6 【籠の鳥は天空の夢を見る・4】
※過去話になります。
著作者:なっつ
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「あなた、好きな人とかいないの?」
唐突な話題転換に青藍は胡乱な目を向ける。
「その調子じゃいないわねぇ。せっかく可愛く、」
「それはもういいです」
四角く切り取られた窓の外を白い小鳥が一羽、遠ざかって行く。
「あなたが魔王役に決まって良かったわ。魔王になればここから出て行けるでしょ?」
「……母上?」
外を見たままぽつりと呟かれた言葉に青藍は眉をひそめた。
母の表情は見えない。
やはり魔王に推挙したのは力を誇示したい、などという理由以外にもっと深いわけが……と思っていると、母はくるりと振り返った。
先ほどの台詞を口走ったようにはとても思えない明るい顔で。
「勇者に顔傷つけられないように気をつけてね。お嫁にいけなくなるから」
「……あのぅ」
この母にシリアス展開を求めるのが間違いなのだろうか。
下手に女顔に生まれついたのが恨めしい。産んだのは彼女だが。
「外に出て、好きな人でもみつけて、もうちょっと笑ってちょうだい。見たことの無い世界に行くんですもの、出会いはくらでもあるわ!」
「私は付き合う相手を探しに行くのではないのですが」
「その疎いところがあなたの悪いところよ。ほら、こうやって相手の目を見てにこーって笑えばどんな男だって簡単に落ちるでしょ!」
彼女は両指を絡め、目を輝かせて宙に視線を向けたポーズを取る。
そんな視線を向けられれば放っておく男のほうが少ないだろうけれど、しかしそれをやっていいのは女性だけではないのだろうか。
それよりなにより、男を落とすつもりはない。
母は何を期待して魔王役などを押し付けてきたのだろう。
死なないでね、生きて帰って来てね、と涙ながらに送り出されるのも気が重いが、ここまで浮かれたことを言われると余計なことを勘繰りそうになる。
この母にとって、自分はなんなのだろう。
開け放たれた窓から風が吹き込んだ。
その風は窓辺に吊るされた金属製の風鈴を鳴らす。
チリン、リリ……ン。
その音は遠く遠く、空に吸い込まれていく。
「そういえば、」
青藍の口から言葉が漏れた。
似たような音をどこかで聞いた。その時に、なにか言われた気がする。
しかし、その記憶はぼやけていて思い出すことができない。
「好きだと言われたことなら……あったような」
あれは……そう、あれは幽閉される少し前。
自分は誰かに会った。
誰だっただろう。
「誰に!? またどこかのエロ爺じゃないでしょうね!?」
母は両手をテーブルに突くと身を乗り出した。その勢いに息子のほうが引く。
「……さあ?」
「なんで忘れるのよ! いい? あなたみたいにぼんやりしてる子には騎士のひとりやふたり必要なの。ほら! どこの誰!?」
「知りません」
言われたような気がする、だけだ。本当に言われたのかすら怪しい。
もし本当だったとしても顔も思い出せないような相手なんだから、その程度の関心しか惹かなかったのだろう。母が期待するようなことは何もない。
こんなところでひとりで暮らしていれば退屈なのはわかるが、他人の恋バナに食いつかないでほしい。もういい歳なんだし。
と言うかぼんやりしているってなんだ。
そんなぼんやりしたのに魔王をやらせるつもりなのか、この母は。
そんな冷めきった視線を投げてくる息子に母は溜息をついた。
いかにも落胆した、とばかりの肩の落としようは演技にしか見えない。
「あなた、ちょっと会わない間に性格変わったわね」
「そうですか?」
恨めしげな声に青藍は首を傾げた。
自分としては変わったつもりはないが、そりゃあ20年近く経てば性格も変わるだろう。
その間、会う機会がなかったから余計にそう感じるだけのことで……。
「そっかー。それで紅竜様に妬かれて閉じ込められちゃったのね。で長く幽閉されている間に性格まで歪んじゃって」
だからと言って……もう少し違う言い方はできないものだろうか。
こめかみの痛みは決して気のせいなどではないだろう。
兄は別に自分に恋愛感情を持っているわけではない。もし母が言うように、自分がその誰かに会ったことが長きにわたる幽閉の原因なのだとしても、それはただ単に自分の持ち物をしまい込んだ、というだけの意味しかない。
兄は自分を所有物だと思っているし、自分はいずれ兄の片腕としてこの家のために生きることが決められている。それだけだ。魔王として外の世界に行ったところで、職務を全うして戻って来るだけ。戻って来られなければ、それまでのこと。
母の言う「誰か」も、過去に出会ったかもしれない「誰か」も、自分には必要ない。
揺れていたカーテンが動きを止めた。風鈴も静かに眠りにつく。
「少しお庭を散歩しない?」
母は唐突に席を立つと、息子に向かって手を差し出した。
言われるままにその手を取り、青藍も席を立つ。
一瞬だけ、ふたりの視線が交差した。
「生きて、帰っていらっしゃいね」
「……異なことを仰る。推薦したのは母上なのでしょう?」
視線と共にするりと手が離れた。
置いて行かれた手を、母はただ胸に抱く。
あの手に触れることはもうないかもしれない。彼は戻って来ないかもしれない。
その時は、母を怨むだろうか。
でも。
最期に怨まれたとしても。
第二夫人は四角い空を見上げた。
鳥は自由でいなければ鳥ではない。
生きる時も、死ぬ時も。





