1 【白き竜・1】
「魔王様には蒼いリボンをつけて」Episode4。
―――青藍様をお守りするのは、私の仕事です。
ノイシュタインに現れた白い竜。その目的とは。
そして倒れた青藍にさらなる魔の手が伸びる。その時、グラウスは……。
※ 挿絵があります。
著作者:なっつ
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ことの始まりは、城下の町にフロストドラゴンが出たと言う騒ぎからだった。
まだ春には遠い季節なだけに、氷の竜の出現は寒さ5割増。町は凍りつき、ほとんど機能しなくなってしまった。
通りを歩く人もいない。店先は閉じられたまま。
いつもは穏やかな海も、白い波の形のまま固まっている。
もちろんドラゴンに立ち向かおうとする勇者も現れた。
もともと悪魔の城があることでその道の関係者には有名な町。勇者と呼ばれる面々が訪れることも多い。
だが、その誰もがことごとく失敗した。
町に向かった勇者は、誰も戻らない。
窓硝子がピシピシと嫌な音を立てる。
硝子越しの少し歪んだ外の景色は暗く、いつもなら眼下に見下ろせる町が見えない。まるで城全体が無彩色の布地ですっぽりと覆われてしまったかのようだ。
ただでさえ鬱蒼と茂る木が風にゆらゆらと揺れるさまは、亡霊が大勢で行進しているようにも見える。
空は灰色の雲がまだらに渦巻いている。
「だからと言って、あなたが行くことはないでしょう!?」
執事のグラウスの声が執務室に響いた。
その噛みつかんばかりの剣幕に、ティーポットをテーブルに置こうとしていたルチナリスは思わず手を止める。
この荒れた天気を見上げながら、窓際では義兄と執事が話をしている。
1時間程前に町長がやって来て、そして数十分前に帰ったばかり。話題は当然、町に居座っているドラゴンのこと。
吹雪の中、こんな山の中腹にある城まで坂道を上って来るのは大変なことだろうが、そこは仕事。町と分断されてしまっている領主の元へ状況報告と今後の相談をしていった。
ドラゴンは町の住人を襲ってはいないらしい。
たまたま空腹ではないだけなのか、向かってくる勇者だけで足りているのか、とにかく領民に人死が出ていないのはいいことだ。それでも迷惑なことではあるのだが。
しかしドラゴンとて何時までも居座っているだけではあるまい。そうなった時の町の惨劇は容易に想像がつく。
ドラゴンが動かないうちに避難する案もあったのだが、この吹雪では馬車も船も動かすことはできず、まして歩いて避難などもっての他。汽車も手前の駅で引き返してしまって、ノイシュタインまでは来てくれないのだと言う。
城に避難することも考えたのだが、此処とてこの吹雪が治まらなければいつまでもつかは時間の問題。
冒険者組合に討伐隊を要請しているのだが、到着日は未定であるらしい。
腹の中では何を考えているのかわからない狸親父だが、その勤勉さには頭が下がる。
と、まぁ。そこはいいのだが。
「うん。でも一応俺、町の責任者ってやつでもあるわけだし」
問題はその町長の話を聞いて、義兄の謎の使命感に火が点いたらしい、ということだ。
白く曇った窓を指先で丸く拭きながら緊迫感の全くない声で答えるのは、青藍と呼ばれるこの城の主。そして、彼の町の領主でルチナリスの義兄。
町長が町民のために動いているのに領主が領民のためになにもしないのは間違っている。なにかできることがあるはずだ、と、そう思うのは構わないのだが、だからと言って町に乗り込んでドラゴンを退治して来よう、だなどと言い出したのだからたまったものではない。
町長が帰ってからこちら、ずっと執事の説得が続いている。
「でもさ。ほら、此処でもこんなに積ってるんだよ? 町のほうは埋まっちゃってるんじゃないかな」
「雪というのは山のほうが深いんです。そんなに心配することはありません」
「でも原因は町にいるんだよ?」
「正確には、町と城の中間地点、わずかに町寄り。山の麓のあたりです」
キュ、と音を立てて透明度を取り戻したと思ったのも束の間、窓はみるみるうちに白くなってしまう。
暖炉の火はこれ以上ないというほど赤々と燃え盛っているが、部屋の中は一向に暖かくならない。それなのに窓が白くなるのだから、外はどれだけ冷え切っていると言うのだろう。
ルチナリスはかじかむ両手でポットに触れた。氷が溶けるように指先が緩んでいくのを感じる。
「だって町長、雪だるまみたいになってたよ?」
「あの人はもともとだるまみたいな形じゃないですか」
まさかとは思うが、この部屋が寒いのはさっきから繰り広げられているこの掛け合い漫才のような会話のせいではあるまい。
「失礼なこと言うね、お前」
「先にその話題を振ったのは青藍様のほうです」
この不毛な対話はいつになったら終わるのやら。ルチナリスはただ白いだけの窓を見上げた。
いや、終わらないほうがいいのかもしれない。少なくとも執事はそう思っているに違いない。
曇った硝子の向こう側を、白い塊がぼたぼたと打ちつけられては落ちて行く。
ああして落ちていった塊は溶けることもなく積み上がり、いつかはこの城をも呑み込んでしまうのだろう。
此処よりずっと低い建物ばかりの町は、今頃どうなっているのか。
義兄でなくとも気にかかる。
「私はただ、我々を倒そうとする人間のために青藍様が手を出さなくても、と言っているんです」
執事は苦悶の表情を浮かべながら説得を続けている。
気持ちはわからなくもない。いつもは「悪魔や魔王は敵だ」と豪語してやまない人間がこんな時ばかり「なんとかしてくれ」と泣きついて来たばかりでなく……よりにもよって、当の魔王様が「なんとかする」気になっていると言うのでは。





