第7話:未完のゲーム
試合時間はついにアディショナルタイムに突入した。表示は3分。
スコアは2-2。
榊 迅がもたらした2つのゴールによって、試合の流れは完全にフランクシュタットに傾いていた。シュトゥットガルトの選手たちの顔には焦りと色濃い疲労が滲んでいる。
「ラストプレーだ! 全員上げろ!」
ヘスラー監督がタッチライン際で声を枯らして叫ぶ。
シュトゥットガルトの猛攻をなんとか凌ぎきり、こぼれ球を拾ったのはボランチのクリスだった。
「ジン!!」
クリスが顔を上げた瞬間、迅はすでに走り出していた。
これが本当に最後のチャンスになる。相手のディフェンダーたちもそれを理解しており、死に物狂いで迅の進路を塞ぎに来た。左右から挟み込むように激しいプレッシャーがかかる。
(ここを抜ければ、勝てる)
迅はスピードを緩めない。クリスから放たれた低い弾道のロビングパスが、迅の走るラインへと向かって落ちてくる。
背後からは相手のセンターバックが完全に身体をぶつけにきていた。激しいコンタクト。16歳の華奢な身体がわずかにバランスを崩しかける。しかし、迅は右足の甲でボールを叩くようにトラップし、あえてバウンドを大きく跳ね上げさせた。
「なっ……!?」
DFの頭上を超えるシャペウ(浮き球での抜き技)。
ボールが空中にある間、迅は一瞬の爆発的な加速でDFの裏へと回り込んだ。完全に相手のマークを引き剥がす。目の前には、セービングのために飛び出してくるゴールキーパーの巨体。
(右足で、あそこを抜く――)
完璧なシュート体制に入った。迅の右足がボールを捉えようとした、まさにその瞬間だった。
ピピッ、ピィィィーーーッ!
非情なホイッスルがスタジアムに響き渡った。アディショナルタイムの3分が経過したことを告げる、試合終了の笛。迅の右足から放たれたシュートは、笛の直後にゴールネットを激しく揺らしたが、当然それは得点としては認められなかった。
「あ……」
クリスがその場に崩れ落ち、天を仰ぐ。周囲の選手たちも、激闘の終わりを告げられてピッチに倒れ込んだ。
結果は2-2の引き分け。
劇的な同点劇ではあったが、あと一歩で勝利を逃したという悔しさがチーム全体を支配していた。
しかし、迅は違った。
ネットを揺らしたボールを見つめながら、迅はただ静かに、自分の右足の感覚を確かめるように地面をトントンと叩いた。
(届かなかった。だけど……面白い)
勝敗の先にある、あの「あとコンマ数秒早ければ」「あのトラップがもう少し低ければ」という思考の連鎖。ヨーロッパのトップレベルの壁にぶつかり、それをどう乗り越えるかを考えること自体が、迅にとって何よりも刺激的だった。
明確なゴールなんてなくていい。このジリジリとした世界で、ただ自分の限界を更新し続ける。そのために自分はここにいるのだと、迅は確信していた。
「おい、ガキ」
ベンチから歩いてきたルーカスが、迅の前に立った。その表情には、明らかな敬意が混じっていた。
「次は勝つぞ。お前のパス、待ってるからな」
「うん」と短く答え、迅は小さく笑った。16歳のストライカーのヨーロッパ1年目は、まだ始まったばかりだ。ピッチを去る迅の背中に、フランクシュタットのサポーターたちから、今度は疑念ではなく、確かな歓声と拍手が送られていた。
これにて区切りは変ですが1年目は終了となります
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