カルラによる意外な訪問者の報告
ルドが目覚めると見覚えがない天井が目に入った。
「え? あれ? ここは?」
混乱していると隣から呆れたような声がした。
「倒れる前に言えと言っただろ」
「師匠」
ベッドの隣にある椅子に座って本を読んでいたクリスが本を閉じる。
「飲めそうか?」
クリスがベッドの横に置いてあるサイドテーブルの上にあったコップをルドに差し出す。中には透明な水が入っていた。
「ありがとうございます」
爽やかなレモンの酸味と冷たい水が体に染み渡る。
「生き返りました」
空になったコップをルドがサイドテーブルに置く。
「腹は空いてないか?」
クリスの視線の先には軽食が用意されたテーブルがある。
「あ、いえ。そこまで空いては……グゥ」
腹の音が鳴ったことにルドが驚く。クリスが軽食を置いているテーブルの椅子に座った。
「疲労感が強すぎて空腹を感じないんだろ。食べられるなら食べておけ」
「はい」
多少食欲がなくても食べられる時に食べておくのは騎士団の鉄則だ。
ルドはベッドから出ると椅子に座って軽食を食べ始めた。パンに新鮮な野菜や肉が挟んであり、見た目より食べ応えがある。
「美味しいですね」
次々と食べていくルドを眺めながらクリスは小さく呟いた。
「……悪かったな」
「え?」
「倒れる前に止めるつもりだったんだが見誤って、できなかった」
「いや! 自分が言わなかったのがいけないんですから! 師匠は悪くありません!」
「だが……いや、やめよう。今回のことで分かったと思うが、魔力を全力で出し続けるより、魔力を微量ずつ出し続けるほうが集中力と体力が必要になる。おまえの場合は魔力が大きいから余計負担になる」
「ですが、それさえ出来れば魔法で治療が出来るんですよね?」
「そうだ」
クリスが頷く。ルドは強く両手を握りしめた。
「頑張ります! 微量の魔力を長時間放出出来るようになります!」
「そうだな。あとは素早く相手の魔力の流れを読み取れるようになることだ。これは回数をこなして慣れるしかないから、普段から感覚を鋭くして、相手の魔力の流れを読み取る練習をしろ」
「はい!」
「今はしっかり食べて回復するんだな」
「はい!」
ルドが食事の続きを始める。そこに軽いノックの音が響いた。
「どうした?」
カルラが静かにドアを開ける。
「クリス様、来客なのですが……」
どこか神妙な様子のカルラに気付いたクリスが席を立つ。
「食べ終わったら休んでいろ」
そう言うとクリスはカルラとともに廊下に出ていった。
クリスが廊下に出てドアを閉めると、カルラは困ったように小声で報告した。
「バドの町で治療院まで来れないため、家で全身を診て首から下の痛み止めだけをした女性のことを覚えていますか?」
クリスが少しだけ苦い顔になり頷く。
「あぁ」
「その女性が来ています」
深緑の瞳が大きくなる。予想外過ぎたのか、クリスはすぐに言葉が出なかった。
「……本人が来ているのか? どうやって、ここまで来たんだ? 自力ではほとんど動けなくなっている頃だぞ」
「本人の強い希望で、家族が農作業用の荷台に乗せて、ここまで運んで来たそうです」
「……その女性はどこにいる?」
「屋敷の奥の治療室に案内いたしました」
クリスが屋敷の奥へと歩きだす。
「家族は?」
「一緒にいます」
「わかった。犬に至急来るように伝えろ」
思わぬ指示にカルラの足が止まる。
「え!? 犬を?」
「治療師を目指す者なら経験しておかなければならないことだ」
「……わかりました」
カルラが頭を下げて廊下を引き返す。クリスは屋敷の少し奥へと向かった。
クリスが目的の部屋の前に到着すると、カリストが頭を下げて出迎えた。
「女性は移動で疲れていたようでしたので、奥の部屋で寝かせています。両親はクリス様と話をするため手前の部屋で待っています」
「……まずは両親から近況を聞く。そのあと本人から話を聞こう」
「はい」
そこにルドが走ってきた。クリスが声をかける。
「休めと言ったのに、悪いな」
「いいえ!」
「治療院研究所の仕事でバドの町に行った時、最後に診た人を覚えているか?」
「全身が痛くて眠れないという?」
「そうだ。治療が難しいから痛みを感じなくしたのだが、その本人と家族が来ている」
「え!?」
治療の依頼は治療院研究所を通さなければならない。だが、今のクリスは休養中なので治療の依頼がくることはないはずである。
そもそも治療師の家を個人が訊ねることは禁止されている。そうしなければ治療を求めて昼夜問わず訪れる人がいるからだ。
ルドの考えを読み取ったクリスが忠告する。
「治療院研究所には報告するな。まずは状況を確認してからだ」
「わかりました」
「おまえは何があっても絶対に話すな。黙って聞いていろ」
「はい」
クリスが部屋に入る。その後ろにルドとカリストが続く。
こじんまりとした部屋で椅子とテーブルはあるが、他は何もない。あとは左側に奥の部屋へと続くドアがあるだけだった。
ルドがクリスの背後に立ち、カリストは入り口に控えた。
「クリス様!」
クリスの姿を見て、椅子に座っていた母親が立ち上がる。
「座ったままでいい。なにがあった?」
クリスが両親と向かい合うように椅子に座った。母親も椅子に座ったが、顔色が悪い。父親もどこかやつれたように見える。
母親がゆっくりと口を開いた。
「クリス様が治療をして下さってから、あれだけ痛がっていたのが嘘のように動けるようになりました。クリス様は、治療はしていない、治していないと言われましたが、私たちには治ったように見えました。毎日を神に感謝して、喜んで生活をしていました。しかし……」
母親の目から涙がこぼれる。言葉が出せなくなった母親の代わりに父親が口を開いた。
「あれは……一昨日、夕食を食べている時でした。突然、食べていた物を吐いて……それからは、何を食べても吐くようになって。それが黒くて臭いがひどく……今は水がどうにか飲めるぐらいです。下痢も酷くて、黒くて腐ったような臭いがするんです。それから少し動いても息がすぐに上がって、一人では起き上がれなくなりました」
父親が隣で泣き崩れる妻を見る。
「気が付くと吐いていたり、下が汚れていたりするので、ずっとつきっきりで……二人で夜も寝ずに世話をしています」
「……そんな状態なのに、なぜここまで連れて来た? これだけの移動をすれば、本人の体への負担は相当だぞ」
「娘が……どうしてもクリス様に治療をお願いしたいと言いまして。私たちもこのままでは次にクリス様が治療院に来られる時には間に合わないと思い、無理を承知でここまでやってまいりました」
クリスが一呼吸おいて再確認する。
「本人の希望なんだな?」
「はい」
「……わかった」
クリスが立ちあがる。母親が顔を上げた。
「治療をしていただけるのですか!?」
「本人に話を聞いてからだ。このまま待っていろ」
クリスが立ちあがり左側のドアへと向かう。ルドは後を追いかけたが、カリストは動かなかった。
隣の部屋に入ったクリスの後ろ姿に両親は頭を下げた。




