魔化すのだろうかと、そんな風に他人事のように思う私は、そこそこ意地悪な性格をしているなと気付かされた。まぁ、彼らが無事に帰っても、言い訳する必要は何一つ無いのだけれど。

 何故なら、その時には十中八九クゥーラ国が籠城戦で完膚なきまでにヤられているからだ。大魔筒と手魔筒の真価を発揮させたならば、この文明度の籠城戦など恐るるに足らない。それ故、彼らが必死に言い訳を考えながら帰還していても、その思い付いた言い訳は無駄になると言える訳だ。


「どうぞ」


 クゥーラ国からの使者達の行く末を脳裏に思い描きつつ過ごしていると、私の自室へと入室の許可を求めて来た執事さんの声に反応して返答した。

 すると中に入って来たのは執事さんだけではなく、何故かメイドさんも一緒に来ている事に気付いて怪訝に思い、首を傾げてしまう。

 その仕草を見て私の疑問に気付いたのだろう執事さんは、直ぐ様に朗らかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「メイドのミレイさんが宰相様からの伝言を伝えたいとの事で、私も旦那様に用事がありましたのでご一緒させて頂きました」


「あぁ、そういう事でしたか。またお酒ですか?」


「フフフ。確かにそれもありますけど、クゥーラ国との戦のご報告もありますよ」


「なるほど。ですがその様子ですと、どうやら無事に勝ったようですね」


「はい。前回と同じく、たった一夜で終わったそうです。しかも、今回は此方の被害が皆無だったそうで、紛うことなき完全勝利であると。

 ただ、今回は敵側も新兵器に対しての事前情報を持っていたせいか、大魔筒の轟音にもそこそこ冷静に対処出来ていたらしく、それなりに抵抗した様子。その結果、大魔筒が全て使用限界の九回に達してしまったらしく、全てが破損してしまったそうです」


「やはりそうなりましたか」


「予想されてましたか?」


「えぇ。セイカーン国が籠城したのに一夜で落ちるなど異常だと考えるでしょうから、その理由を細かく調べる筈ですからね。セイカーン王都に暮らす住民などに聞き回れば、新兵器に関する情報など直ぐに入手できますから、その事前情報を持っていれば轟音に対しては覚悟していれば問題無く動けるでしょう。いくら中堅国家に届かない国とは言っても、兵士や騎士はそこそこの訓練を日常的に受けている筈ですので、事前情報があって覚悟もしているなら武器を持って動ける人間が居てもおかしくありません。

 まぁ、そうは言っても本当に全ての人間が大魔筒の轟音とその効果を目の前にして動ける訳ではないのでしょうがね」


「まるで実際に見たかのように仰いますが、聞くところによるとそのものズバリだそうです。動けた者は半数にも満たなかったとか」


「でしょうね。雷が落ちたかのような轟音が鳴り響くと事前に聞いて居れば、殆どの者は驚きはするものの全員が動けるでしょう。しかし、その効果の程を見れば恐慌状態に陥る者達が多発して然るべきです。何せ、木製だろうが鉄製だろうが、そのどちらにしろ頑強な門が呆気なく崩壊し、あまつさえ壁も容易に崩れる光景を目にすれば、もう身の安全を保証する代物が無くなってしまい、自身が敵の前に立つ事になります。そうなってしまうと、一気に死の気配が濃厚になり、その急展開にパニックになるのが通常の心理ですから」


「旦那様は戦事情に精通されているのですね」


「いえ、そういう訳でも無いですよ。これぐらいは少し考えれば誰でも分かりますって。

 それより、大魔筒に関しては予想通りでしたが、手魔筒に関してはどうなったんですか?」


「そちらは半分が使用限界に達して使用不能になっているようですが、残り半分は未だに問題無いそうです。残っている物の使用限界に関しても、それぞれ十回は残弾数があると聞いてます」


 大魔筒に関しては予想通りで驚く事は無かったのだが、手魔筒に関しては少しだけ驚いた。私の予想では、手魔筒の方も全てが使用限界に達すると考えていたからだ。

 しかしふと思い返せば、前回のセイカーン国との攻城戦では全く使用されなかったらしいし、それを考えると全てが使用限界に達してなかったとしても不思議では無いのかもしれない。

