ep 9
灰燼からの咆哮、死を呼ぶ誕生
夜の帳が下りた街外れのゴミ捨て場。そこは、あらゆる汚物と、街の暗部が生み出した不要物が打ち捨てられる場所だった。ゴルディの部下は、まるで汚物を扱うかのように、ぐったりとしたたつまろの体を乱暴に荷車から引きずり下ろした。
「ペッ! なーにが『無敵の戦士様』だよ! 結果はガキにやられてお陀仏か! おかげで俺の賭け金がパーじゃねぇか! クソが!」
部下は憎々しげに悪態をつき、動かないたつまろの体を思い切り蹴飛ばした。そして、荷台に残っていた小さな亡骸――ユウの体を、まるでゴミ袋でも捨てるかのように、たつまろの隣に投げ捨てた。
「あーあ、ゴミ同士、仲良く並んで捨てられて、ざまぁねぇな」
部下は唾を吐き捨て、さっさとこの場を立ち去ろうとした。
その瞬間、蹴られたはずのたつまろの目が、カッと見開かれた。意識の暗闇の中で、彼は母の最期と、守れなかった弟の亡骸を幻視していた。
(母さん! 死ぬなよ…! ユウ! しっかりしろ、死ぬな! …くそっ! 結局、俺は…誰も、一人も守れねぇじゃねえか! 何も…どうにもならねぇじゃねえか!!)
絶望と怒りが、彼の内側で黒い炎のように燃え上がった。それは、もはや悲しみではなかった。全てを焼き尽くすような、虚無と破壊衝動。
「! おい! 後ろ!」
異様な気配に気づいた別の部下が叫んだが、遅かった。
次の瞬間、たつまろは音もなく立ち上がり、立ち去ろうとした部下の背後に回り込んでいた。そして、骨が砕ける鈍い音と共に、その首をいとも簡単に捻り千切った。
血飛沫がたつまろの顔にかかる。しかし、彼はそれを拭おうともせず、ただ、虚ろな目で宙を見つめ、そして――笑った。
最初は小さく、次第に大きく。それは、喜びでも、悲しみでもない、ただ何かが完全に壊れてしまった者の、乾いた狂気の笑い声だった。
「ハハッ! ハハハハハハハハ!」
一方、熱狂冷めやらぬ闘技場では、異変が起きていた。
「ん? なんだ? 扉が閉まってるぞ! おい、開けろ!」
「どうなってるんだ! 出られないじゃないか!」
観客たちが騒ぎ始めた。いつの間にか、全ての出入り口が固く閉ざされていたのだ。
その時、アリーナの影から、ぬっと人影が現れた。血と泥に汚れ、しかしその瞳だけが爛々と輝いている。たつまろだ。
「ギャーーーッ! な、なぜ死んだはずの奴がここに!?」
「ば、化け物だ!」
「ヒィィー! 助け――ギャッ!」
悲鳴はすぐに断末魔へと変わる。たつまろは、悪夢から抜け出してきた死神のように、観客席へと侵入し、手当たり次第に人々を殺戮し始めた。その顔には、先程の狂気の笑みが張り付いている。
「ハハハハハハハハ!」
笑い声が響き渡る。
「楽しいなぁ…! こんなに楽しいなんて、知らなかったよ! 人を殺すのがさ!」
「出せー! ここから出してくれー! ギャーー!?」
パニックに陥った人々が扉に殺到するが、開く気配はない。
さらに悪いことに、アリーナの地下から、重い鉄格子が上がる音が響き渡った。
「闘技場の魔物たちが檻から出てるぞ! うわぁぁぁ!」
「グルルルルァァァァ!」
飢えた獣や異形の怪物たちが、解き放たれた衝動のままに観客席へと乱入し、逃げ惑う人々を次々と餌食にしていく。
「ゴルディ様! 危ない!」
「ひぃぃ! やめろ、来るな! わ、ワシは主だぞ! ギャァァァァ!」
恐怖に駆られ逃げようとしたゴルディも、凶暴な魔物の牙にかかり、無惨な最期を遂げた。
さらに、どこからか火の手が上がり、瞬く間に闘技場を紅蓮の炎が包み込んでいく。
「ハハハ! ああ、すっきりする」
燃え盛る炎と、響き渡る悲鳴の中で、たつまろは恍惚とした表情で呟いた。
「ずっと考えてたんだ。こいつらを、どうやって殺そうかってな。俺の戦いを、ユウの苦しみを、見世物にして笑ってたこいつらをさ!」
彼は、かつて自分を嬲り、弟を見殺しにした世界への復讐を、狂気の快楽と共に遂行していた。
「人殺しは、楽しいなぁ! ハハハハハハハハ!」
阿鼻叫喚。まさに地獄絵図だった。
人は逃げ惑いながら死に、ある者は魔物に食われ、ある者は炎に焼かれ、そして多くが、狂気の笑みを浮かべたたつまろの手によって、惨殺されていった。
夜が明け、闘技場が静寂を取り戻した時、そこにはおびただしい数の死体と、燃え尽きた残骸だけが残されていた。たつまろの姿は、どこにもなかった。
鎖から解き放たれ、自由の身となったたつまろ。しかし、彼の心は、弟を失った絶望と、復讐の狂気に完全に支配されていた。彼は、その後、姿を消したかと思えば、ふいに現れ、己の基準で「悪人」と見なした者たちを、容赦なく殺戮して回るようになった。その圧倒的な強さと、予測不能な行動、そして何より、殺戮を楽しむかのような狂気。
人々は、当初こそ彼に抵抗しようとしたが、その力の前に為す術はなく、やがて彼の存在を人間ではなく、抗うことのできない「天災」のようなものだと認識し始めた。
いつしか人々は、彼をこう呼ぶようになった。闘技場で彼を識別していた番号と、彼がもたらす死を重ね合わせ、畏怖と憎悪を込めて――
「死を呼ぶ四番 DEATH4」、と。