23 【忌まわしき記憶・1】
※過去話です。
※本文内に挿絵があります。
著作者:なっつ
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廊下の窓から光が差し込んでいる。
斜めに、それでも歪むことなく真っ直ぐ下りてくる金色の帯が。
『あれはね、天使の梯子って言うんだよ』
重そうな雲の切れ間から同じように現れたそれをそう呼ぶのだと、青藍は教えてくれた。目の前に差し込んでいるものはそれよりずっと小さいけれど、やはり梯子なのだろう。
変な声がする変なお城だけれど、天使様は下りて来てくれるのだろうか。
ルチナリスは光の中に目を凝らす。
「る~う~チャン」
そんなルチナリスの耳に声が聞こえた。
主でもある青藍の声ではない。しかし、ざらざらした石肌の洞窟に風が吹き抜けた時のような声は、天使の声と言うにはダミ声すぎる。
わかる。わかります。
ルチナリスは箒を握りしめる。
おばけだ。
「るぅチャンお掃除頑張ってるっすねー」
「ね、ね、 坊の妹ってホント?」
「妹なのになんでメイドさんみたいなことやってんの?」
いい加減慣れた、と言ってもいいかもしれない。
かもしれないが、だからと言って何とも思わなくなったわけではない。多少、恐怖は薄れたけれど。
「……坊って誰?」
ルチナリスは誰もいない廊下に呼びかけた。
踊り場から下りて来る階段の、その一段目があるあたり。
「坊は坊でしょ? 青藍様だったっけ。あははははは、俺あの人のこと様付けて呼んだの初めてかもしんない。ねぇねぇねぇ、これって初体験ってやつ?」
「あー、そんな呼び名だったっけ? なんかさ、小っさい時から坊だったから坊だと思ってたわ」
「昔はかわいかったのにあんな鬼畜に育つとか、文句言っていいレベルっすよね」
話しかけてきたくせに自分たちだけで盛り上がっているようにも聞こえる。
その声にルチナリスは耳を傾けた。早口だから聞き取りにくいが、どうにも青藍を昔から知っているように聞こえる。
そりゃそうだ。いくら貴族様だと言ったって、赤の他人の城に引っ越しては来ない。
きっと本宅はうんと遠いところにあって、家族はそちらで暮らしていて。
ここは田舎で貴族様が住むにはいろいろと不便だから、領主をする人だけが来て、ひとりで住んでいるのだろう。
小さい頃に、彼は此処に来たことがあるのかも知れない。
だからこの声は青藍様のことを知っているのよ。きっと。
「妹がいるとは知らなかったっすねぇ」
「でもさぁ。その妹がなんで召使いみたいなことしてるわけよ? ね、坊は妹だって言うけどホント?」
「でもさ、上級貴族様なんでしょ? そんな毎日掃除しちゃってさ。家事覚える必要あんの?」
「もしかして没落しかかってたりするっすか?」
上級が「もっと上」と言う意味だというのはわかる。
でも、上級? 貴族様の階級については詳しくも何も知らないけれど、そんな分け方あったかしら。侯爵、とか伯爵、とかとは別に?
それとも貴族以上の別のもの?
聞かれたところでルチナリスには想像もつかない。
「……じょうきゅう、きぞく?」
「あれ? 知らないっすか?」
「青藍様はそんなに偉い人なの?」
「偉いもなんもメフィストフェレスって言えば新進気鋭の、」
「めふぃ、す?」
声がピタッと止んだ。
暫しの沈黙の後、「やべぇ」、「馬鹿、喋るな」といった声がひそひそと聞こえてくる。
この声はあたしをあの人の「本当の妹」だと思っていたのだろうか。
家名を知らないことで、それが嘘だと察したのだろうか。
あの人が貴族よりもっと上の人だとか、めふぃナントカって家柄だってことは「赤の他人」には話してはいけないことなのだろうか。
それより。
めふぃナントカって何処かで聞いた名前だ。
何処だっただろう。
「あなたは、どなた、ですか?」
ルチナリスは天使どころか何もいるようには見えない空間を睨みつけた。
やはり少しは慣れたのかもしれない。
前はすぐに逃げ出していたのに、ほら、こうして我慢できる。こちらから話しかけることも……違う。これは我慢じゃない。
我慢しなくていいって、あの人は言った。
これは我慢じゃない。ちょっと勇気を出しているだけ。頑張っているだけ。
この先も此処にいるつもりなら、逃げ回ってばかりしてはいられない。
だって現実問題としているんだもの。
見えなくても、この声の「誰か」だって一緒に暮らしているのと同じなんだもの。