 ともあれ、これで残るはドゥーマ国だけになる。ビルジア国も残っているが、彼処は弱小国であるので考える必要は無い。全戦力が二百やそこらの国なのだから、ムーティッヒ国からすれば吹けば飛んでしまうような認識の国にしかならないからだ。

 それ故、気にする必要があるのはドゥーマ国だけになるのだが、それにしたって戦の行く末は既に決まっているので、気にするのは無条件降伏をどれだけ早く決定して使者を送って来るかだ。


「クゥーラ国からの使者は、セイカーン国が落ちてから直ぐでしたね。となると、一週間後………いや、距離的に考えて二週間後に使者が来るのかも?」


「旦那様が予想されていたのは、最後に残った国は早々に無条件降伏するというものでしたね」


「えぇ。馬鹿じゃない限り、それ以外には選択が無い事を察するでしょうし、多くの貴族達はこれ以上に抵抗して立場が悪くなるのを良しとはしないでしょうからね。我々ムーティッヒ国の者達からの心象が今以上に悪くなれば、降伏した後に貴族家の存続を許して貰えなくなるかもしれないと危惧するでしょうし。

 もっとも、それは此方の新兵器である大魔筒の全てが使用不能になっていると知られていない事が前提の話ですけど。まぁ、それを知る事が出来るぐらいに諜報力があれば、バリスタの性能も事細かく調べて侵略する事自体しなかったでしょうから、その辺は心配するだけ無意味でしょうが」


「敵の心理を読む、という前に仰っていた事ですね。それ故に十全な準備も無く報復としての侵略を提言したのでしたよね?」


「はい。実際、馬鹿じゃない限りはそうすると思いませんか?」


 王族ならば後が無いので徹底抗戦を考えるだろうが、それ以外の者達は別だろうからまず間違いない推理だと自負している。誰だって我が身が大事なのだから、余程の理由がなければ自己保身を一番に考え動く筈だ。

 そう思いつつ確信を抱きながらの質問に対して、メイドのミレイさんは少し意地悪そうな笑みを浮かべて口を開く。


「旦那様の予測をお聞きした後なら充分納得出来る推理だと思います。事実、これまでの旦那様の予測の悉くが当たってますから。

 ですが、今回は外れてしまったようですよ」


「外れ? ま、まさか、徹底抗戦を決めたんですか?! 使用不能になっている事がバレたとでも?!」


「いえ、それは旦那様も仰っていた通り、そこまでの諜報力があればそもそも戦をする選択は取らなかったでしょうから、新兵器が使用不能になっているのが知られているとは思えません」


「それでは何故徹底抗戦をする決断を?!」


「ドゥーマ国の王族は確かに徹底抗戦を考えていたそうです。ですが、それは本当に王族だけの事で、全ての貴族は降伏する事を選択しました。

 そこまでは旦那様の予測通りでしたが、しかしここからが違いました。王族と貴族達の間で内乱が発生したとの事です」


「はぁ?!?! 徹底抗戦じゃなく、内乱?? 徹底抗戦なら誇りとか矜持とかが理由でって感じで理解出来ますが、何で内乱に??」


 意味が分からない。いくら王族が徹底抗戦を考えたとしても、貴族達がそれに従う筈が無い。何せ、もう王族は終わったようなものだし、そんな王族の指示に従う貴族が居る訳が無い。王族としての特権や権威を失った者達に従っても、貴族達には何一つ利益が無いのだから当然だ。

