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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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師匠によるドキドキな初めて体験ツアー

 左腕がない御者がルドを見たあとクリスに心配そうに視線を向けた。


「クリス様、本当に連れて行くんっすか?」


「あぁ。こいつがいないと魔力がないからな」


「それなら他の人でも良かったんじゃないっすか? 例えばカリストとか」


「カリストの魔力は持ち主に似てひねくれているから、扱いにくい。反対に、こいつは魔力は扱いやすいし、無尽蔵にあるからいくらでも搾取できる」


「……それなら仕方ないっすね」


 左腕がない御者が諦めたように馬車から降りる。クリスは立ち上がるとルドに言った。


「ちょっと退いてろ」


 ルドが立ち上がると、クリスはルドが座っていた椅子を解体し始めた。

 椅子は小さく折り畳んで馬車の隅に収納され、代わりに数本の棒と壁に付いた四角い板が現れた。


「師匠、これは?」


「少し待て」


 クリスが棒を繋ぎ合わせ、馬車の床にある窪みにはめ込んでいく。


「クリス様、終わりましたっす」


 左腕がない御者の声にルドが顔を上げると、馬が馬車から外されていた。


「ありがとう。昼過ぎには戻る」


「それぐらいがいいっすね。この辺りは熊がいるから、遅くなると馬が怯えるっす」


「わかった。行くぞ」


「え? 行く?」


 クリスがルドの赤髪を掴む。


「魔力をもらうぞ」


「へ?」


 魔力が抜けていくのを感じると同時に馬車が動き出した。


「え!? 馬がいないのに、どうやって!?」


「馬より早いからな。座らないと転ぶぞ」


「は? 馬より早っ……えぇぇぇ!?」


 ルドの声を残して馬がいない馬車は山道を登りだした。


 馬が引くより速いのに、馬車の揺れが少ない。普通は速度が上がれば上がるほど馬車の揺れも酷くなり、乗り心地が悪くなる。だが、この馬車は速度の割には揺れが少ない。

 走り出した時に転がるように椅子に座ったルドは姿勢を直すと、もう一度馬車の内装を確認した。


 向かい合うように配置してあった椅子の片側は全て外され、代わりに見たことがない装置が露わになっている。

 壁に付いている四角い板の中では、どういう仕組みになっているかは分からないが、中にある棒がせわしく上下に動いており、時々クリスが横目でその棒の動きを確認していた。


 そのクリスは左手でルドの髪を掴んだまま、右手は馬車に突き刺した棒の先に付いている穴が開いた半円形の円盤を握って、時々軽く左右に動かしている。

 ルドは掴まれた髪から常に少量の魔力を取られていたが、特に問題ない量であった。


 一定の速度で流れていく風景を見ながらルドはクリスに質問をした。


「あの、師匠。これはどういう乗り物ですか?」


「大昔に使われていたクルマという乗り物だ」


「大昔? 大昔はこんな乗り物があったのですか? どうやって動いているのですか?」


「細かい仕組みを説明するのは面倒だから省くが、大きな魔宝石を使用している。そこに少量の魔力を流すことで動いている」


「魔宝石で!?」


「あぁ。それに馬車を動かすための装置がごちゃごちゃと付いているから、この馬車は見た目より重い」


 これだけの説明でルドが思い付いたように両手を叩く。


「あ! それで馬が四頭必要だったのですね。そして、ここで使われている魔宝石は馬四頭分の力と同等か、それ以上の魔力を保有している……に、してもかなりの大きさの魔宝石になりますよね?」


