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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 3:星に願いを、月に祈りを
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3 【籠の鳥は天空の夢を見る・1】

※過去話になります。

著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!


挿絵(By みてみん)




 中庭を歩いていくひとりの青年の姿があった。


 ここは魔界。メフィストフェレスの城。

 ちょうど遠征に出ていた部隊が帰って来たところのようで、いかめしい姿の兵士が彼の横をぞろぞろと通り過ぎていく。




 その中庭は奇妙なことに高木が見当たらない。

 膝までの高さに刈り込まれた低い植込みには、白い花が天空の星々のように咲き乱れ、甘い香りを漂わせている。植込みに沿うように造られた花壇にも草丈の低い花が――こちらは色とりどりに――花開いている。

 見晴らしの良すぎる庭の向こうでは、数十メートルはあろうかという城壁が外の世界を遮り、その灰色の城壁の上にやっと青空が見える。



 手入れの行き届いた庭はどことなく少女趣味で、武器を手にしたままの兵士には不似合いな事この上ない。

 しかし、この庭こそが彼らのためにつくられていた。


 膝丈の植込みでは、侵入者は身を隠すこともできない。そしてもし剣を振るう事態になったとしても、その高さなら邪魔にはならない。

 可憐な花は戦いに出て行く彼らを見送り、そして戻ってきた彼らの荒んだ心を癒すためのもの。その香りには沈静効果もあるらしい。

 戦い終わったばかりの好戦的な気分のままで戻ってくれば、ほんの些細なことでも一触即発の事態になることがある。城にいる非武装の者――使用人や屋敷の者などを「ついうっかりと」傷つけてしまうこともある。

 

 この庭はそのためのもの。

 現に、兵士たちは戦いから戻ってきたばかりとは言えないほど柔和な顔をしていた。




 兵士たちの鎧姿に比べれば、青年は場違いなほどに軽装だった。

 いや、青年、と呼ぶには躊躇(ためら)う者もいるかもしれない。

 夢の世界の住人である少年期から現実世界を歩んでいく青年期へと羽化する、そのわずかな時期だけが持つ陽炎のような儚い危うさが匂い立つ。

 風を(はら)む白いシャツと襟元に結ばれたリボンタイ。そして男性と呼ぶには華奢な身体つきも日焼けを知らない肌も、荒ぶる兵士たちが嗜虐(しぎゃく)的な想像を掻き立てるには十分すぎる。

 だが、すれ違う男たちは彼を視界の隅に留める程度で、ちょっかいどころか声をかけようという者すらいない。

 これも中庭の花のおかげだろう。




              挿絵(By みてみん)




「青藍!」


 頭上から声をかけられて青年は上を見上げた。

 北の塔が見える。ベランダでひとりの女性が手を振っている。


「……母上」


 屈託(くったく)なく笑う母を、青藍と呼ばれた彼は眩しそうに見上げた。






 彼の黒い髪と蒼い瞳は彼女に似た。顔立ちもよく似ているらしい。

 しかし母と自分とはまるで違う。


 自らを「闇の眷族(けんぞく)」などと呼んでいたとしても、実際の魔族には漆黒の髪を持つ者は少ない。多くの魔族が持つ金や銀といった神の御使いの如き髪色は、獣のように狩られる人間たちから見れば酷い皮肉だろう。

 華やかな色を持つ魔族の中では希少ではあるが地味な色。しかし、母はその誰よりも華やかな雰囲気を醸し出していた。

 漆黒の髪色ですら、他の誰も手にすることができない「彼女を引き立たせるためだけに存在する」装飾のひとつであるかのように。


 性格もその雰囲気どおりの華やかなもので、いつも笑っている。

 父は母のそんなところが気に入ったのだろう。周囲の反対を押し切って母を迎えたのだと聞いている。

 そして、その母とよく似ていると言われていても、父が自分を避けているのも明らかなこと。きっと、自分がこの母とはまるで違うものであることを、見るたびに思い知らされるからに違いない。


 青藍はわずかに城の中枢部――母屋のほうに視線をやった。

 当然のことながら、ここから父の姿は見えない。




「お話があるの。上って来てくれる?」


 母は風に乱される髪を押さえながら手招きをする。


 大声を張り上げているわけでもないのに彼女の声はよく通る。今だって、すれ違う兵士の声はノイズにしか聞こえなかったのに。


 青藍は今しがたすれ違った兵士の集団を振り返った。

 後方になりつつある後ろ姿からは、金属が触れ合う耳障りな騒音と砂埃を撒き散らす足音、そしてなにを言っているのか聞き取れない がなり声が聞こえてくるだけだ。

 あの大声はただの「音」でしかないのに、何故母の声は「声」に聞こえるのだろう。



 ……どうせ母に会いに来たところだ。

 本来なら母のいる最上階の部屋へは、塔の中の入り組んだ階段を通らないと辿り着くことはできない。が、今日はショートカットしてもいいだろう。


 とん、と軽く地面を蹴る。

 ところどころに突き出した屋根や手摺りを足場にして、彼は易々とベランダに辿り着いた。

 羽根を出せば空を舞うことも可能だが、その姿を母は好まない。






「普通に歩いて来てちょうだい」


 そうしてベランダに辿り着いた息子の身軽と一言で片付けるには十分に人間離れしすぎている技を、母は苦笑まじりに(いさ)め、


「まぁいいわ。早くあなたに会いたかったのは私も同じ」


 いたずらっぽく小さく舌を出すと、息子を部屋に促したのだった。


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