 それ故、貴族達は王族が何を言っても無視して降伏すれば良いだけの筈。それ以外に何もしなくとも、降伏だけすれば後は此方側が動くだけの事だ。

 それなのに、何故に内乱? ドゥーマ国の貴族達が何を考えているのか全く分からない。

 せめて徹底抗戦を選択するというのなら分からないでもない。地位や命は捨てられても、プライドは捨てられないという者も一定数は居るだろうし。

 だが、内乱というのは今回の場合そもそも必要が無い。上記でも説明したが、ただ指示に従わなかったら良いだけなのだから。


「フフフ、旦那様でも分からない事があるんですね。私としてはそれが驚きです」


「いや、私でも分からない事だらけですよ。世界は常に謎に満ちてますし、私が此処に………。

 いやいやいや、そういうのは良いんですよ。それより、何故内乱になったのかの要因は分かってるんですか?」


「もう少し旦那様との会話を楽しみたいので、回答は差し控えさせて頂きたいのですが?」


 悪戯っ子みたいな笑みと発言に対して、それを嗜めるかのうよに執事さんが咳払い一つをすると、ミレイさんは少し残念そうな表情を浮かべつつ話始める。


「ドゥーマ国の貴族連中は、予想外にムーティッヒ国が強過ぎた事で国の存亡は決したと判断。それ故、王族達の首を手土産にして、ムーティッヒ国に対して自身達の身の上を保証して欲しいみたいですね」


「はぁ?? ……いや、効果的ではあるのか?

 いやいや、やっぱり意味が分からない。確かに一見すると効果的な策にも思えましたが、そんな簡単に裏切る貴族連中は要りませんよ! 陛下や他のお歴々も同様の思いを抱く筈です!」


「はい。ですので、宰相様は至極呆れていました。ドゥーマ国の者達の腐敗は酷すぎると」


 私も宰相様と同様の意見だ。余りにも利己的主義に過ぎる考えには、私としてはとてもついて行けない。


「何ともまぁ………醜い連中ですね」


「宰相様としては、ドゥーマ国の貴族は全て消し去るつもりのようです。他の国の貴族は違うようですが」


「それはそうでしょう。私も御免ですよ、そんな連中と一緒に肩を並べるのは」


「フフフ、それは絶対に無いのでご安心を。宰相様は腐敗した者や怠惰な者を殊更嫌いますからね。内乱が終結後、直ぐ様に軍を出して滅ぼすのは決定事項となっております」


 私もそれが無難だと思う。そうでなければ、平民はクズ達に搾取され続けるだろうとしか思えないからね。

 それにしても、酷い連中も居たものだ。考えが突飛すぎて、とても私では理解出来ない方法で身の安全を確保しようと画策するなんて、心の底からついて行けないと言わざるを得ない。

 余りにもなそのドゥーマ国の行く末にゲンナリしつつ、私は執事さんへと視線を移す。


「お話はもう宜しいので?」


「この何とも言えない雰囲気を払拭させたいので、執事さんの用をお願いします」


 執事さんは苦笑しつつ、私の提案を素直に受け止め口を開く。


「旦那様に会って欲しい人物が居ます」


「それは、会わなくては不味い立場の者ですか?」


「いえ、そういう意味合いの者では御座いません」


「つまり、この国の有力者ではないと?」


「はい。ですが、この国の未来に関わる重要人物になり得るかもしれない人物です」


 まるで断言するかのような雰囲気に、私としては疑問を抱かずには居られない。何故なら、国にとってそんな重要になるかもしれない人物ならば、私が会うより宰相様とかが会う方が良いと思えたからだ。

 しかし、何事にも非常に優秀な執事さんが言うのだから、ここは無下にせず会う方が良いとも思えた。常日頃から陰日向に関係無く私を支えてくれる一人なのだから、私としては期待に応えたいという思いもあるのだ。

 それ故、私は執事さんの言う人物と会う事を了承すると、その者は既に応接室に居ると言うので移動する。

 そうして移動先に居たのは、一見すると冒険者のような男が一人だった。ただし、冒険者とは違って珍しく剣だけを武器にしているようで、どちらかと言えば傭兵のようにも見える。

 しかし傭兵と違うのが、その身に纏う防具であった。傭兵は対人に重きを置いているので、金属製の鎧を好んで身に付けている者が多いのだが、目の前の彼は革鎧だったのだ。

 そんなチグハグな印象の男に、思わず私は首を傾げた。立ち居振る舞いから、それなりに武術の香りがするものの、そのチグハグな印象からは何を生業にしている者なのか非常に分かり難い人物であり、それ故に執事さんの言うように大層な人物とは思えなかったからである。

