7 【ユメ ノ トイカケ・2】
※ 挿絵があります。
著作者:なっつ
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「月が輝けるのは何故だかご存じですか?」
黙っていると、唐突にそんなこと問いが聞こえた。
彼女が僕を見ている。吸いこまれそうな蒼い目が、僕を。
「月、」
僕は、彼女の瞳に映る白い月を見る。
『夜空にお月さまが無かったら、暗くて怖くて、動物たちはみんな泣いてしまいます――』
そんなメルヘンな答えを求めているわけではないだろう。
先程の「生きて」と関連があるのだろうか。何故急にそんなことを。
「月は……太陽の光を反射することで輝きます。あの光は、太陽の光です」
さんざん迷って、僕は頭の中の引き出しからひとつの答えを引っ張り出した。
お伽話から抜け出してきたようなお姫様相手に、なんて面白みの欠片もない台詞だろうと思いながら。
「そう」
彼女は笑いもせずに答える。
「月は、太陽がなければ、輝けない」
雲が月を覆う。
小さな庭に陰が差す。
これは何かの比喩だ。彼女は何かを言おうとしている。
それは、
ふいに夜会の絵が頭に浮かんだ。
豪奢な金髪の青年と、漆黒の髪の少女。
陽と陰。
太陽、と、月。
「……あなたは、」
僕の答えを、彼女は黙ったまま待っている。
その時、遠くで声がした。
途端に彼女の表情が強張った。声のしたほうを振り返り、それから左右を見回すと僕の手に何かを握らせる。
「あの、」
「黙って」
何だろう。危険なものが迫っているのか?
とうとう見つかったのか?
彼女は立ち上がると空に向かって片手を上げた。
くるり、と軽く旋回させると、何処からともなく1羽の鳥が現れる。彼女の警戒が伝わっているのか、羽音も遠慮がちに。
「この鳥について行って。途中で扉が2つくらいあるけど、これを持っていれば通れます。早く」
ぎゅっ、と握らされた手を開くと、見覚えのある金色の紋章があった。
僕が拾った耳飾り。僕が拾った片方だけ。
「生きて」
舞い降りた鳥を、彼女は手に止まらせたまま僕に差し出す。
大きな黒い目を瞬かせてちょこんと小首を傾げたその鳥は、雪のように真っ白な羽根に覆われている。これなら夜空でも見失うことはない。
しかし。
「こんな闇の中を」
彼女は鳥を使役することができるのか? それともこれは彼女が飼っている鳥なのか?
いや。
それよりも、鳥は夜中には飛ばないものだ。鳥の目は闇の中では見えない。いくら使役獣だと言ったって……。
「自分の庭は目を閉じていたって進めるものでしょう? ご心配なく」
彼女の言を証明するかのように、鳥が羽ばたいた。
暗い夜空に、その白さだけが浮かび上がる。月を背にすれば姿を隠し、闇に舞えば目立つ印として。
「早く」
「あの!」
僕は彼女の手を取った。
「一緒に」
その言葉に彼女は表情を曇らせた。蒼い瞳が揺れる。
何かを言おうとしたのか少し開きかけた唇は、何も音を発しないまま、また閉じられた。
初対面の、しかも金すら持ってなさそうな男が何を言っているのだ、と一笑に付すところだろう。長年想いを通じさせ続けた上での誘いなら乗ることもあるかもしれないが。
ほんの少しの間話をしただけの僕がそれを言ったって、「嬉しいわ、いつまでも一緒よ」なんて返事が返ってくるのはピンクがかった妄想の中くらいだ。
自分でも非常識だとは思う。
でもこのまま此処に置いておけば、彼女はきっと不幸になる。
理由なんて無い。僕と一緒にここを出たからって、ここにいるより幸せになるとは限らない。いや、確実に生活レベルは落ちる。
これは僕の身勝手。
何もかもを持っている紅竜様より、僕が勝っているものなど何もないけれど。
だけど。
彼女は首を横に振る。
「こんなところにいるよりは、幸せにす、」
……その後に続く言葉は、僕の唇を押さえた人差し指に封じられた。
「どうか。ご無事で」
僕を真っ直ぐに見つめて彼女は言う。
「こうして会っても生き延びられたんだって証明して。あなたが何処かで生きていてくれれば、この運命に打ち勝てたような気がするから」
「……っ」
僕は奥歯を噛んだ。
このまま逃げてもレールは変わらない。
だから彼女は何かをしようとしている。僕が死なない未来のために。彼女に出会っても生き延びた者のいる未来のために。
でも僕ひとり逃がして、それで彼女はどうなる? いくら紅竜様のお気に入りでも――。
「心配しなくても大丈夫だから。ね?」
何が大丈夫なんだ? そりゃあ彼女は殺されやしないだろう。メフィストフェレスと姻戚になるための貢ぎ物なんだから。
でも酷いことを言われるんだろう? 心を、傷つけられるんだろう?
そこまでして何故こんなところに留まる必要がある!?
家のため? そんな家なら糞くらえだ!
彼女の背後に浮かぶのは白い月。
銀色の光が彼女の髪に、頬に、降り注ぐ。彼女の微笑みがその中に溶けていく。
「次に会ったら……また月を見ながら、話、聞かせて」
嘘だ。
「次」なんて無い。もし次に会うことがあったとしても、
『月は、太陽がなければ、輝けない』
……あなたには、もう、手が届かない。
鳥がひと声甲高く鳴いた。早くしろとでも言うように。
僕が掴んでいる手に、彼女はもう片方の手を重ねた。
「左手の握手は、お別れをする時に使うんです」
左手?
僕は手を見る。僕の手は右。そして向かい合って立つ彼女の手は、左。
でもこれは握手じゃない。握手をしているつもりはない。此処で別れるつもりもない。
そして彼女が右手をも重ねたと言うことは、彼女もまた……。
だが淡い期待はあっさりと霧散した。
彼女はその手を外すと僕の身体を庭の戸口のほうへ向けさせる。
行け、と言うように背中を押されて、僕はよろめくように1歩、足を出した。途端に耳飾りを握った手が、ぐい、と何かに引っ張られるように前に出る。僕を庭から連れ出して行く。
やっぱり呪いの類が施してあったのだろうか。
これは僕の意思じゃない。僕は、まだ……!!
「名前!」
振り返った。
舞い落ちる水飛沫越しに、思いつめたような顔で僕を見ている彼女がいた。
彼女はふっと表情を和らげる。小さく、手を振る。
唇が「知らないほうが身のためです」と動くのが、遠目なのに何故かはっきりと見えた。
「次に会ったら! 会えたら……!!」
それに続く言葉を言うこともできないまま、彼女は、僕の視界から消えてしまった。
木々の間を白い鳥が遠ざかっていく。
あの鳥に導かれて、彼はこの城を出ていくだろう。
白い鳥の姿が闇に紛れるまでじっと見つめていた彼女は、それから踵を返し――足を止めた。
階段のすぐ上に青年が立っている。酷薄な笑みを浮かべて見下ろしている。
その豪奢な髪を月の淡い光が輝かせる。
「探したよ」
「申し訳ありません」
彼女は歩を進める。青年の元へ、1歩、1歩、ゆっくりと階段を上る。
「耳飾りが片方無くなっているね」
青年は彼女の顎を持ち上げ、その手を耳に滑らせた。
髪で隠した耳朶を軽く引っ張る。
「いけない子だ。あれは一族専用の連絡通路を開けるための鍵だっただろう? 誰かが拾って使わなければいいが」
嘲るように笑う。
笑って、視線を遠くに向ける。鳥が飛んでいったその先を。
「……楽しかったかい? ” ”」





