精一杯の想いを込めて
「先生、一花先生、しっかりしてくれ!!」
意識を失っていた私をエミールが起こしてくれた。
いつの間にか洞窟のような場所に連れてこられていたらしい。
「俺がいるから大丈夫。ここから逃げよう」
エミールは私を起こし、手を引いて立ち去ろうとしていた。
すると近くの水辺から巨大な姿、海神が現れた。
「まさかワシの体にこんな人魚小僧がくっついていたとはのう。全く気づかなかったわ」
カカカと豪快に笑うたびに空気が震える。
エミールは私を守るように、海神と私の間に立った。
「何百年ぶりかのぅ、この住処に生贄を連れてくるのは。人魚の王も愚かな部下を持って不運なことだ」
エミールは膝をつき、深々と頭を下げる。
「海神様。この女性は我らオンディーヌ王家には関係のない者。何とぞご容赦ください」
「ならぬ。どれを生贄にするかはワシが決めておる。もし生贄にしたくないのであれば、甘美なる歌声で、七色の美酒を献上せい。それができぬのであれば、お主もろとも食らってやるわ」
海神はニヤニヤと笑いながら、エミールの反応を楽しんでいた。
慌てて助けに来てくれたのだろう、ハープなどの楽器なんて持っているはずがない。
海神の配下らしきクラゲが器用なことに、頭に酒が入ったグラスをのせて、海神と同じくエミールの反応を待っている。
「エミール、私のことはいいから……」
私はエミールにそう話しかけたが、エミールは首を横に振って、私の両手を握った。
「昔のように上手く歌えないかもしれない。でも、こんなところで先生と別れたくない。僕の全てを出し切る。海神様のため、そして……一花先生に捧げる」
エミールは大きく深呼吸してから、歌い始めた。
一言で言えば、恋の歌だった。
運命のいたずらで会えなくなってしまった恋人のことを想い、愛しさ、寂しさ、そして恋人の無事を願う、切ない歌だ。
自分のことではないのに、聴いているうちに涙があふれてくる。
音楽祭の由来となった人魚も、こんな風に恋人を想って歌ったのではないかと思えた。
死ぬ前にこんな素晴らしい歌を聴けて良かったと私は感謝した。
歌い終わったエミールはすぐに私に寄り添い、そして海神の判決をじっと待った。
海神は目を閉じてエミールの歌を聴き入っていたが、ゆっくりと目を開け、エミールを見つめた。
「最初からお主が歌っておれば、こんな事態にはならなかったな」
先程までの殺気立った雰囲気とは変わり、海神は穏やかにエミールに語りかけた。
ふと先ほどのクラゲを見ると、お酒が七色に光り輝いている。
それどころか、洞窟の奥からぞろぞろと他のクラゲたちも現れ、これまた七色に輝くお酒を頭にのせている。
洞窟の奥まで光り輝いており、当分お酒には困らなさそうだ。
「見事な腕前よ。またこれほど美味い酒が呑めるとは思わなかったわ」
海神によると、珍しい異世界人である私を連れ去れば、歌の上手い者をだれかしら連れてくると思っていて、本気で食べてしまおうとは思っていなかったらしい。
ただ、無視されるようであれば本当に食べられていたらしい……。
私はエミールに何度も感謝した。
「素晴らしい歌をありがとう、エミール。海神様のお墨付きなんて、本当にすごいよ!!」
私が興奮気味にエミールに感謝していると、そんなことはない、とエミールは謙遜するばかりだ。
少し照れくさそうに頬を染め、エミールはそっと私の右手を両手で包む。
「俺一人では上手く歌えなかった。先生がいたからだ。これからも傍にいてほしい」
「ん?そうね、まだ先生としていっしょにいることもたくさんあるし、よろしくね」
私がそう話すと、エミールはもどかしそうにしていて困っていた。
何か変なことを言っただろうか?
海神は「まだまだ青いのぅ」と楽しげに笑う。
海神が落ち着いたことで潮の流れも穏やかになり、シーザー王率いる軍が助けに来たのはそれからもう間もなくのことだ。
和やかな光景にシーザー王たちやユタ、ルイ、バルトは非常に驚いていた。
こうして、波乱のあった今年の音楽祭は幕を閉じたのだった。
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