第5話:天啓の石板
集落長の家を出て、ルーファスと共に彼の家へと帰り着いた。
ソフィアは他に用事があったのか、近くに姿が見当たら無かった。
老魔法使いに「彼女を探しますか?」と尋ねたら、「探す必要はない。ここに居らぬアヤツが悪いのじゃ」と吐き捨てそそくさと歩き出してしまった。
凄い魔法使いかもしれないけれど、子供っぽい一面を隠すこと無く晒してくれるのは今となっては好印象だ。
帰宅途中で集落の人々と挨拶を交わし、片手で数えれる程ではあるがささやかな交流も果たすことが出来た。
突然やって来た身元不明の男を、ここまで柔軟に受け入れてもらい改めて感謝の念が込み上げてくる。
元の世界で小説を書いていたころは、少なからず異世界転移や転生に憧れを抱いていたが、いざこの境遇に陥ってみると自分から望んでするものでは無いと思い知ってしまった。
しかし最早泣き言を言ってる場合では無い。
現状を出来る限り受け入れて、この世界で生きてゆく。
生きていれば、もしかしたら元の世界へ戻れるかもしれないし、元の世界よりも良い生活を送ることも出来るかもしれない。
当然その逆のリスクもあるとは思うが……今は前を向いて一歩一歩進むしかないのだ。
ルーファスは家に帰り着くと、まず室内のロウソクとランプを手をかざしただけで火を灯した。
ただ空間を手の平で撫でているだけの仕草だ。
昨夜は自動で点灯した様に見えたが、足が痛すぎてこの挙動に気が付かなかっただけなのかもしれない。
老魔法使いはおれには構う事なく奥の部屋へと立ち入り、程なく石板らしき物を手に戻って来た。
彼はそれをテーブルの上に置き、おれを手招きする。
「――リョウスケよ、こちらに参れ」
おれはテーブルの傍に立ち、その石板へと視線を落とした。
大学ノートほどの大きさだろうか。
厚みは三センチ程度。
角は少し欠けヒビもあるが、その表面は傷一つ無くまるで鏡面の様だった。
覗き込むと薄っすらと自分の顔が映るくらいだ。
「ルーファスさん、これは?」
「この石板により、我々は、個人に宿されたギフトや能力を知る。天啓の石板と呼ばれておる」
「天啓の石板……か。ギフトが神の贈り物だから、天啓ということですね」
「まあ、そう言うことじゃの。取り合えず、石板に手を置いてみよ」
おれは言われるがままに、天啓の石板へと手を置いた。
ここで例えば、ギフトだけではなくHPとか攻撃力とか表示されたらゲームの世界確定だよな、と少なからず不安感を有しつつ。
石板に手を置くと、手形に沿ってぼんやりと青白い光が溢れた。
痛みや衝撃も振動も無く、暫くするとその光は止んだ。
「もうよいぞ、手を上げよ」とルーファス。
彼はおれを押し退けて石板を見詰めていた。
おれもその傍で石板へと視線を向ける。
その瞬間は何も表示して無かったが、暫く待っていると全面にぼんやりと文字が浮かびあがって来た。
当然おれに読める文字では無い。
「――それで、どの様な事が書いてありますか?」
すぐ傍で問い掛けたので、声は聞こえてる筈だがルーファスは即答しなかった。
石板を見詰め身動きひとつせずに、思考を巡らせている様に見える。
石板には文字らしき列と、記号らしき列で区分されてあった。
石板に文字が浮かび上がっていると言うよりは、スマホやタブレットのモニターにデジタルで表示されている様に見える。
ゲーム的な要素はあるが、今はまだどちらとも判断はつかない。
明らかにこの世界の技術レベルからは逸脱した性能を有しているので、超古代文明のオーパーツ的なアイテムなのかも知れない。
ゲームの世界では無く異世界であってくれればいいのに、と今はもう自然とそう思ってしまう。
少し時が流れてから漸くルーファスは「――リョウスケよ?話をするので席に着いてくれるかの?」と口を開いた。
彼はそのまま近くの椅子に腰かけ、おれはその対面へと回り込み着席した。
老魔法使いは出会って以来、一番と言っていいほど神妙な面持ちだった。
「まず初めに、現在お主が有しておるギフトの説明からする。魔力や身体能力に関しては……後回しじゃ」
受験や就職の採用試験の結果を聞く時の様な緊張感が胸に宿る。
無駄口を叩ける雰囲気では無かった。
「お主は【言語理解】というギフトを神から授かっておる」
「【言語理解】ですか?たしかソフィアさんが過去にそういうギフトを持った聖人がいたって言ってましたけど」
「うむ、古代の聖人エステルじゃな。この世のありとあらゆる言語をあやつり、その時代の王たちを仲介し、友愛と平和を説き世界から争いごとを無くしたとされておる。【言語理解】の所有者として歴史上記録にあるのは、そのお方のみじゃ。別の世界から来たと言うのに、我らの言葉をぺらぺらと話せるのもギフトのお陰という訳じゃな」
正直、【言語理解】という響きはピンと来ないが、偉大な聖人様と同じギフトと言うのは胸アツだった。
「ありとあらゆる言語を操れるのは、凄いですね」
「お主と話しておって、その可能性はあると思ってはおったが、この目で実際に見ると興奮ひとしおだわい。しかし、わしが驚いておるのは、これだけではない。リョウスケよ、今一度石板を見てみよ」
そう言いルーファスはおれの前に石板を差し出してきた。
依然文字は全く読めないが、おれ個人の能力を表した文字群は表示されたままだった。




