3 【ユメ ハ イザナウ・2】
著作者:なっつ
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「――紅竜様だ」
どのくらいそうして眺めていただろう。何処からかした声に、僕は視線を向けた。
明るい、少し癖のある金髪と燃えるような瞳を持つ青年が歩いてくるのが見えた。
まるで、そこだけ昼間になったかのようだ。
ホールを彩る飴色の灯が豪奢な金髪をさらに輝かせている、というばかりではない。衣装が豪華だと言うだけでもない。
きっと、持って生まれたものもあるのだろう。
年の頃は僕と変わらないように見えるのに、全く物怖じする様子もなく、人の前に、そして人の上に立つのが当然とでも言いたげなオーラすら感じられる。
同じ貴族だというのに僕とはまるで違う。
これが「上級」と「下級」の違いなのか? それとも彼は貴族の中でも特別な……古い血の者だからなのだろうか。
敵いっこない。
親の七光りとかそんなものではなく、「彼」に敵いそうにない。
彼はひとりの姫君を伴っていた。
特に紹介もなかったので名前も何もわからないが、俯くと睫毛の影が頬に落ちるさまなど、いかにも女の子といった風情で可愛らしい。
彼も彼女を大変気に入っているようで、片時も傍から離そうとしない。
ダンスの誘いを申し込まれる度に不安そうに隣を見上げる彼女は、彼とはかなり親しい関係にあるように思われた。
許嫁だろうか。こうして連れて歩けるようになるまで大切に隠して育てられてきたのだろう、将来が約束されているに違いない、と憶測ばかりが飛び交う。
娘を連れてきている親たちの落胆の溜息も聞こえる。
それは僕も同じ。
生まれた家が違うだけで、どうしてこんなにも違うのだろう。
彼は何でも手に入る。金も、名誉も、可愛らしい姫君も。
彼の代わりに僕が彼女の隣にいたら。
彼女はどんな声で笑うのだろう、どんな表情で僕を見上げるのだろう。
その姫君が今、僕の目の前にいる。
紅竜様が連れていたということは彼女もきっと上級貴族のひとり。もしくはその枠内に入る予定の人。
だとしたら、僕なんかが声をかけてはいけない。
上の身分の者に声をかけたり触れたりすれば、与えられるものは――死、あるのみ。
「服、濡らしてしまいました」
開口一番、彼女の口から出たのはそんな呟き。
それで初めて僕は、袖口から盛大に滴が滴り落ちていることに気がついた。
当然だろう。
水を噴き上げている噴水の中に入るなんて、夏だったとしても普通はしない。
子供や学生……それと酒に酔った勢いなら大人でもあるかもしれないけれど、しかしここは貴族の中でもトップクラスの城で、しかも夜会の席。
少し着ただけで洗濯に出さないといけないような一張羅を着込んで、精一杯着飾って来ているのだ。戯れにだって、落としたものを拾うためにずぶ濡れになどなりはしない。
床に落としたフォークでさえ、給仕を呼んで拾わせるのがマナーとされる場所なのだから。
「……どうぞ」
僕は拾い上げた耳飾りを差し出した。
最初に口を開いたのは彼女なのだから、声をかけたことにはならないだろう。そんな卑屈なことを思ってしまうのが情けない。
彼女の目には僕はどう映っているのだろう。
噴水に入ってずぶ濡れになるような、貴族らしからぬ胡散臭い男。きっとそんな風に見えているに違いない。
彼女は僕の手のひらから耳飾りを摘み上げた。そのまましげしげと眺めている。
見覚えのない給仕が差し出してきたフォークよりも怪しいなどと思われているかもしれない。いやその前に、給仕だって拾ったフォークは渡して来ない。
傷でも見つけたのだろうか。弁償しろと言われたら逃げたほうがいいだろうか……なんて貧乏くさいことを考えていると、「ありがとう」と声が聞こえた。
思わず凝視してしまった僕に、彼女は上目遣いにちらっと見上げたものの、視線が合ったか合わないかの一瞬先にまた下を向いてしまった。
照れ隠しなのか、黙ったまま耳飾りをつけ直そうとしている。
人慣れしていないのかもしれない。それなら紅竜様の隣で終始終俯いていたのも頷ける。
立ち去る機会を逃した僕は、そんなことを考えながら彼女がつけ終わるのを待つ。
できればずっとこの時が続けばいいと思いながら。
……しかし。
数十分後、僕は考えを改めることになっていた。
不器用すぎやしないか?
そんな言葉がさっきから頭の中でぐるぐると渦を巻いている。
続けばいいとは思ったけれど、彼女が悪戦苦闘しながら耳飾りをつけようとするその間に、月が3度雲に隠れ、3度顔を出した。
せめて手袋は外したほうが、と言いかけたものの、それを指摘するのは失礼な気がして結局口を閉ざしている。
これが可愛くみせるための演技だったりしたらあざといどころではない。しかしどう見ても下の身分の僕にそんな演技をする意味なんてないだろうから、これは天然なのだろう。
いや、手袋を外すことも気がつかないくらい焦っているから、ということも考えられる。
早くこの場を離れんがために?
そう思われているのなら少し寂しいけれど……。
でも、いい加減終わってほしいのも事実。
目の前で何度も失敗し続けるのを見ていると、あまりにもまどろっこしくてイライラしてくる。
何故付けられないんだ? 不器用にもほどがある。
手伝ったほうがいいだろうか。しかし装飾品に男が手を出すというのはマナー違反にはならないだろうか。
そんな葛藤を心の中で繰り返し。
何度目かの転がりかけたその飾りを受け止めた時に、とうとうそのまま手を伸ばしてしまった。小さい頃、母のアクセサリーを見せてもらっていたから使い方は知っている。
本当に。
パチンと挟むだけなのに何故そんなに失敗するのか、そっちのほうが知りたい。
つけてもらっている間、彼女は大人しくしている。
つけやすいようにちょっとだけ首を傾げてもいる。
ああ、もしかしたらいつもは全部召使い任せなのかもしれない。だから付けられないのだろう。
使用人扱い? いいじゃないか、僕みたいな安い男にはお似合いだ。そんなことを思っていると、再び目が合った。
頬が染まった、と思った途端に、またしてもさっと視線を逸らされた。
なんだろう。
さっきから目が合う度に逸らされている気がする。
でも何度も目が合うのは、彼女がずっと逸らしているからではないわけで。
言い換えれば、逸らしてもまた、僕の目を盗んでは見ているわけで。
何故?
「はい、できました」
耳飾りをつけるために少し身を屈めていた分、彼女の顔が近い。
目線も、近――。
グサリと胸に何か刺さった。
矢なんて生温いものじゃない。大型弩砲が。
ここで鼻血を噴かなかった僕は、きっと褒められていい。