 その素性の分からぬ男はと言えば、私が室内に入り首を傾げた瞬間、タレ目がちの目を附せるように頭を深々と下げ、何処にでも居る茶髪の髪を此方に向けて口を開く。


「お初にお目にかかる。某(それがし)はイシュマイセル帝国の騎士、ジルベルト=ド=セベロスで御座います」


 騎士爵を持つという事は、目の前のジルベルト殿とやらは貴族であるのは間違いないだろう。ムーティッヒ国でも騎士は貴族位の最下位として認識されているので、それは間違いない。

 ただし少し違うのが、ムーティッヒ国では一代限りの爵位でしかないのに対して、帝国では子々孫々と受け継がれる歴とした爵位であるという事。

 そんな騎士がどうして私の下へと疑問に思い、私は何も考えず素直に問う。


「イシュマイセル帝国? 何故帝国の騎士がこの国に?」


「帝国が各国へと放った草の一人で御座いますれば、その役目は勿論スパイとしてに他なりません」


「はぁ? あの、それを私に言っては駄目なのでは?」


 意味が分からない。他国のスパイが、何故か他国の貴族位を持つ私に向かって自身がスパイであると宣言するなどと、そんな愚かな事をするなど心底意味が分からない。

 駄目だ。今日は理解出来ない行動をする者達の話が多くて、思考回路がオーバーヒートしそうだ。


「仰る事はごもっとも。疑問も多大にあると存じます。それ故、先ずは某の話をお聞きください」


「ま、まぁ、執事さんが紹介して来た方ですから、無下に扱う事はありません。そのお話とやらを聞かせて下さい」


「寛大なお言葉、有り難く。コーター卿のように高い御身分の方を前にする名誉に感謝を」


 嫌に堅苦しいジルベルト殿は、深々と頭を下げていたが、それを元の姿勢へと戻し、私がソファへと促せば素直に腰を下ろして訥々と語り始める。


「某は最下位の爵位でありますれば、帝国でも名の通らぬ木っ端の貴族でしかありません。それ故、家も貧しく満足に薬も買えない情けない男です。

 ですが、そんな某にも誇れる事が二つだけあります。一つは、生まれながらに恵まれた剣の才。もう一つは、こんな某を心から想ってくれる幼馴染の女です。某には本当に勿体無いくらいの器量の良い女で、某の為にと服を拵えてくれる程。心から愛しいと想える女でありまして、某はその女と夫婦(めおと)になる誓いを交わしました。

 しかし、その女が病に倒れ、某は女の病状を回復させる薬を得る為にと、必死に剣の修行に打ち込み、出世を目指し努力致しました。その結果、剣聖であるシュラジミール様の目に留まり、そのお陰で剣聖様から直々に剣の手解きを受けるまでになりました。女が倒れてから五年後の事です。

 お陰様で剣術の腕前も高くなり、それに従って役職も高くなり、病状を維持させる薬だけは買い続ける事が出来る給金を得ました。それによって女の病状は、悪化する事はなく安堵する事が漸く出来るようになったのです。

 ですが、そんな某に新たな役職への移動が下りました。草としてムーティッヒ国へと潜入する役目でした。勿論、そのお役目を受ければ高い報酬が出るという事で、その報酬と引き換えに女の治療を確約して頂いたのです」


 病に対して効果的な治療方法は、この世界では二つ存在する。一つは、薬師の作る薬。もう一つは、治癒魔法だ。

 この二つの治療方法は、存外有効なもので効果的なものである。ただし、病によっては馬鹿高い治療費が掛かり、その額は私でも払えない場合もある程。

 ジルベルト殿の婚約者がどのような病かによって費用は変わるのだが、騎士爵の者でも買えないとなれば相当なのだろうと察せられる。


「某が剣聖様から手解きを受けた期間は、実に七年。ともなれば、草としてムーティッヒ国へと潜入しても自身の身は充分に守れる。それで愛しい女の病も治るのだから、任務が終われば全て万々歳であると意気込み、某はお役目の任に就きました。

 そうしてこの国に来てから冒険者として過ごし数年、秘密裏に手紙の遣り取りをしていた女から突然手紙が来なくなりました。某は至極焦りました。病状が悪くなってしまったのではと。

