ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれない
クリスは眠っているルドを眺めながら探るように話し始めた。
「そうだな……おまえが初めて治療院研究所に来た時……正直、どうでもいいと思っていた。魔力が多いなら研究に利用すればいい。その程度に考えていた。今までの奴らと同じで、自分の自尊心の誇示のために治療院研究所に入って来たんだと……治療のことなんて二の次なんだと思っていた。……だが、それは違った」
クリスがそっとルドの前髪を撫でる。
「おまえは本気で治療師に……魔法で治療が出来るようになりたいと思っていた。それなのに……私と違って神の加護があるのに……治療魔法が使えない。その自分ではどうすることもできない理不尽な気持ちは私もよく分かった」
クリスの声が少し沈む。
「〝神に棄てられた一族〟というだけで私には神の加護がなく治療魔法が使えなかった。自分の血を悔やんだことも、怨んだこともあった。どうして私が……という気持ちが強かった」
クリスはふと自分の中にある一番古い記憶を思い出した。
「……私は自分が生きるために大勢の人の平穏を壊した。私のせいで空中庭園は墜落して一族が絶滅する危機を招いた……」
自分と同じ顔をした金髪の女性の顔が浮かぶ。深緑の瞳には涙がたまっていた。
「……そもそも私は一人になっても生きたいなんて言ってないんだがな。あのまま、皆と一緒に消えることが運命だったのなら、それでもよかったのに……それなのに想いを託して私を生かした」
クリスが静かにルドの手を握る。
「勝手にされたことだが、それでも私は生きないといけないんだ。私が壊してしまった分まで……すべてを背負って生きるしかないんだ。私には……そうすることしかできない」
クリスがルドの手に額をつける。
「おまえも治療師になりたいと思うまでに、いろいろあったんだと思う。治療魔法が使えなくても、そこで諦めずに腐らずに前に進んだ。周囲から相当止められただろうが、それでも希望を持ち続けた。そうして私のもとに来た」
握っている手に自然と力が入る。
「だから、こんなところで止まるな。おまえは……やっと出会えた……」
少しの沈黙の後、クリスはそっと呟いた。
「貴重な存在だ」
そこでクリスは唸りながらルドの手を投げ捨てた。
「って、あー! もう! 私はなにを言っているんだ!」
顔を真っ赤にしたクリスが乱暴に椅子から立ち上がる。そしてドスドスとわざと足音をたてながら壁に向かって一直線に歩いた。そのままガタガタと壁にあるモノを外して再び戻って来た。
「よし! これだけの重さがあれば十分だな」
クリスは壁から外したモノを満足そうに抱えたまま眠っているルドに言った。
「犬! さっさと目覚めないと、これからこの剣を使って私の指を一本一本潰していくからな! 全部の指を潰しても起きなかったら、次は鞘から抜いた剣で私の指を切り落としていくぞ!」
壁に飾ってあった剣は装飾が目的とはいえ重さはある。鞘に入れたまま落とせば指ぐらいは簡単に潰せるだろう。しかも装飾が目的のため刃の切れ味は悪い。斬ろうとしても傷口がズタズタになるだけで、普通の剣で斬った時と比べたら悲惨なことになる。
ルドの指が微かに動いたが、そのことに気が付いていないクリスは話を進めていく。
「よし、まずは左指から潰していくか!」
変に勢いづいている声にルドは慌てて目を開けて体を起こした。
「ちょっ!? 止めて下さい!」
壁にかかっていた飾り剣の先がクリスの左人差し指の真上で止まる。あと一息、ルドが止めるのが遅かったら飾り剣はクリスの左人差し指を潰していただろう。
ルドは飾り剣の落下を止めたままの姿勢で大きくため息を吐いた。
「……どうして、そうやって自分を傷つけるのに躊躇いがないんですか?」
頭を左右に振るルドにクリスが平然と言った。
「おまえの体を傷付けたところで、おまえは目覚めないだろ?」
その通りだが、だからと言ってこういうことはしないで欲しい。
ルドはクリスからそっと飾り剣を取り上げると視線を逸らしながら言った。
「自分は目覚めなくてよかったんです。あのまま捨てといてもらえたらよかったのに」
「また眠りこんだら次は私の喉を潰すからな。あと私の爪を一枚ずつ剥いで、寝ているお前の顔の上にのせていってやる」
予想外の発言に思わずルドが叫ぶ。
「脅迫ですか!」
「そうとも言う」
「そうとしか言いません!」
「とりあえず、こっちを見ろ」
顔を逸らしていたルドが恐る恐る顔を動かす。ゆっくりとクリスを見ると呆れたように微笑んだ顔があった。
