表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第一節 はじめに母ありき

 目覚ましが鳴る三分前に目が覚めた。


 カーテンの隙間から、朝の光が細く差し込んでいる。10月の終わり。少し寒さが強くなってきた気がする。布団の中の温度と、部屋の空気の温度が違う。そろそろ冬支度を始めないと。


 台所から包丁の音がする。規則正しい音だ。母はいつも朝が早い。


 顔を洗って、制服に袖を通す。ネクタイはもうお手のものだ。初めてで戸惑っていた去年と違い、目を瞑っていたって結べるようになった。リビングに行くと、味噌汁の湯気が上がっている。


「おはよう、セイゴ」


 母は振り向いて、いつも通りに言う。髪は後ろでまとめていて、エプロンをしている。柔らかなトーンの安心感が俺を包み込んだ。


 おはよう、母さん。


 席に座る。テレビではニュースが流れていて、相変わらず治安の悪化や不景気を嘆く陰鬱な内容で一杯だった。


 朝ごはんは焼き鮭と卵焼き。いつもの味だ。母は俺の向かいに座って、白湯を飲む。朝ごはんは食べない、大きな仕事の前はそう決めているのだ。俺は、今日の時間割を思い出しながら味噌汁をすする。

 「今日は遅くなるからね、夜ご飯は冷蔵庫に入れてるわ、あなたの好きなハンバーグよ」

 そう言って彼女は微笑んだ。ただ、いつもの元気がない。やはりこのところ忙しいからだろう。

 

 あんまり、無理しないでね。


 母は虚をつかれたような顔をした。変なことを言ったつもりはないのだが。


 「ああ、ごめんね、その、お父さんに似てきたな、と思っちゃって」


 懐かしそうな顔をする。そう言われても、俺は父親に会ったことがない。写真では見たことがあるが、似ていると言われてもピンとこない。あんな痩せっぽっちなのか、俺は。


 弁当箱はテーブルの端に置いてあった。アルミカップの色が今日は赤だ。好きな色ではないが、母の気分で決まるのだ、仕方ない。


 食器を流しに運ぶと、靴下を履いて、玄関に向かう。母も後ろからついてくる。


 ドアを開けると、冷たい空気が入ってきた。少しだけ身震いする。


「いってらっしゃい」


 母の声は変わらない。


 振り返る。


 母は、白い服を着ていた。


 装飾のない、長い布。足元まで真っ白で、髪もきちんと整えられている。光のせいか、輪郭がやけにくっきりして見えた。いつの間に着替えたのだろう。


 別に、初めて見るわけじゃない。


 見慣れていないわけでもない。


 ただ、朝の台所に立っていた人と同じだとは思えないだけだ。


 母は笑っている。いつもと同じ笑い方で。


 うちの母は、教祖だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