18 【星に願いを、月に祈りを・3】
※過去話です。
※挿絵があります。
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
俯いたままのルチナリスの頭を、青藍が軽く小突く。
「始まった」
なにがよ?
しぶしぶ、といった心持ちで顔を上げたルチナリスの視界は、だが、先ほどとは全く違う空が広がっていた。
濃紺の空に星が瞬いている。
ミバ村で見た夜空よりも星の数が少ないのは、まがりなりにもノイシュタインのほうが町だからなのだろう。地上を照らす光が多いと星は姿を隠してしまうのだ、と以前、聞いたことがある。
大型船は灯りを消しているのか、何処かへ行ってしまったのか、先程までいた場所には見えない。
そして。
瞬いているだけだった星が、ひとつ、ふたつと流れ始める。
よっつ、いつつ……次々と。
「うわぁぁあ!」
ルチナリスは思わず声を上げた。
満点の星空に、いくつもの白い筋が描き出されては消えていく。
ああ。
もしかしたらあの船は海に落ちた星を拾うために海にいたのかもしれない。
町に落ちた星はクリスマスツリーのてっぺんを飾るのかもしれない。
あと。
あとは。
「お星様、なくなっちゃわないんですか!? あ、あと、ここには落ちてこないのかな? ここに落ちてくれば拾えるのに! 拾ったらね、それで髪飾りを作るの。前にメグが見せてくれたのよ。リボンの真ん中にまぁるいお星様がついて、」
一気にまくしたてると青藍はぷっ、と小さく吹き出した。
その声にルチナリスは、はた、と口を噤む。頬が火照る。
「うん。そのほうがずっと自然だ。いつもの嘘くさい笑顔じゃない」
「……はい?」
嘘くさい。
それって、あたしがいい子に見えるようにって笑っていたことを言っているの?
でも大人はみんなそういう子供が好きなんでしょ?
「子供っていうのはそんなにいつも笑ってない」
青藍はそう言うと空に向かって手を伸ばした。
その指先をまたひとつ、星が流れ落ちていく。
「敬語は染み付いちゃってるみたいだけど」
そうよ。
子供はわがままで、泣いたり怒ったり叫んだりするものなの。そして大人に怒られて。自分の子供でも怒るんだもの、保護者のいないあたしになら何を言うかわかったもんじゃない。
だから笑うの。
そうすれば怒られなくて済むの。褒めてくれるの。だから、
「……大人を舐めるな」
ふいに投げられた低い声に、ルチナリスは身を強張らせた。
「他の奴はどうだか知らないが、俺はそういうのは好かない。ここにいる間は言いたいことがあればはっきり言え」
怒……られた。
どうして?
いつもなら褒められるのに。怒られないのに。
村にいた時は子供ではいられなかった。
親がいなかったから誰かに甘えることもない。
神父に甘えることなどあり得ない。
子供という手がかかる生き物でいるわけにはいかない。
でも、大人の前では「理想の子供」でいなくてはいけない。
そうすれば。
そう、すれば……。
「……………………青藍様」
そう言えばあの声がこの人のことを「お兄ちゃん」って呼んだっけ。
本当のお兄ちゃんだったら、言いたいことが言えるんだろうな。
毎日探し回っても嫌がられたりしないし、助けてくれる、って……そう思ってもいいんだろう、な。
褒められるばっかりじゃなくて、喧嘩したり怒られたりもして。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
この人は本物のお兄ちゃんではない。
けれど、他の誰よりもきっと「お兄ちゃん」に近い。
「前に聞いた」
「うん」
馬車の中で一応は言ったけれど、でも、言わなきゃと思って言っただけ。
あの時も、ずっとこの先の自分のことばかり考えていた。
めまぐるしく変わる環境に付いて行くのがやっとだったから、というのは弁解にもならない。
この人に見捨てられないように。
どうして拾ってくれたのかはわからないけれど、同情だって構わない。利用できる間は利用しよう、って。そう思っていなかったと言ったら嘘になる。
ホント、子供らしくない。
こんなかわいくない子、いらないと思われたってしょうがないわ。
「また何か考えてる」
「あ、いや、あの」
……本当に言いたいことは、簡単には言えない。
でも。
ルチナリスは空を仰いだ。まだ星は流れ続けている。
流れ星は願いを叶えてくれるかもしれないけれど、今叶えてほしいのは流れ星にじゃないの。
隣の人は空を見ている。月明かりが横顔をなぞる。
今なら祈っても気づかれやしない。
あたしは。
見えないようにエプロンの下で両手を組んで。
あたし――。
「ここに、いても、いい? ……ですか?」
「いたけりゃいればいい。他にあてもないんだろ?」
一緒にいていいの?
って言うことはあたし、捨てられないの?
なんにも役に立たないけど、どこかに貰われて行かなくていいの?
「出て行きたいんならそれでもいい」
「いいです! あ、違う。行きたくないです、のほうの意味の、」
お願い。届いてください。
「あ、あのですね」
「いいんだよ」
青藍は手を伸ばした。
ルチナリスの髪をくしゃりと撫でる。
「子供のくせにずっと頑張ってきたんだろ? 誰かを恨んでもいいし、自分の運命を呪ったっていいんだ。誰もそんなことするな、なんて言えやしない。我慢してばかりじゃ壊れてしまうから」
恨んでいいの?
我慢しなくてもいいの?
子供みたいに大声で泣いてもいいの?
「いいんだ。せめてここにいる間くらいはね」
今だけじゃなくって、これから、ずっと?
ここにいる間は、ずっと?
「俺は、」
青藍は、ふ、と言葉を止めた。
少し諦めたような顔をしてかすかに笑う。
「俺は、そうやって壊れた子供を知ってる」