4 【マチビトキタレリ・1】
著作者:なっつ
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義兄が出て行ってから数日が経った。
雪は相変わらず止む気配もない。黒々と渦巻く空からしんしんと、ただ音もなく降り続く。
融けることも無い雪は、今では1階の窓枠の下まで迫ってきている。
庭は一面真っ白な何もない空間に姿を変え、ガーゴイル像が並ぶ正門までの道だけがわずかに道らしさを保っている。
義兄がいつでも帰って来られるように、執事が除雪し続けている。
「グラウス様、そんなところにいるとお風邪をひきますよ」
ルチナリスは、玄関扉から動こうとしない執事に声をかけた。
義兄がここを通って出て行ってから、道を除雪する以外、ずっと執事は此処から離れない。
少し開けた扉の隙間から正門を……そこに帰ってくるはずの人を待っている。
「ルチナリスは中に入ってなさい。あなたは私より弱いから」
「グラウス様も」
「私は青藍様のお帰りを待ちませんと」
「中でも待てますよ」
「……ここがいいんです」
何度声をかけても返って来る返事は同じもの。
外に回って確認するわけにもいかないので、どんな顔をしているのか見ることはできない。だが声の調子は、いつもの彼とはまるで違う。
ついて行けなかったのがそんなに悲しいのだろうか。引っ越すからといって遠くに1匹で置き去りにされた飼い犬のような……そう。今の執事はまさにそれだ。
思えば赴任してきてからこちら、彼はずっと義兄のそばにいた。
義兄が過保護すぎる、1日でいいから離れたいなどと冗談めかして愚痴っていたが、この落ち込みようを見る限りでは本当に貼りつかれていたのかもしれない。
いや、ちょっとひとりで出掛けているだけだから。
ちゃんと帰って来るって言ったから。
置いて行かれたくらいでそんな……そんな悲しそうな背中を見せられたら、2度と帰って来ないような気分になるからやめて。
哀愁を帯びる背中にそう訴えかけても、悲しいかな、精神感応能力のひとつも持っていないルチナリスの心が執事に伝わることはない。
「だったらせめて何か召し上がって下さい」
ルチナリスが手にしている皿の上には、片手で摘めるどころか一口で口に入ってしまいそうなアフタヌーンティーサイズのサンドイッチ。
タマゴの黄色、ハムのピンク、レタスの緑、という、ありあわせの材料のくせに華やかな色合いは、無彩色に慣れた目には痛い。
雪のせいで食糧は貯蔵庫に残っているだけしか使えないというのに、よもや3食以外に特別メニューが出て来るなんて……執事の落ち込みようはあの料理製造マシンのおばさんにまで影響したらしい。
雪が余計に酷くならなければいいのだが。
しかしそんな心づくしも、彼は受け取るどころか視線すら向けない。
断食することで願掛けでもしているのだろうか。義兄が出て行ってからずっと何も口にしない執事にルチナリスは半ば呆れた目を向けた。
そりゃ心配だけど。
あたしだって心配だけど、でも暖房も無いこんな玄関先で飲まず食わずで待っていようとは思わない。
10年義妹をやってきて、それは薄情なのかしら。
「グラウス様は坊命っすからねー」
サンドイッチに手を伸ばしながらガーゴイルが口を挟む。
その手を、ルチナリスは身をかわすことで避ける。
「別にるぅチャンが薄情なわけじゃないっすよ」
さっ。
「坊だっていつ帰れるかわかんないんだから」
さっ。
「飲まず食わずで待たれた挙句に餓死されたー、なんて」
さっ。
「望んでないっしょ?」
ささっ。
「くっ……その身のこなし、只者ではないな!?」
「ふふふふふ。そんな単調な攻撃で我を倒そうなど片腹痛いわ!」
全く、油断も隙もない。
ルチナリスは悔し涙を見せるガーゴイルの前で、守り抜いたサンドイッチ皿を燦然と掲げた。
「気にしない気にしない。あの人は少しくらい弱ってくれたほうが可愛げがあるっす」
「あ――っ!!」
その横から別のガーゴイルがハムサンドをつまみ上げる。
「ちょっ、ふたりがかりとは卑怯!」
「腹が減ってはなんとやら、って言うっしょ? 今この糧を我らに与えたことはきっと後に、」
「なんの役にも立たない!」
その隙に、先程打ち負かしたガーゴイルにもタマゴサンドを取られる。
「ああっ!」
そして。
背後でそんな騒ぎが起きているにも関わらず、執事は哀愁を背負ったまま微動だにしない。
まるで世界が違ってしまったかのよう……ちょ、待って。あたしをお笑いの世界に置かないで!