 確かに魔宝石なら動かせるかもしれないが、これだけの物を動かすとなると、かなりの大きさになるはずだ。

 クリスは頷きながら平然と言った。


「場合によっては城が買えるな」


「確かにそうですけど。それより、そんな大きさの魔宝石が存在しているなんて誰も思いませんよ」


「市場に出回っているのは小さいものばかりだからな」


「はい。どこでそんなに大きな魔宝石を手に入れたのですか?」


「普通なら無理だが……まぁ、機会があれば教えてやる」


 二人が話している間に山が迫ってきた。


「このまま山越えをするのですか?」


 確かに馬より早いが、それでも一日で山越えが出来るとは思えない。そもそも、これだけの大きさのクルマが通れる道が、この険しい山にあるのか。


 ルドの疑問にクリスが顎で道の先を示す。


「山越えはしない。この先にあるトンネルを抜ける」


「トンネルとは何ですか?」


「山を掘って作った道だ。その道を通れば短い時間で山の反対側へ行ける」


「そんな道がある……えぇ!?」


 山の斜面に開いた穴にクルマが速度を落とすことなく突っ込んだ。入った時は真っ暗だったが、クルマの先を照らすように光が現れた。


「光が? どこから?」


 キョロキョロと周囲を見回すルドの髪をクリスが引っ張る。


「大人しく座っていろ。クルマに光を出す魔宝石が組み込まれている。周囲が暗くなると、その魔法石が反応して行き先を照らす」


「そうなんですか……すごい技術ですね……」


 感心しながらもルドは周囲を観察している。クリスは諦めて好きにさせることにした。


「それにしてもトンネルとは洞窟みたいなものなんですね」


「そうだな。人工の洞窟だな」


「人工?」


「さっき説明しただろ、山を掘ったと。トンネルとは、人が人力で山を掘って作ったもののことだ」


「これを!? この巨大な洞窟を人が作ったのですか!?」


「そうだ。もちろん正しい知識と技術がないと、途中で崩落する危険もあるからトンネルは作れない。あと暗くて音が響くから、慣れていない馬はトンネルに入ろうともしない」


「確かに馬は臆病ですから。普通の馬なら、ここは走れませんね」


 ルドが納得していると、遥か先に小さな光が見えてきた。何があるのかと目を凝らしていると、目の前が白くなった。突然のことに思わず目を細める。その視界に入ってきた光景は今まで見たことがないものだった。


「えぇぇぇぇ!?」


 地面が遥か下にあり、周囲には何もない。まるで空を飛んでいるかのような錯覚に襲われた。


「し、師匠!? た、た、た、たか、高い……」


「落ち着け。柵もあるし、そう簡単には落ちない」


「い、いや、わ、わかって……でも、高す……」


 ルドが座っている椅子にしがみつく。


「高所恐怖症とは意外だな」


「いや、だって、こんな……魔法で空を駆けるのとは感覚が違いすぎて……」


「我慢しろ」


 青い顔をしているルドを乗せたクルマは渓谷にかかる橋を通過して再びトンネルに入った。そこで、ようやくルドの力が抜ける。


「あんなに高い橋、初めて渡りました……」


 げっそりと疲れた顔をしているルドにクリスが思わず笑った。


「橋の上だぞ。そんなに怖がるものでもないだろ」


「ですが、もし崩れたら……と考えたら怖いじゃないですか!」


「あぁ。そういう考えもあるか。一応、定期点検しているから大丈夫なはずだ」


「定期点検?」


「定期的に決められた日に点検するんだ。破損とか問題が見つかれば修復するから、橋が崩れることは、そうそうない」


「そうなんですか……でも怖いものは怖いです」


「そうか。だが、帰りも渡るぞ」


「あぁぁぁ……」


 ルドが絶望したように椅子にしがみつく。


「それより、もうすぐ目的地に着くぞ」


「へ?」


 ルドが顔を上げると丁度トンネルから抜けたところだった。眼前には大きな湖が広がり、太陽の光を弾いて輝いている。


「こんなところに、こんな大きな湖があるなんて……」


 これだけの大きさの湖は滅多にない。しかも水は透き通っており、湖の中が透けて見える。ルドが感動していると、クルマは湖の麓に造られた丸太小屋の前で停止した。


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