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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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女性による微かな望み

 クリスは軽くドアをノックした。


「入るぞ」


 声をかけてクリスが部屋に入ると、ベッドに寝ている女性が顔を動かした。ベッドしかない小さな部屋だ。


 女性は体を起こしたかったのだろうが、動く力がないらしく頭を少し動かしただけだった。体を横にすると息をするのが苦しいらしく背中にクッションを入れて上半身を少し起こしている。


 ルドは女性の顔を見て思わず手をきつく握った。顔は青白く、頬がこけている。髪は一つにまとめているが艶がなくボサボサで一気に老けたようだ。


「そのままでいい」


 クリスが右手でルドの赤髪を掴み、左手を女性に向ける。そのまま全身の上を滑らすように動かした。険しかったクリスの顔に影が落ちる。


 深緑の瞳を伏せたクリスはルドの髪を離すとベッドサイドにある椅子に座った。


「無理をしたな。痛みはないだろうが、かなりしんどいだろ?」


「はい」


「それでも治療を望むのか?」


 女性がクリスから視線をそらす。


「こんなことをクリス様に言うのは失礼だと思うのですが……私はずっと死にたいと思っていました。痛みがあった時はずっと死にたいと。痛みで眠れなくて、ようやく寝れても痛みで目が覚めて……ずっと、痛みに襲われて、夢の中でも痛みに追われて……ずっと、死にたいと思っていました」


 女性がぼんやりと天井に視線を向けたまま話を続ける。


「このまま目が覚めなければ……って何度も思いました。そして目が覚めるたびに生きていることに絶望していました。そんな毎日でした」


 女性が一息吐いた。


「ですが、クリス様に痛みを感じなくしてもらってから世界が変わりました。痛みがない。自由に動ける。今まで普通にしていたことが普通に出来る。そのことが、こんなに素晴らしいなんて思いもしませんでした。生まれ変わったみたいで……変な言い方ですが、初めて世界が輝いて見えたんです」


 女性がクリスに視線を向けた。その顔は疲労感が強いが、どこか嬉しそうに見える。

 だが、その表情はすぐに力が抜けた弱々しい呆れたような笑顔に変わった。


「……気付くのが遅いですよね。あれだけ死にたがっていたのに、今では死ぬのが怖いんです。夜が怖いんです。眠ったら、このまま目覚めないんじゃないか、このまま死ぬんじゃないか……って」


 笑顔のまま乾いた目から涙が流れる。


「わがままですよね。今までずっと死にたいと思っていたのに、いまさら生きたいなんて……都合が良過ぎますよね」


 クリスは黙ったまま何も言わない。


「わかっているんです。でも……でも、このまま死にたくないんです。生きたいんで……ゴホッ、ゴホッ」


 女性が口にハンカチを当てて咳込む。そのハンカチには赤黒い血がついていた。


「助かる可能性は低いぞ。いや、治療中に死ぬ可能性の方が高い」


「それでもいいです。少しでも助かる可能性があるなら」


 声に力はなかったが、瞳は強くクリスを見つめている。

 クリスは説明を続けた。


「治療中は眠ってもらう。それも、かなり難しく時間がかかる治療になるから、早朝から夕方まで眠るようになる。しかも治療に失敗すれば、そのまま目覚めずに死ぬ可能性もある。それでも、いいのか?」


 女性はシーツをきつく握った。


「……それでも、お願いします」


「……わかった」


「師匠!」


 思わず声を出したルドをクリスが睨む。


「お前が言いたいことは分かる。だが、これは私がしなくてはならないことだ。私が痛みと取る治療をしたことで生きたいという望みを持った。ならば、私はそれに応えなければならない」


 クリスの言葉にルドが黙る。そのままクリスはどこか申し訳なさそうにルドに言った。


「今の私は魔力が使えない。治療するにはおまえの魔力が必要だ。協力してくれるか?」


 ルドは初めて頼られたことの嬉しさを感じたが、状況が状況のため素直に喜べない。むしろ苦悩した。

 クリスの体調のことを考えれば是が非でも止めなければならない。しかし、もし止めたとしてもクリスなら他の方法で治療をしようとするだろう。そして、その方がクリスへの危険度は高くなるはずだ。それなら、まだ安全な方を……


 ルドは言葉を飲み込んで頷いた。


「……わかりました。全力で協力します」


 クリスが女性に視線を戻す。


「では明日の早朝から治療を開始する。さっきも言ったが、順調に治療が進んでも終わるのは夕方になるだろう。あと今日はこのままこの部屋に泊まれ。両親もここに泊まれるように準備をする」


 押しかけたものの治療を半ば諦めていた女性が驚く。


「本当に? いいのですか?」


「あぁ。ただし、このことは他言するな。面倒なことになるからな」


「はい! ありがとうございます……」


 女性が頭を下げるが、クリスは何も言わずに部屋から出ていった。





「クリス様!」


 部屋から出てきたクリスは出迎えた両親を手で制すると椅子に座った。


「娘は治療を希望した。だが、治療をしても治療中に死ぬ可能性の方が高い。そのことを説明したが、娘は治療をしてほしいと言った」


「はい」


 クリスが両親を睨むように見つめる。


「治療をせずに、このまま安静に過ごすという道もある。それでも死期を早める可能性がある治療を望むか?」


 両親が俯いたまま黙る。クリスは何も言わない。

 しばらくして母親がポツリと言葉を発した。


「……娘が望むなら、お願いします」


 父親が俯いたまま強く拳を握る。


「娘が長くないことは、この数日で嫌というほど分かりました。最期に望みがあるなら……全てをクリス様にお任せします」


 クリスは淡々と説明した。


「娘の体は治療ができるギリギリの状態だ。明日の早朝から治療を開始する。終わるのは早くて夕方だろう」


「そんなに時間がかかるのですか?」


 治療魔法の治療ならば魔法を詠唱すれば終わる。こんなに長く時間がかかることはない。


「あぁ。全身を治さないといけないからな。二人とも今日はここに泊まるといい。泊まれるように部屋は準備する」


 思いがけないクリスの提案に両親が驚く。


「いいのですか!?」


「娘と過ごす最期の夜になる可能性もある。一緒にいてやれ」


『ありがとうございます』


 両親がそろって頭を下げる。クリスはルドとカリストを連れて部屋から出ていった。





 クリスは振り返ると、ルドを見て思いついたように声をかけた。


「明日は早朝に治療を開始するから、おまえもここに泊まれ」


「え?」


「早朝に来るより、そのほうが効率もいいしな。さっき使っていた部屋をそのまま使えばいいだろ?」


 最後の質問はカリストにむけられたものだった。カリストが静かに同意する。


「はい」


「と、いうわけだ。いいか?」


「あ、はい」


 ルドが頷く。


「とにかく休んで明日の朝を万全の体調で迎えられるようにしろ。カリスト、あとは任せる。私は明日の準備をしてくる」


「わかりました」


 カリストが頭を下げる。クリスはルドとカリストを残して歩いていった。


 ルドが呆然とクリスの後ろ姿を見送っているとカリストが声をかけてきた。


「こちらへ、どうぞ」


 カリストはクリスが去った方と逆の方向へスタスタと歩いていく。ルドは急いで追いかけた。


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