19 【星に願いを、月に祈りを・4】
※過去話です。
※挿絵があります。
著作者:なっつ
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ルチナリスは黙ったまま青藍の次の句を待った。
壊れた子、って誰のことだろう。弟とか、幼馴染みとか?
その壊れちゃった子はどうなったんだろう。
今はどうしているんだろう。
「お前が大きくなる頃には、人間狩りなんてなくなっているといいね」
待った次の句は聞きたいことは何ひとつ含まれていなかったけれど。
明るい口調の中にどうしようもない暗さが滲んでいて。
そうか。
その子はきっと、悪魔に殺されてしまったのかもしれない。
我慢して壊れて、挙句に殺されてしまうなんて、そんなの不幸過ぎるもの。
この人はあたしがそうならないように、って……あたしにその子を見ているんだ。
「人間狩り、」
でも狩られなかったら、あたしは今頃まだひとりぼっちだったわ。
ルチナリスは記憶の奥底に封印しかかっている記憶を引っ張り出す。
火の海になった村や行方不明の神父のことを思い出すのは辛い。でも。
「でもね。狩られたから青藍様に会えたの。そこだけは悪魔に感謝しているの」
「悪魔に?」
「う……うん」
そう思いながら、また有耶無耶になっていた疑問が顔を出す。
そう言えば。
この人は、どうしてあんな悪魔ばかりの場所にいたのだろう。
おぼろげになりつつある記憶。
あの悪魔たち、この人のこと青藍「様」って呼んでなかったかしら。
でも人間のはずのこの人が、悪魔にそんな呼ばれ方するはずないわよ……ね。
青藍はしばらく黙っていた。
そして。
「……もし俺が悪魔の仲間だったら、どうする?」
蒼い瞳でまっすぐルチナリスを見る。
「青藍様、が?」
いつものどこを漂っているかわからないような目ではない、射るような眼差しで。
ああ、この目。
あたしを助けてくれた時の目だ。
「だって、たすけてくれた、の、に?」
脳裏にあの日の光景がよぎる。
ひいていく砂煙の中で見えた、一筋の黒い髪。
あたしを庇うようにして悪魔に相対していた人の背中。
「俺も悪魔の仲間で、あいつらから奪い取って食べるつもりだったかもしれない」
「食べないでしょ? だって言ったもの。召使いは食われるよりまし、って」
何を言っているの?
あなたは何処をどう見たって人間じゃない。角も、牙も、羽根もないじゃない。
ルチナリスは激しく頭を振った。振って、顔を上げる。
「そんなことないです」
この人からは血の臭いがしない。悪魔たちからはぞっとするほどに漂っていたあの臭いが。
人の血を啜る悪魔は血の臭いを漂わせているものだから、もしそんな人がいたらまず何よりも先に逃げなさい、って、神父様も言っていたわ。
「断言するんだ」
「断言しちゃいます」
それに、もし100歩譲ってこの人が悪魔だったとしても。
神父様はこうも言っていた。
「その人の本質を見るようになさい」って。
「なに?」
「神父様が言ったの。見た目じゃなくてその人そのものを見なさいって。どんなに悪い仲間がいても、その人も悪いとはかぎらない」
「難しいことを言う神父様だね」
どう考えても5歳児に言う台詞ではないだろう。それは認める。
言っているあたしだって全然解らない。
けれど、神父様が何度も何度も繰り返して言うから、言葉だけは覚えた。
もう少し大きくなったら意味がわかるかも、と思っていたけれど、この人の反応を見る限り、大人になっても難しいようだ。
隣にいるこの人は、何処の誰かもよくわからなくて。
気になることも、まだたくさんあるけど。
「あたし、だから青藍様のことは信じようと思う」
あの時、あたしを守ってくれたのは確かなこと。
誰かに言われたからって言っていたけれど、身を呈してくれたのは他の誰でもなくこの人。
あたしはしつこいの。
一宿一飯の恩義どころじゃない。百宿百飯のお返しをするまでは何処にもいかないわ。
「簡単に信じると痛い目に合うんだよ」
青藍は視線を空に戻した。その目には悲しそうな色が浮かんでいる。
時折、彼はこんな顔をする。
見てるだけでこっちまで悲しくなりそうな。
神父様が言っていた。
ひとは傷付いた分だけ優しくなれるんだって。
だったらあたしなんて聖女様並みに優しいんじゃないの? とその時は半分くらい疑いながら聞いていたけれど。
でも、今はなんとなくわかる。わかる気がする。
「信じる、か」
青藍は独り言のように呟く。
「お前が信じるだけの価値は、俺にはないと思うけどな」
「そんなことない!」
ルチナリスは立ち上がった。
価値なんてものは自分で決めるもんじゃないって神父様が以下略!
だが。
勢いがよすぎたのだろうか。
ずるっ、と足が滑ったのは。
「え?」
視界が反転した。暗く広がる木々が上から生えている。
ああ、この感じ。ついこの間もあったわ。扉を引っ張られて廊下に転がり出た時の、あの感じと同じ。
下にあるはずのものが上にあって、上にあるはずのものが下にあって。
それって。
何てベタな展開だろう。子供心にも恥ずかしい。
落ちる、と思った瞬間、ルチナリスは彼に抱きとめられていた。
ドキドキと鳴っているのはあたしの心臓の音? それとも?
すぐ目の前に屋根の縁が見える。
あれは、さっき座っていた時には足元のずっと下のほうにあったはず。
「いきなり立つんじゃない。危ないから」
「……ご、ごめんなさい」
無条件に守ってもらってしまった。2回目。
まずい。
このままじゃ、何時まで経っても恩を返しきることなんてできないかもしれない。
でも、それもいいかな。当分一緒にいることは確定したんだし。
ルチナリスは空を見上げた。
星が瞬いている。
真っ暗じゃない。
悪魔は、いない。
この人の前でなら、あたしは子供でいてもいい。
子供でいい、何も気を遣わなくていい、って言ってくれた人なんて今までにひとりもいなかったのに。
「……おにい、ちゃん」
「何か言った?」
「な、なんでもありませんっっ!!」
この人は、あたしのことを妹だなんて全然思っていないだろうけれど。
ルチナリスは口の中で、その呼び名を反芻する。
「今日は流星群があるから見せてやれば、って言うのは別の奴からの助言なんだけど、正解だったみたいだな」
「りゅうせい、ぐん」
「そう。流れ星のこと」
青藍が空を指さす。
天体ショーもじきに終わるのだろう。降る星の数もかなりまばらになりつつある。
「ほら、何か願うことがあるなら今のうち」
「もう願っちゃいました」
星に願いをかけたって叶うと思ったことなどなかったけれど。
「あ。でもお星様にじゃない」
「何だそれ」
もしかしたら、こんなに星の降る夜なら、ひとつくらい奇特な星もいるかもしれない。
だから、今度はお星様に。
ルチナリスは両手を組む。
今度はエプロンの下ではなく。
どうか、青藍様がもっと笑ってくれますように。
この人が抱えている悲しみを打ち消してしまえるくらいに。
いくらなんでもパパやママを生き返らせるなんて無理だってことくらい知っているもの。あたしは非現実的なことは言わないわ。
「祈った?」
これからずっとあたしの隣にいてくれる人が笑っている。
「はい。でも内緒です」
「だろうね」
やっぱりあたしってば子供っぽくない。
でも、あたしらしい。





