2 【ユメ ハ イザナウ・1】
※過去話です。
※本文中に挿絵があります。
著作者:なっつ
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魔族には階級がある。
大きく分けて貴族と平民。そして貴族だけ取り上げて見ると、さらに「上級」と「下級」に分かれている。
どうやって線引きが決められたのかは不明だが、古からその名を伝承に記してきた名のある一族は、大抵「上級」だと思っておけば間違いない。
魔力や戦闘力の高さで言えば、「上級」の能力をも凌駕する「下級」が現れることもある。
区分けの緩やかだった昔は、そうして枠を超えた家もあったらしい。
今でもそのような者は高い役職を与えられ、高額な賃金を得る。
が、それは個人でのこと。その者は高く取り上げられたとしてもその親、または子孫まで同じような恩恵を受けることは難しい。与えられた地位や名誉は、その子孫に持つ資格がなければ、簡単にはく奪されてしまう。
だからこそ何代にもわたって「上級」に居続ける家は、その椅子に座り続けるためにあらゆる制約を作っていった。
能力主義を謳いながら、片方では能力主義を排す。
矛盾しているが、多くの制約というものは大抵、上位に与する者が決めること。自分たちの地位が揺らがないように、と。
唯一、その境を越えることができるとすれば、婚姻や養子縁組などでその一族に迎え入れられることだろうか。無論、越えられるのは当人だけだが、そうして家の格を上げることが困難になっている昨今、上級貴族と姻戚関係にあるという繋がりは下級にとっては結構な強みとなる。
そして、今宵の夜会にはそんな思惑を抱く人々も多く訪れていた。
此処は上級貴族のひとつであるメフィストフェレスの一族の城。
敷地だけでも広大なその城は一族の中でも直系の者しか住んではおらず、分家や亜流などは魔界全域に散らばっている。
直系のみが住むこの城は「本家」と呼ばれていて、同じ敷地内には兵舎や鍛練場まで併設されている。さすがに招待客を大勢招く今日のような日は何処かの王宮の近衛兵かと疑うような正装の兵士しか目にすることはないが、普段はもっと荒々しい獣人兵なども闊歩しているのだろう。
全体を高い城壁で囲まれたその場所は、貴族の城と言うよりも砦と言ったほうが合っているかもしれない。
いつもは跳ね橋も上げられ、外の世界から一切遮断されているのだが、今日は夜会が催されるということもあってそこを大小の馬車が通り抜けていく。
門の入り口では、中の様子を一目見ようと城下の人々が大勢集まっては、門兵に追い払われている。
今宵催されるのはこの城の嫡男が新たに「本家」の当主に就任する、そのお披露目のための夜会。
名を、「紅竜」という。
歳は、一族を率いる当主と呼ぶにはかなり若い。
この歳で当主の座に就くには、先代が早く没したか他に就ける者がいなかったか、そんな諸々があってのことだが、聞いた限りでは先代はまだ存命らしい。
が、年齢は若造と言っていい歳だけれども、既に自軍の編成指揮を任されているのだと聞く。
前当主によく似た戦闘能力の高さと政治的手腕、貴族ならではの華やかな容姿で女性からも……いや、その女性の父親たちからも人気が高いのだが、未だ婚約者のひとりもいないのだとか。
やたらと着飾った姫君が多いのは、年頃の娘をあわよくば、と目論んで連れてきている者が多いのだろう。上手くいけば「上級の中でも今一番の上昇株」と呼ばれる一族と姻戚関係になれる。
当事者となる娘にとっては妬みや蔑みの的になるなど、針の筵に座らされるようなものなのだが、この豪華絢爛な世界にいる間はそんな現実すら霞んでいるに違いない。
寂れた裏庭の、噴水の縁に腰掛けて、僕は揺れる水面を眺めていた。
夜会の喧噪も、ヴェール1枚で隔てたようにこの庭までは入って来ない。聞こえるのは賑やかな音楽や貴婦人の甲高いお喋りではなく、ささやかな葉擦れと水の音。
細いながらも木が生え、お上品にとり澄ましているわけでもない草花が咲き。
