23話:ヴォルフスブルクの牙
次節の相手は、リーグ屈指のフィジカルと組織守備を誇るヴォルフスブルク。
フランクシュタットのホームスタジアムは、超満員のサポーターが発する熱気と期待で地鳴りのように揺れていた。
試合は前半から激しい肉弾戦となった。
ヴォルフスブルクの強烈なハイプレスに苦しみながらも、フランクシュタットは主将シュミットを中心とした泥臭い守備で耐え凌ぎ、0-0のまま時計の針は後半30分を過ぎようとしていた。
「ジン、準備だ!」
マルクス監督の第一声で、榊 迅は素早くビブスを脱いだ。
「相手のセンターバックは疲れが見え始めている。だが、最後の一歩まで激しく寄せてくるぞ。覚悟して入れ」
「はい」
指示を受ける迅の瞳は、静まり返った湖のように澄んでいた。
一週間前、全観客の前で犯したあのトラップミス。空振りした右足の感触。そして夜遅くまでシュミットと叩き込んだ「圧力をいなす」体の使い方。
すべての失敗と練習の成果が、今の迅の血肉となっていた。
ピピッ――!
後半35分、背番号『39』がピッチを踏みしめる。
ホームの大歓声と、相手ベンチからの警戒の視線。だが迅の耳には、芝を蹴る音と自分の鼓動しか聞こえていなかった。
(落ち着いてる。相手の動きが、驚くほどよく見える)
投入直後、ヴォルフスブルクのボランチが迅の動きを警戒して距離を詰めてくる。
しかし迅は、相手が足を出そうとした瞬間にふっと力を抜き、肩のコンタクトをヌルりと受け流しながらワンタッチで味方へボールを捌いた。
「なっ……!?」
相手ボランチが目を見張る。前節のような強情な張り合いはそこにはない。相手の力を利用して滑るようにスペースへ抜けていく、極上のポジション取り。
「ジン、行け!」
後半42分。中盤でボールを奪ったクリスから、前線のスペースへ鋭いグラウンダーのパスが送られた。
デジャブのような展開。
相手の巨漢センターバックが、前節の悪夢を再現するかのように、背後から猛烈な勢いで体重を浴びせかけてくる。ファウル紛いの強烈な圧力。
(来る――!)
だが、今の迅は焦らない。
圧力を正面から受け止めるのではなく、ボールが足元に届く直前、右足のインサイドでボールを優しく包み込みながら、相手の力のベクトルと同方向へ体をわずかに滑らせた。
シュミットとの練習で掴んだ「圧力を流すトラップ」。
「なに……!?」
吸い付くようなファーストタッチ。相手DFは迅の体を押し潰したはずが、まるで手応えなく前方へつんのめった。
完全に前を向いた。目の前には、ゴールキーパーと広大なシュートコース。
前節なら力んで足を振り抜いていた場面。
だが、17歳のストライカーの頭脳は極限まで冷徹だった。
(キーパーは右足を警戒して、わずかに右へ重心を寄せている。なら――)
迅は右足を振りかぶるフェイントから、一瞬のタメを作り、右足のアウトサイドでボールを左隅へと静かに転がした。
キーパーの一歩逆を突く、完璧なコントロールショット。
吸い込まれるようにゴールネットが揺れた。




