29 【欠片】
著作者:なっつ
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時は深夜。夜を好む魔族も寝静まる時間。
「悪魔の城」としての営業を終え、門扉を固く閉ざした今、ノイシュタイン城はひとときの安息を得る。
敵の都合など知ったことか、と乗り込んでくる血気盛んな勇者も全くいないわけではないが、無礼な相手に礼を尽くす義務は無し。そのような輩がどのような末路を迎えるかは、あえて言うまい。
灯りの無い配膳室から声が聞こえる。
外に漏れるのを憚るように潜められた声が、ふたつ。
「魔王は、道具ではございません」
小さく、それでも凛として話すのは「姐さん」とガーゴイルたちに呼ばれていた声だ。
ドラゴンとの戦いの途中で消息がわからなくなっていたが、どうやら生きてはいるらしい。
「道具のようなものですよ。今のあの方にとっては」
相対するのは男の声。語り口調はグラウスのそれに似ているが、声のトーンは壮年の落ち着いた印象を漂わせている。
「兵士しかり、奴隷しかり。彼らとて個々はあるでしょう? しかし考慮していては何もできません。意思など無いもの、ただ意のままに扱う手足として見なければいけないこともあるのです」
迷う子羊を諭すように、不出来な生徒に教えるように、その声は滔々と言葉を紡ぐ。
「魔王とて。そしてメフィストフェレス本家の次男というお立場であられても同じこと。……ああ、坊っちゃんだからこそ道具として見なければいけないのでした。それはあなたとておわかりでしょう?」
「しかし」
「おやおや、さすがに長すぎましたかねぇ。あなたでさえ情が移ることがあるとは」
くつくつと抑えるような笑い声が闇に響く。
「……ノイシュタインにドラゴンを差し向けたのは、」
「あれはただ単に坊ちゃんの魔力を手に入れようとした愚かな爬虫類の暴走事故ですよ。本当に、余計なことをしてくれました」
男の声は探るような色を見せる。
「他に思惟があるとでも?」
「……いいえ」
ボーン、と時計がひとつ鳴る。
ギシ、と軋む音がする。
「それよりも。あなたの処罰を考えねばなりませんねぇ」
笑い混じりの声は、女の反応を楽しんでいるようにも聞こえる。
「せっかく城の守り役にまで上りつめたのに、いささか浅慮だったとは思いませんか?」
「何を指して浅慮と仰られるのか、私にはわかりませんわ。私の役目はこの城の維持。建物と、そして此処に集う全ての者を守ること。
あのドラゴンは城を破壊し、城の者に危害を加えました。たとえ魔界から交換可能な道具だと認識されていようと、私には守る義務があります」
「ご自身を犠牲にしても?」
「羽虫同然の精霊の命に貴族様のご子息を救う価値を付けて頂けるのですもの、これを光栄なことと言わずしてどう言えば良いのでしょう」
「……やれやれ。やはり長すぎましたね。あなたほどの女性がそこまで変わっておしまいになるとは」
そして溜息が続く。
窓の外は雪景色。
前庭には足跡ひとつないまっさらな雪が、まるでふかふかのベッドに掛けられた絹のシーツのように積もっている。
そのせいなのだろうか。彼らふたりの話し声以外に物音は聞こえない。
「あれも執事くんとお嬢ちゃんを救うためだけに発動させたのなら罰するところですが……」
炎を噴いた紋章の術式のことを指しているのだろう。
本来なら魔力を封じた城主にしか発動させることができない呪文。それを強制的に解けば、解いた術者もそれ相応のダメージを被る。
他人より桁違いに高いと言われている稀代の魔王の力をそのまま受けたのだ。死なずとも、全身火傷くらいは負う。
術を解いてからまだ数時間。回復魔法をかけたところで痛みは残る。息をするのさえ辛いのではないだろうか。
「……上手に回避なさいましたねぇ」
しかし、男の声にそれを労る色は無い。
「時に、妹君はお元気ですか?」
男は唐突に話題を変えた。
女は黙っている。張りつめた空気が流れる。
「ま、あなた方のおかげで我々は坊ちゃんというピースを失わずに済みました。礼を言っておきましょう」
「……ピース」
それはジグソーパズルの一片。
自分も妹も、魔王をはじめとするこの城の面々も、いや、今日起きた出来事さえも。この男にとっては絵を完成させるための材料でしかない。
「そんな怖い顔をなさらずに。あの方の思惑はともかく、私は坊ちゃんの幸福を考えていますよ。精一杯のね」
「……道具、としての?」
「知らなくていいことには踏み込まないのが、聡明というものですよ」
靴音と、少し遅れて蝶番が軋む音がして……そして静寂が包み込んだ。
窓から差し込む月の光が誰もいない配膳室を蒼く染める。
海のように。閉ざされた洞窟のように。
「変わってしまったのはあなたのほうでしょう? ――様」
金色の光がひとつ、窓辺で揺れる。
読んで下さる読者様にはご迷惑をおかけ致します。
この度、当作品が中国の海賊版サイトに転載されていることが発覚致しました。機械式に本文を丸ごとコピーしているようなので、著作権表記を本文冒頭に貼らせて頂きます。
詳しくはEpisode9-14【級友は嗤う・前編】の前書き及び、2018/04/04の活動報告をご覧ください。





