5 【籠の鳥は天空の夢を見る・3】
※過去話になります。
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
「紅竜様は良くして下さる?」
笑みを浮かべたまま母は問う。
「……はい」
母の真意をはかりかねたまま、息子はカチャリ、と小さい音を立ててカップを置いた。
城で使われている揃いのカップではなく市井の小間物屋で売られていたという小花柄は、手描きなのだろう、色も形も歪だ。
そしてこの部屋はカップに限らず、彼女の趣味の品で埋め尽くされている。
母はこの小さな部屋で、小間使いのひとりも置かずに暮らしている。
本人は気楽だと言うが本当のところはどうだろう。貴族のしきたりや伝統に見張られながら過ごすことのほうが、この自由奔放な母には辛いのかもしれないが。
母そのものといった部屋を眺めながら、青藍はひとつ、息を吐いた。
そのかすかな息に母は一瞬だけ真顔に戻りかけ、また取り繕ったように笑みを浮かべ直した。
「あなた、紅竜様と何かあったでしょう?」
「いいえ、なにも」
「嘘ばっかり」
ポットを置き、彼女は椅子に腰かけた。
目の前の息子は見るともなしにカップを見つめている。
幼い頃はくるくるとよく動いた瞳も、今ではなにを映しているのかわからないほどに暗い。
「……紅竜様にも困ったものね。あなたにこんな顔をさせて」
この息子を、腹違いの兄が溺愛しているのは知っている。
歳の離れた、たったひとりの弟という立場のせいだろうか。見た目が頼りなく見えたことや、髪や瞳の色があの兄の持たざる色だったと言うことも興味を惹いたのかもしれない。
目の届くところに置くことができない息子を大事にしてくれる誰かがいる。
それがこの家の中でも絶対的な権力を持っている、と言うのは、力の無い母にとってはむしろ有難いこと。幼少の時分から次期当主と言われ、今まさにその椅子に座っている兄が後ろ盾になってくれるのなら、それに越したことはない。
溺愛の度が過ぎていると言われていることは人づてに聞いていたが、それでも、嫌われて迫害されるよりは。
しかし。
兄弟の間で何があったのかは知らないが、十数年前、目の前の息子は姿を消した。
流れて来た噂では、兄の逆鱗に触れて幽閉されたという。
前当主の第二夫人という肩書きは与えられているものの、有力な家の出ですらない彼女には、継子――血のつながりを持たない紅竜に何かを言う権利などない。
なによりも血筋を重んじる魔族の中では、自分は上級貴族の奥方であるよりも先に、隠居した前当主が愛玩している人形、という目で見る者のほうが多い。
そして、そんな立ち位置にいる継母の意見を聞くような紅竜でないことも承知している。
しかし、幽閉されたというのは誰でもない。実の息子だ。
なにがあったのだろう。
気性の激しい紅竜のことだ。下手に怒らせて青藍を害されるようなことになっては元も子もない。機嫌を損なうことなく解放してもらうには、どうすればいいのだろう。
そう悩んでいた時に耳に入ったのが「魔王役交代」の5文字。
なんでも、それまで人間界で魔王をしていた者が倒され、早急に代役を立てなければならなくなったと言う。
魔王は人間界に存在する者。
魔王役になってしまえば、紅竜も幽閉を解かざるを得なくなる。
そして前当主を介して何度か働きかけた甲斐あって、青藍は魔王役に就くことが決まった。
明日には彼はここからいなくなる。今日にも幽閉は解かれるだろう。
会いに来てくれるだろうか、来られなければ自分が押しかけてみようか、なとど思いつつ朝からベランダで待っていたのだが、いざ本人を目の前にすると罪悪感に押し潰されそうになる。
黙っている息子を、同じように黙ったまま母は見つめる。
魔王になることなど彼は望んではいないだろう。彼の地に送り出したのが自分の母だと知って、どう思っているだろう。
敵ばかりの世界に送り込んで、武装した人間の相手をさせる。
いくら魔力が高いとは言え、実戦経験のない青藍には荷が重いのではないだろうか。死期を早めるだけではないのだろうか。
それなら、たとえ籠の鳥のまま一生を終えることになったとしても、生きていてくれたほうが。
自分は間違った選択をしてしまったのではないか。そんな思いがよぎる。
でも。
第二夫人は息子から視線を外し、窓の外に目を向けた。
部屋の中の重い空気など微塵も感じさせない、抜けるような薄青の空が広がっている。
昔は自分もあの空の下にいた。
どこまでも自由を感じられたあの空の。
ああ。
自分にもっと力があればこんな顔をさせることもなかった。
せめてこの身が上級貴族の城に迎え入れられるに相応しい血でも引いていれば、まだ違っていたものを。





