隣人の日記
あなたは隣人の日記の断片を手に入れたらしい。
罫線の引かれたA5の紙面。ノートの糸が緩んだのか、1ページだけ脱落してしまったようだ。
日常に開かれることのない他人の思考を手にして、あなたは秘密を掴んだ気になっている・・・。
手に入れた紙片を、こっそり、誰も来ない場所で、あなたは読み始めるのである。
悪戯心を、しのばせて。
― ― ― ― ―
2014.10.21
幻という怪物の尻尾を掴んだ。ぐいぐいと引っ張るので、引きずられていった。どこに行くのだか分からない。町並を通り過ぎ、橋まで来た。
橋を渡りふと振り返ったら、キラキラと光っている。橋は虹だったらしい。
さてどこにいるかと見回せば、尻尾がするりと手からすり抜けた。
2014.10.22
「タクトが降ってくるんです。ええそうです、指揮者が振るあれです。町中大騒ぎですよ。なんでも市民ホールで公演予定の楽団の指揮者が遅刻したんで。タクトが責任を感じたんでしょう、定刻通りに役割を果たそうとしたみたいです。でも『振る』と『降る』を勘違いしていて」
2014.10.23
ペパーミントとコットンキャンディのパープルとピンクがテレビ画面いっぱいに渦巻いている。
やたら美味しそうなものだから、アイスが食べたくなる。
体に悪そうな色をしたお菓子は大好きだ。
「ええ、だから私もこうなったの」テレビスピーカーから女の声が聞こえてきた。
2014.10.24
足がフラメンコのステップを踏む。自分の意思を無視して、止まらない。
何故ステップが踏めるのかも分からない。赤い靴の童話のように靴のせいかと思うが、そもそも裸足である。
裸足であって、コルクのヒールに何本も釘を打ち込んだ踵の音が、絶え間なくリズムを刻むのである。
2014.10.25
壁に人の目が付いていた。
穴が開いているわけではなく、きちんと二つ並んでいる。
驚いてどうしようかと思ったが、鈍く虹色に光るのが美しい。ついうっとり眺めてしまう。
目は時折こちらを見る。
落ち着かない気もするが、その目と暮らしてかれこれ数ヵ月になる。
2014.10.26
頬に何か冷たいものがペタリと張り付いている。それを取ろうと手でこするが、頬に何もない、何も手に触れない。
鏡に映すと、黒いキクラゲのようなものを頬に張り付けた顔が映る。取ろうと指で引っ掻けようとするが、やはり、何にも触れないのである。
2014.10.27
家の雨樋の音は涙の流れる音に聞こえる。ほろりとこぼれた雫が、頬を伝うその音。雨の日は耳を澄ませてその音を聞き、雨樋からコロコロとこぼれてくる雨粒を掌で受け止める。透明の雫はコロリと転がり、ガラス玉になる。
だから、雨の日は掌がガラス玉だらけになる。
2014.10.28
たぷり、たぷりと打ち寄せる。波音を聞きながら、口の中の小さな玉をコロコロと転がす。
苺に、酸っぱいのは檸檬。まるで万華鏡のように次々に味が変わる。
たぷり、たぷり。目が覚めると波打ち際が迫っている。声を上げようとして、さっきの口の中のものが言葉だったと気付いた。
2014.10.29
目が赤いと言われる。白い月が煌々と射す真夜中など、暗がりに赤く光るから不気味なのだそうだ。
自分では見えないから分からないし、夜中に暗いところで鏡を覗く趣味もない。
どんな目をしているのか、夜道を歩いては見上げて月に尋ねる。
時にニヤリと笑われる。
2014.10.30
話しかける者がない、義務も責任も発生しない、何もない所に行きたいと思った。すると丁度そこの地面に入り口があって、階段がどこまでも降りていってる。行き着いた場所は白い空間だ。寝転ぶと蓮の花の裏側がたくさん天井にくるくるある。ここが地獄か、とぼんやり思った。
2014.10.31
髪を水に晒したら、ゆらゆらと黒く増えた。
その姿で
「trick or treat」
と隣人を訪ねたら
「本物の幽霊そっくり」
と水飴の入った壺をくれた。
薄く金色に色づいた透明な蜜飴をすくい上げて味わう。本物の幽霊に会ったことのある人からせしめた極上の甘露だ。
2014.10.21~2014.10.31 @natsuheavy #twnovel
お菓子をあげたら、何してくれる?




