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ジルとお買い物



「おおー」


昼の前と言う時間帯だからだろうか、荷馬車が通る広い道の左右にはたくさんの人が行き来していた。

石畳の上は荷馬車や馬車が闊歩しており、その左右に歩く人専用の道がある。

馬車道との境には花壇と街灯が設置されていて、人々はそれぞれが行きたい方へと歩いていた。


私と言えば薄いカーテンの奥に見える、そんな街並みを「綺麗だな〜」とどこかのんきに見ていた。


一人用の馬車は、私が座る椅子の前に両側から扉を閉めるタイプのもの。

完全に外部とシャットアウトされているものでは無く、日よけの部分が長く突き出ており、飛行機のコックピットみたいに少し空間が作られている感じだ。


クーベルトリア家の家紋は、杖のマークに波が二本の線で表されたもので、その家紋を珍しそうに見る人達が居る。


深層の姫君が城下町へ来たと言う珍しい状況に、おそらくびっくりさせてしまったのだろう。


どこかの建物の側に馬車が止まると、ジルが馬車の扉を開けてくれた。


「行きましょうか」


「馬車はこのまま?」


「ええ。誰も恐れ多くてクーベルトリア家の馬車に近付く事など出来ませんよ」


黒い笑顔で言うジルに「深くは聞かないでおくよ」と私は笑った。


建物に入ってすぐ、二階部分まで吹き抜けになっているカフェにやって来た。

二階の天井にはいくつかのファンがあり、紅茶や珈琲の香りをくるくるとかき混ぜている。


「個室とテーブル、どちらになさいますか?」


「個室なんてあるの?」


「ええ、貴族の方用に身分を気にせず飲めるようにとの店側の配慮です」


「うーん…今日は私とジルだけだしテーブルにする」


店内は広く、部屋の中央へとやって来ると、黒いエプロンをした女の人が対応してくれた。

注文はジルにお任せだ。


しばらくして運ばれて来た紅茶を見て、私はテーブルの側に立つジルに首を傾げた。


「……座らないの?」


「私は執事であり使用人ですから」


「えー、一人で飲むなんて味気ないよ。

ジルも座って一緒に飲もうよー」


くいくいと服の裾を引くと「貴女ねえ」と困ったように言う。


「誰かと一緒に来てるなら良いかもしれないけど、二人で来てるんだから。

ジルも飲み物頼んで一緒にお茶しようよ」


「……はあ、分かりましたよ」


諦めのため息を吐き出して、ジルも私の向かいに座ると珈琲を注文した。


「良いですか?貴族たるもの使用人とは一歩以上の距離を保つように」


「え?嫌かな」


「なっ」


反論した事が意外だったのか、ジルは驚いたまま固まる。


「私にとってはジルは育ての親と言っても過言では無いし、だったら一緒にお茶してる事だって悪くないじゃない。

それともそれがまかり通らないような噂が立ったりするのが嫌?」


「どちらかと言うと後者ですが……」


「だったらそれが許されるキャラクターで押し通せば良いんじゃないかな。

私、そう言うの得意だよ?」


にっこり笑うと、黙っていたジルが「そうですね」と零す。


「では、外でも中でも…私は貴女の保護者と言う立ち位置で居る事にしましょうか」


「うん、さすがにお友達も少なそうだから、私にとってはジルが一番の理解者だと思ってるから」


その言葉に、ジルはまたぐっと黙っていた。


絶妙なタイミングで現れた黒いエプロンのお姉さんが「失礼します」と言ってジルの珈琲を持って来て、私もようやく紅茶を飲む。


「……んっ、オレンジ!」


「ええ、フレーバーティーです。

お好きでしたか?」


「うん、これ好き。香りがすごく良くて、オレンジ食べてるみたいなんだけど、でもすごく紅茶」


「ではこちらを買って帰りましょうか」


「本当?家でも飲めるの?」


「ええ、ミルクを足してミルクティーとしても楽しんでいただけるかと。

フレーバーティーは他にもいくつか種類がありますので、それらも揃えておこうと思っていたのです」


ジルはと言えば、真っ黒な液体……珈琲をブラックで飲んでいる。

そう言えば珈琲には手を出した事が無かった。


「飲んでみたいのですか?」


「良いの?」


視線を向けると「ダメです」と笑顔で答えた。


「人の物を欲しがっちゃいけません」


「ええー、でも確かにそうかも」


「家に帰れば淹れて差し上げますから」


「でも飲めるかどうかも分からないんだよね」


「では珈琲も買って帰って、一度入れて差し上げますので。

飲まなかったら私が飲みます」


「ありがとう!」