 それで裏社会の者を頼り、女の病状を秘密裏に調べて貰ったのです」


「あの、話の途中ですが一つ質問させて下さい。何故秘密裏に手紙の遣り取りを? 別に公にしていても問題無いのでは?」


「少しでも某の素性がバレぬよう、故郷の者との文通は認められていないのです。それが草としての役目の一つでありますれば、仕方ありません」


 疑問の答えを聞き、そういう事かと納得した私は、黙して頷く事で話の続きを促す。

 すると、ジルベルト殿は沈痛な面持ちで話を再開させた。


「病状は悪化していました。しかも、最悪なのは回復させる薬が定期的に女へと送られる手筈になっていた筈が、何故か病状を維持させる為だけの薬しか送られていない事でした。

 確かに、唯一存在する薬でも回復の見込みは非常に薄かった。だが、それでも約束があった筈です! 帝国との確固とした約定があったればこそ、某は草としてこの国に来た! それなのに、それなのに!!」


 ジルベルト殿の悲痛な叫びによって、彼が自ら素性を明かした事を理解した。何かに、どんな可能性の低い事でも、どんな人物だろうとも、一縷の望みに手を伸ばさずには居られなかったのだろう。そしてその手が伸びた先に居たのが、ムーティッヒ国の公爵として存在する私だったという事。

 彼の押し留める事が不可能な想いは、更に苦しげな声色と共に室内に響く。


「帝国は某との約定を破っていたのです! いや、そもそも約定を守るつもりも端から無かったのでしょう!!

 ……許せぬ。恐らく事情を知っていたであろう剣聖様も……いや、シュラジミールも! 何もかも許せぬ!! この件に関わった者達は全て、某の手で葬らねば気がすまん!!!」


 まるで怨嗟の叫びだ。あらゆる負の感情をごった煮にしたような、凄まじい怨嗟の声。聞くだけで鳥肌が立つような、そんな恐ろしくも悲しい叫び。

 知らず知らず私は、彼の感情に釣られるように重く苦しいものへと変化していた。それこそ、周囲の者ですら巻き込もうとする彼の世界へと嘆く悲しい怒りに触発されたからにすぎない。


「貴方が此処に来たのは、復讐の為ですか? それとも、希望にすがる為ですか?」


 気持ちは十二分に理解出来る。理解出来るが、しかしそれ故に尋ねなければならない。その返答如何によっては、私の取るべき選択が大きく変わるからだ。

 そう思い尋ねた私の言葉に対して、ジルベルト殿はハッとした様子で何処に向けていたのか判然とせぬ瞳を私へと向けた。そして、小さく呟く。


「……救いたいのです」


 小さく呟かれた言葉は、然れど次には大きく変化する。


「救いたいのです!! 某の地位や名誉などどうでも良い!! ただただ、愛しき女を救いたいのです!!!!」


 大粒の涙を溢れさせるジルベルト殿の悲痛な叫びは、先程とは違って負の感情とは無縁で、ただ愛を感じさせる暖かい願いを叫ぶ声だった。

 私はその意思を感じて、更に問う。


「幼馴染の病状を詳しく教えて下さい。先ずはそれからです」


 私が強い物言いで言いのけると、ジルベルト殿は涙を隠す事すら不可能な様子で説明を始めた。想い人の女性が倒れた時から彼がムーティッヒ国へと旅立つ迄の様子を、事細かく。

 そうして分かったのは、医療に関しては知識の低い私でも知っている難病であったという事。地球では未だに治療法が分からず、根治される事が出来ない類いの病であるという事。そして、その病名がハンチントン病と呼ばれる致死率百パーセントの病であるという事。

 ハンチントン病を簡単に説明すると、原因となる遺伝的変異を生まれながらに持つ者は、高い確率で三十歳から四十歳までに発症し、十年から二十年という時間をかけて病状が悪化し続け、発症から十年から十五年程度で死亡する事が多い病だ。そして、この病の恐ろしいところは、世代を経るごとにその発症年齢が早くなる事と、父親から原因遺伝子を受け継いだ時にそれが顕著になる現象も知られている。

 この恐ろしい病気の悲しい部分は、本人が自身の身体を思うように動かせなくなる事であり、手足が自身の意図しない動きを常にする事にある。本人がどのように意識して手足を動かそうとしても、手足は自身の思うようには決して動かず、衣服を着るのにも多大な心労を伴うのだ。