道がわりに敷いてある煉瓦は古びたもので、もう何十年も雨風にさらされてきたのだろう、角が丸く欠けている。
侵入者を防ぐために隠れる場所を作らないのだとは言え、この城の表を飾る庭は落ち着かない。植え込みも花壇もあるのに高い木はほとんどなく、ずっと向こう端にある兵舎まで見渡すことができてしまう。
城の中だってそうだ。
何処にいても……使用人や兵士の姿が見えないにも関わらず、監視されているような視線を感じる。
客人が多い今日のような日は、頭数を割った数からいけば、僕ひとりに注がれる視線など大した数ではないはずなのに。いや、見るからに場違いなのが紛れ込んでいるから、余計に目につくのだろうか。
だからこの絢爛な城に忘れられたまま放置されているような裏庭を見つけた時は正直ほっとした。監視の目はあるのだろうが、それでも木が多いせいか、あからさまには感じない。
こんなところが落ち着くなんて、僕にはやっぱり貴族様の暮らしは似合わないのかもしれない。
噴き上がる滴のひとつひとつにキラキラした灯りが映るのを、僕はぼんやりと眺め続ける。
まるで、光溢れる舞台を舞台袖から眺めているような……いや。
本来ならこんな裏庭でさえも僕は足を踏み入れることすらできないのだ、と実感させられる。
今夜の招待状が届いた時は、宛先を間違えたのかと思った。
僕の家は貴族とは名ばかりの下級で、下手すると平民階級より質素な暮らしをしている。箱だけは代々受け継いだ屋敷だから多少は広いが、あちこちガタが来て使い物にならない部分も多く、召使いなども当然いない。
そしてそれは、僕の一族が魔界ではなく人間界に居を構えている、ということに関係している。
一部の特権階級だけが甘い汁を吸うのが気に入らない、と、曾祖父のあたりが魔界を飛び出したことに起因するこの生活は、最初はそれなりの努力でどうにか回っていたらしい。
魔界では力の無い家は有力な上位の家に仕え、その庇護に入ることで恩恵を受ける。
しかし人間界にいては仕える家など無い。恩恵を受けられない僕の家はだんだんと寂れていき……僕などは爵位があるということすら聞かされていなかった。
でもそれで何の問題もなかった。権力に従うことを嫌うのはきっと血筋なんだろう。
父は勤めに出て行き、その稼ぎで生計を立てる。
地に足がついた堅実な暮らしが1番だ、と口癖のように言う。
それが普通だと……夜会なんてお伽話の中だけに存在するものだった。
それが。
その招待状は、質素、地味、堅実、といった題名が付けられそうな人生に、ポン、と放り込まれた夢の欠片のようだった。
見てみたい。行ってみたい。この機を逃したらもう2度とこんな機会は無い。
父は遠慮するべきだと止めたけれど、一生足を踏み入れることなど無い上級貴族の城で行われる催しへの好奇心は、色褪せるどころか膨らみ続ける。
そして、魔族でありながら魔界を1度も見たことがない息子の社会勉強になるとでも思ったのだろう。
父も最後には首を縦に振ってくれた。
でも、実際に目の当たりにすると、自分の場違いさを実感するばかり。
同じように感じた者も多くいたようで、僕はそんな彼らと共に壁際でさざめく人波を眺めるしかできなかった。
聞けば、この夜会の招待状は貴族と名のつく者全てに送られたのだとか。
それだけ今回の就任を広く知らしめたいのだろう。特権階級に新たに君臨する者の姿を、全ての者の目に焼きつかせるために。
壁にいるのは僕と同じ、尻尾を振ってのこのこやって来た馬鹿な連中。
たとえ同じ貴族でも、下級の者は上の位の者に声をかけてはいけない。まるで臣下が王族に対するかのように、彼らから声をかけて貰うのを待つしかない。
しかし煌びやかな人達は僕たちなど視界に入ってはいない。
読んで下さる読者様にはご迷惑をおかけ致します。
この度、当作品が中国の海賊版サイトに転載されていることが発覚致しました。機械式に本文を丸ごとコピーしているようなので、著作権表記を本文冒頭に貼らせて頂きます。
詳しくはEpisode9-14【級友は嗤う・前編】の前書き及び、2018/04/04の活動報告をご覧ください。