挑戦したい気持ちがあったので、私は素直にお礼を言った。


しばらくそうやって過ごしていると、徐々に店内には人が増えて来た。

私達の席の隣に座った妙齢の女性が、私と目があってびっくりしたように目を伏せた。

首を傾げてにっこりと笑顔で会釈すると、あちらもまた驚いたようにして笑顔で会釈を返してくれる。


「……人も多くなって来ましたし、そろそろ出ましょうか」


ジルの声に頷いて、私は対応してくれた黒いエプロンのお姉さんに礼を言って店を出た。


「そのまま歩くの?」


「目的地はすぐそこなので。

足は大丈夫ですか、靴、痛くないですか?」


「大丈夫、ブーツだから」


ヒールの無いタイプなので、楽ちんだ。

そう言うと、ジルは私の手を取って歩き出した。


カフェの目の前の通りに出るには、小さな川を渡らなくてはいけなかった。

国の中には水が張り巡らされており、通りと通りを結ぶいくつもの橋を渡り、目的の場所へと向かう。


歩くとあっという間の時間だが、元気良く走る子供達や楽しそうに井戸端会議をしているお姉さん達に笑顔で手を振りながら仕立て屋へとやって来た。


「こちらです」


「わあ!」


仕立て屋と刺繍されたカラフルな看板に、ディスプレイには綺麗なドレスやワンピース。

装飾品などが綺麗に並べられていた。


中に入ると、店員さんやお客さんが居て賑やかだ。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは、色々と見させてもらいます」


「はい、どうぞごゆっくりご覧下さい」


にっこりと笑みを浮かべる店員さんにまた笑顔で会釈して、ジルに連れられて店内を徘徊する。


「うわあ、これ可愛い」


「そう言うのが好みですか?」


襟元に音符の形に加工されたビーズが散っている、シンプルな白いシャツワンピースだ。

ジーパンに合わせたらきっと可愛いに違いない。

けれど、店内をきょろりと見渡すがどう見ても女性向けのパンツは置いていないようだ。

このシャツワンピースも、素材がてろっとしており丈もかなり長めに設定されているので、上からカーディガンを羽織るタイプのものだろうと結論付ける。


「んー、やっぱりせっかく可愛くなっちゃった訳だから……可愛い格好したい欲が無くはない」


こっそりとジルに耳打ちすると、ふはっと吹き出して「それは確かに」と笑われた。


「それならドレスやワンピースはどうです?

最近は色使いもそうですが、装飾なども工夫を凝らした物が数多くありますし」


「着慣れないから不安」


「なら私がお選びしても?」


「それはありがたい!!」


自分じゃちょっと選び辛いので、ジルにお任せする事にした。


「ではそうですね……これと、これと」


早々と三着手にしたジルは、落ち着いたクリーム色のワンピースと薄い黄色のニット、そして深いグリーンのカーディガンを取って私を試着室へと連れて行く。

渡された通りに着て出てくると、ぱちぱちと拍手をして「お似合いですよ」と嬉しそうだ。


「本当?」


「もちろんです」


そう言ってジルが笑うので、私は「ありがとう」と素直に喜んだ。


その後は「髪につける装飾品も見ましょう」と奥の方へと向かう。

手前が仕立て屋であり服屋さんらしく、奥に進むとブレスレットやイヤリング、ネックレスなどの装飾品が並んでいる。


「貴女は髪が長いですし、髪色も珍しい薄桃色ですから……派手過ぎない髪飾りが欲しかったんですよ」


言いつつ選びながら、私の髪に当てた。


「銀のリーフバレッタ、すごく良いですね、似合います」


「髪は…いや、髪の手入れだけじゃないけど、あまり得意じゃない」


「私が喜んでしますとも」


本当に嬉しそうに言うので、私はホッとして「任せまーす」と丸投げした。


結局、金と銀の色違いのバレッタや、小さなお花の形の髪飾りを買い付けて帰る事にした。


「すみません、結局私が買い物を楽しんでましたね」


「ううん、私誰かとお買い物に行くのって初めてなので。

だからすごく楽しかったよ」


「……今度は美味しいケーキを食べに行きましょう、今日行ったあのカフェは季節によって色々な物が食べられるんですよ」


「わあー、楽しみ!」


荷物は後日、屋敷まで送ってもらえるとの事で、私はまた馬車へと戻った。


どうやら屋敷の中だけじゃ無くて、外でも色々楽しめそうだ。

今度はもう少し遠くまで行きたいなと、扉の外に広がる城下町へと思いを巡らせながら帰路に着くのだった。

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