2 【白き竜・2】
著作者:なっつ
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悪魔の城と呼ばれるノイシュタイン城の魔王、それが城主の仕事だ。
それなのに城主は――魔族側から見れば裏稼業になってしまうのだが――このあたり一帯の領主でもあったりするから面倒くさい。
何故と問われれば、多分、人間界では城に住んでいる者がその土地を治めていることが多かった、という事実に倣ったのが始まりだったりするのだろう。
魔王である以上は城にいなければならない。
しかし此処は「悪魔の城」。
人間を食べると言われている悪魔が出る城に被害に遭うことも無く何年も住み続けていれば、どう転んだって城主と魔王との関連性は疑われる。
だったら引き籠っているよりもむしろ人間の姿で出歩き、地元と縁を持ち、「城主は普通の人間」であることを常日頃からアピールし続けていたほうが、あらぬ疑いの目を避けることができると思ったのかもしれない。
しかし魔王と領主とを兼任するのは簡単なことではない。
勇者は決まった時間に来るわけではないし、その時間に領主の予定が入っていれば折り合いをつける必要がある。
怪我でもしようものならもっともらしい言い訳を考えなければいけないし、勇者を通じて面が割れるような事態は何があっても避けねばならない。
所詮は机上の空論。
実際に現場に立ってみれば、それがどれだけ無茶かということは素人にだってわかりそうなものだ。
歴代の魔王たちも同じように思っていたのだろう。
領主とは名ばかりで、城に引き籠り、魔王だけ務めて任期を終える者が多くなっていった。
それにも関わらずこの二重生活が改善されなかったのは、領主を兼任する意味が城にいる理由付けのためばかりではないからだろう。
ちゃっかりと城の維持費は税収で賄われている。
町のほうも魔王退治に来る勇者一行が宿泊や買い物をしてくれるおかげで潤っているので、「勇者が悪魔を退治してくれたらいいのに」と口先では言うものの現状維持を望んでいたりもする。
城の悪魔が町に下りてくるようなことがあればそんな悠長なことも言っていられないのだろうが、城下町は大事な収入源。襲って減らすようなことはしない。
勇者たちから魔王挑戦費でも徴収するようにすれば、町から税を取る必要も領主をする必要もなくなって楽になるのではないのだろうか。
そんなことを提案してみたことがあるが、執事曰く、お金の流れも諸々の関係も無駄にややこしいほうがいろいろと誤魔化しが効いて便利なのだそうだ。
大人の世界はよくわからない。
苛立つ執事に、城主のほうは困ったように苦笑している。
「そう言うけどさ。動かなかったら、領主のくせに何もしないなんて怪しいわ。そうね、悪魔の城にいて食べられないのもおかしいと思ってましたのよ。もしかしたら人間じゃないのではなくって? まぁ、それじゃ悪魔とか!? ……って素性を疑われるじゃない」
ひとり4役とか器用ですねお兄様。
その全部が女言葉なのがとっても気になるけど。
「で、そこからもし俺が魔王もやってるってバレたら、」
「力仕事もできなさそうな領主がひとりでドラゴンやっつけて帰って来たって同じことを疑われます!!」
その結論を引っ張り出すためだったのか、さっきの演技は。
ルチナリスは手を温めながらふたりの対立を傍観する。口は挟みたいけれど、どちらの言い分が正しいとも言えないでいる。
この状況下でネタに走れるなんて、さすがはあのガーゴイルたちの主だ。
しかし、そんなネタで説得できるのもやはりガーゴイルぐらいだろう。堅物の執事ではそうはいかない。
ルチナリスは義兄に相対している黒い長身に視線をうつした。
先ほどのネタ発言の前後で部屋の温度が変わったように感じたのは決して気のせいではない。見る者全てを凍らせてしまいそうな目をしている。どう考えてもさっきのひとり4役が効いている。
「ほら、ここはそれ、どうせ誰も見てないんだしわかんないよ。何処かから精鋭部隊を動員してきた、なんて思うんじゃない?」
魔王に挑戦しに来るような勇者ですら歯が立たないのに、勇者でもない何処ぞの兵士にドラゴンが倒せるのだろうか。
まぁ、非力な領主様が倒すことに比べれば「もしかしたら人間ではないのではなくって云々」と思われるであろうことは段違いに少ないだろうけれど。
執事は冷ややかな目のまま、ずっと窓のほうを向いている主を見ている。
主のほうは……執事を見ようともしない。
「それでは精鋭部隊を依頼する、ということにしましょう。文書を何処かしらに送ったとしてそれが届くまでに1週間。部隊を編成し積雪期装備を整えるのに1週間。此処まで辿りつくのに1週間。で、3週間は優にかかりますから、3週間後にお出になって下さい。それなら倒しても疑われません」
「……町なくなってるって」
見ないのは、あの目が怖いからだろうか。
わかる、わかりますともお兄様。前から思っていたけれど、グラウス様は執事と言うには態度が上からすぎますよね。例えそれが主の身を案じてのことだとしても、言い方ってものがありますよね。
ルチナリスは口を挟むことができないまま、黙って頷く。
義兄の言い分も執事の言い分も、どちらも間違ってはいない。
ただ、義兄の考えが魔王ではなく「領主」から発しているものだから、執事のほうは「魔王としてそれは如何なものか」となるわけで。
つまりスタンスの違いだ。ここでも領主と魔王が同一人物であることの矛盾が生まれてきてしまっている。
魔王が本当に名前どおりの「魔族の王」であるならまた違うのだろう。
ドラゴンに居座られて町が壊滅しそうになったとしても町長が泣きついてくることはないし、ただの餌でしかない人間の頼みに耳を貸すこともない。むしろ自ら苦労することなく冷凍保存された新鮮な人肉が手に入るかもしれないのだから、ドラゴンの味方につくかもしれない。
だがこの世界の魔王とは、対勇者の戦いに従事する「だけ」の者。魔族の王でもなければ、魔族の規範となる者でもない。魔族の定形そのもの、というわけでもない。
中でもとりわけ義兄は人間に寄った考え方をする。
ファンタジーの世界にも近代化の波が、とは言わないが、「魔王」という標的を用意しておけば勇者や勇者見習いの冒険者がそれ以外の魔族を無差別に攻撃することが少なくなるのだそうだ。
森や草原で雑魚な魔物を倒して経験値を上げ、魔王の城を目指す。
この敷かれたレールを今日も何人もの勇者が歩いている。魔王を倒せば全てがよくなる、と信じて。