 それ故、この疾患を持つ者には手厚い看護が絶対に必要となり、そのサポートをする家族も長期間を大変な思いをしなくてはならない。

 勿論、サポートする側の家族も非常に辛いが、少しずつ時を経るごとに脳が破壊されていく患者自身の苦悩は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。少しずつ自分が自分で居られなくなるのだから、それがどれ程の苦しみ、どれ程の恐怖、どれ程の悔しさかは想像しても足りないくらいだ。


「貴方の想い人が発症したのは、恐らくハンチントン病でしょう」


「……ハンチン、トン? 薬師は舞踏病と言っていましたが……」


「なるほど。確かにハンチントン病と呼ばれる以前は、私達もハンチントン舞踏病と呼んでました。患者がまるで踊っているように見えますからね」


「………ハンチントン」


「えぇ、私はハンチントン病と呼んでいます。そのハンチントン病を治す方法は、残念ですが存在しません」


「そんな!? 可能性は低いが、薬師は治す薬が存在すると言ってました!」


「ジルベルト殿の話を聞く限り、どうやらそのようですね。私の知らぬ治療法が存在するのかもしれません。

 ですが、私の知る限りで言わせて貰えば、それはあり得ぬ事と思います。実際、その治った者という人達はどうなったのですか?」


「寝たきりになったとか……。で、ですが、死ぬまで薬を飲み続けねばなりませんが、手足が踊り狂うという症状は無くなったと聞き及びます!」


 悲痛な物言いでそう言うジルベルト殿だが、それは間違った認識だ。恐らく、強力な筋弛緩剤でも用いて、強制的に手足が動かないようにしただけなのだろう事は明確であり、それはつまり根治した訳ではない事を示す証左とも言える。その確かな根拠は、薬を飲み続ける必要があるという事だ。

 十中八九、強力な筋弛緩剤を用いて誤魔化しているのだろう。そしてそれ故に、その薬が馬鹿高いのだろうとも思える。

 だからこそ、私はその事実をジルベルト殿に隠さず告げた。真実を知る必要が彼にはあるからだと思ったからだ。無論、告げたのは病状の悪化がどう続くのかも、である。

 すると彼は、この世の終わりかのような表情で黙り込んだ。それも当然だろう。心の底から愛する女性が、後数年で死ぬと言われれば誰でもそうなる。しかも、患者がどれだけ苦しむかも正確に告げたのだから尚更だ。

 しかし私は、そんな状況にあってさえも、敢えて明るい口調と断言する物言いで宣言する。


「ジルベルト殿、貴方の想い人を助けます。私が、ハンチントン病の治療法を確立して見せましょう」


「………出来ると言うのですか? コーター卿は先程、致死率百パーセントであると断言したのに?」


「えぇ。約束しましょう。私がハンチントン病を、この世から駆逐致します。一年待って下さい、一年です。

 その間、貴方は想い人をこのムーティッヒ国へと連れて来て頂きたい。そしてその時こそ、貴方の想い人が死病から解き放たれる時となるでしょう」


 ジルベルト殿は私の断言する口調に触発されたのか、長年の苦しみから解放されたかのように身体全身の力を抜き、ソファから床に場所を移して座り込む。そして体制を土下座へと移行し、深々と頭を下げた。


「貴方様に生涯の忠誠と命を捧げます。どうかハンナを、どうか愛するハンナを、どうぞ宜しくお願い申し上げます」


ドゥーマ国と記載するところをクゥーラ国としていた箇所が二ヶ所ありました。ご指摘により気付き、修正しました。

他にもミスっている部分が御座いましたら、コメントにて指摘して下されば直ぐに修正します。

誤字のご報告有り難う御座います!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドゥーマ国と、クゥーラ国が、セリフの中で混ざってませんか? 王族を殺して降伏したのはドゥーマ国でクゥーラ国は、使者が来たけど攻め滅ぼされたのでは?
[一言] 胸を張って書きたい話を書けばよいのです。 それこそ作者の特権で自由なのですから。 願わくば他のお話の続きも読みたいです。
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