「まったく。世話がやける犬だな」
真っ直ぐな信念と強い意志を持った深緑の瞳。初めて見た時と変わらない。自分ごときでは奪えない輝き。それを自分の手で消すところだった……
ルドは一瞬でクリスから離れると部屋のすみで額を床につけるように頭を下げた。
「師匠……すみませんでした!」
「おまえ、そこまで離れなくてもいいだろ」
歩き出そうとしたクリスをルドが鋭い声で止める。
「自分に近づかないで下さい!」
ルドの本気の気迫にクリスが足を静かに下ろした。沈黙が流れる中、ルドが大きく息を吸って叫ぶように言った。
「自分は帝都に帰ります! 今まで、ありがとうございました!」
「……は?」
「自分は……自分は師匠にふさわしくありません! そばにいないほうがいいです!」
「……そうか」
クリスがドアに向かって歩く。ルドは黙ってその足音を聞いていた。
これでいい。これでいいんだ。自分は、もう……
「……って、引き下がるわけないだろ! このバカ犬!」
スパーン! とルドの頭にクリスの靴が直撃する。
「え? は?」
思わぬ攻撃にルドが顔を上げる。するとドアの前からこちらに靴を投げたクリスの姿があった。クリスはそのまま一直線に歩いてくると呆けているルドの襟首を掴み上げた。
「あれは私が自分の意思でしたことだ! おまえは悪くない! そんなことで諦めるな!」
「そんなことではありません! もし、また……」
そう言って俯くルドにクリスが首を傾げる。
「おまえはワザと私を傷つけるのか?」
ルドが慌てて顔を上げて否定する。
「そんなことしません!」
「なら、いいじゃないか」
「へ?」
間抜けな声を出したルドにクリスが顔を逸らして呟いた。
「まあ、おまえになら殺されてもいいけどな」
「なにか言いました?」
クリスがルドを睨む。
「とにかく! さっさと魔法で治療が出来るようになって、私に何かあっても治せるようになれ!」
「ですが……」
「魔法で治療が出来るようにしてやると約束したのは私だ。私に約束を破らせる気か?」
「そんなことは……」
「なら、さっさと根性を入れ直せ。明日からまた教えていくぞ」
そう言い捨てたクリスがルドに投げた靴を拾う。そのまま靴を履こうとしたところでクリスの体がふらついた。
ルドが素早く立ち上がりクリスを支える。
「まだ傷が完全に治っていないんですね?」
クリスが無言で顔を背ける。
「師匠はもう少し自分の体を大事にして下さい」
ルドは床に膝をつけると、クリスに靴を履かせた。クリスは顔を背けたままだが頬は赤い。
「生きているんだから別にいいだろ」
クリスが素っ気なく言った言葉にルドが琥珀の瞳を細める。
だから致命傷でなければ傷つくことを恐れないのか。ならば自分も本気で覚悟を決めよう。
ルドがかたく頷く。
「わかりました。自分も好きにします」
ルドは立ち上がるとクリスを横抱きで抱えた。
「なっ!?」
「とりあえず今日は屋敷まで送ります」
そのまま歩き出したルドの肩をクリスが叩く。
「歩ける! 下ろせ! そもそも、いつもは肩に担ぐだろ!?」
「肩に担ぐ姿勢だと傷にさわるかもしれませんから」
「だからって……くっ」
廊下ですれ違う使用人たちの視線が生温かくて痛い。視線から逃げるようにクリスがルドの方に顔を向ける。
そんなクリスを見下ろしながらルドが呟いた。
「オレも一緒に背負っていきますから」
「……聞こえていたのか!?」
寝ていると思って話した内容をルドが覚えていたことにクリスが慌てる。
「あ、あれはだな! た、ただの戯れ言だ! すぐに忘れろ!」
必死に言い訳をするクリスを無視してルドは庭に出た。どう考えても普通に屋敷に帰る道順ではない。
「馬車で帰るんじゃないのか!?」
「このまま走ったほうが早いです」
ルドの足に魔力が集まる。
『風の精よ、我が足に空を駆ける力を』
ずっと寝ていた分の体を動かすかのようにルドが勢いよく空へ駆け出す。
「おろせぇぇぇぇ!」
顔を真っ赤にしたクリスの叫び声を残して。
当初の予定より長くなってしまったので、ここで一度終わりにします
続編「ツンデレ治療師は軽やかに弟子との恋に落ちる……のか?」完結済
「ツンデレ治療師は軽やかに弟子と踊る~周りは二人をくっつけたい~」連載中
よければ、ブクマ、星お願いします!(*- -)(*_ _)ペコリ
ここまで読んでいただき、ありがとうございました.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.




