第3話:集落長ゴドウィン
集落長と肩書を聞き、どれほど威厳に溢れる人物なのだろうと思っていたが、実に穏和そうな中年男性だった。
平たく言えば気の良さそうなおっちゃん。
集落長の家に着き、それからすぐに中へと通され対面となった。
大きな家の奥まった一室。
おれに付き添ってくれたルーファスは、部屋の入り口で静かに立っていた。
部屋の中央に丸いテーブルがあり椅子が三脚あったのでルーファスも同席するのかと思ったが、おれが腰かけると集落長はすぐに口を開いた。
「初めまして、リョウスケ。私はこの集落の長を務めるゴドウィンと申します。浄化の儀お疲れさまでしたね」
その風貌通り、穏やかな話口調だ。張り詰めていた緊張が解ける瞬間だった。
「初めまして、ゴドウィンさん……。えーっと、集落長と呼んだ方が良いでしょうか?」
「いえいえ、ゴドウィンとお呼びください。私は、父から継いで長を務めてるだけで、他にこれと言って取り柄の無い男ですから」
そのつぶらな瞳には常に笑みが浮かんでいる。
体格はがっちりとしてるが背はそう高くない。
農家とか山仕事を生業としてるような、そういう佇まいだ。
「――では、ゴドウィンさん、わたしのことに関して、ルーファスさんから何か聞いてますか?」
自分の後ろにルーファスがいると分かっている。
その上でおれは敢えて彼の名前を挙げて問いを投げかけた。
「ええ、明け方に大ケヤキの下で少し話を聞きました。身元不明だが、あの遺跡に関わりがある可能性が極めて高い人物だ、と」
それを聞いて、ルーファスの人間性が垣間見える。
老魔法使いは、集落の人たちに内緒で行動を起こすような人物では無いと言うことだ。
「昨夜、ルーファスさんと語り、わたし自身もあの遺跡と何か関わりがある様に思いました。しかし、現状そのことに関しては何も分かりません」
「そして、どの様にしてあの場所にいたかも分からない、と聞いてますが?」
「はい、自宅で寝て……目覚めたらあの遺跡の近くだった、という印象です」
「それで、リョウスケは今後どのようにしたいと考えてますか?」
依然、穏やかな語り口調のまま……親身になって話を聞いてくれているのは疑う余地が無いと思う。
人徳が滲み出ていると言うか、集落長とは向き合って話してるだけで心が安らぐ感じがした。
「わたしは、出来るのであればこの集落で生活しつつ、自分とあの遺跡の関連性を調べたいと考えてます。無暗に外に出て当て所なく彷徨うより、そうする事が答えにたどり着く早道になると思うので」
これが今のおれの本音になる。
声に出して他者に伝えて、漸く今後自分の歩く道が見えて来た気がした。
「なるほど、承知しました。では、気が済むまで我が集落に滞在ください」
そう告げるとゴドウィンは、顔を皺くちゃにして笑みを浮かべた。
常に笑っている様な顔だけれど、本当に笑うと皺くちゃになってしまった。
「え?気が済むまでって……ずっといてもいいってことですか?」
「ええ、勿論です。私としては断る理由がありませんので」
流石にここまであっさりとことが運ぶとは思って無かった。
何か一つや二つは注文が付けられても文句は言えない立場だけに、この結果には驚きと感謝しかない。
「あ、ありがとうございます。助かりました。もし断られたら、本当に行く当てが無かったので……」
安堵感からか目頭が熱くなり涙が零れそうになってしまった。
おれと集落長のやり取りを静かに聞いていたルーファスは、ここで漸く空いていた席へと着いた。
「――ゴドウィンよ?今朝話した通り、リョウスケは今後わしの家に住まわせるからの?遺跡を調査するというなら、それが一番道理に適っておるじゃろうし」
老魔法使いは祝福の言葉を述べる事無く、いわゆる本題に入ってしまった。
しかも今朝から話していたという事は、その時点からこの結果が見えていたと言うことになる。
全く、いい性格過ぎて怒る気にならない。
「ルーファスが面倒を見るというなら、それで構いませんよ。ところで、リョウスケは今、お幾つですか?」と、おれはこの世界に来てから始めて年齢を問われた。
そう言うことに興味を持たない文化なのかと思ったが、会話の流れがそうならなかっただけの話なのか。
「わたしは、三十五歳になったところですけど」
そう告げると、ルーファスとゴドウィンは同じタイミングで目を見開いた。
「ええっ?三十五歳?それはまた……とてもそうは見えない。私は、まだ二十代だとばかり」とゴドウィン。
それに続いてルーファスは「わしも二十前後じゃろうと思っておったわい。ソフィアよりも年下だと思うておったがのう」と、笑みを零していた。
元々若く見られるタイプだったが……まさかここまで驚かれるとは。
ソフィアより年下は言い過ぎだと思うが。
「ちなみに、ゴドウィンさんはお幾つなんですか?」
見た感じは四十代後半くらいだが、所感を述べる前に尋ねる事にした。
「私は今年、丁度四十になります」
集落長に関しては当たらずも遠からずと言ったところか。
「では、ルーファスさんは?」
「わしは、今年で六十五の歳じゃ」
魔法使いだからもしかしたら二百歳とかあるかも知れないと思っていたが、思いの外年相応の風貌だったワケだ。
双方の年齢を聞いてみて、率直にどちらも年の割に少し老けてると感じた。
しかし例えばテレビとかで外国の映像が流れた時に、同年代の人でもかなり老けて見える人は結構いたので、若く見られるのは日本人の特性と考えるべきか。
「――では、リョウスケ?妻や子はどうされてるのですか?」とゴドウィン。
三十五歳となると、この世界でもその質問が来るのか。
この手の話題で異世界に来てまで肩身の狭い思いはしたくないものだが……。
「いや、実は恥ずかしながら独り身でして……まだ妻も、子もいません」
「おやおや、それは勿体ない。リョウスケであれば良い家庭が築けそうですのに。集落の娘で良ければ私が縁を取り持ちますが?」
集落長は柔和な風貌でありながら、ここぞとばかりに前のめりでぐいぐいと迫って来る。
如何せん気が早すぎなのでは?と思うが、この世界でおれの常識や判断基準が通用するはずも無い。
(折角の話だし、無下に断るのも失礼だよな。ここは話だけでも聞いておいた方が良いのか……)
集落の娘と言われて、まず思い当たったのはソフィアだった。
彼女以外にこの集落の娘を知らないので、当然そうなるに決まっている。
ソフィアは若く美しい女性なので、本来ならこちらからお願いしたいくらいの相手だけれど……昨夜のルーファスとの苛烈なやり取りを目の当たりにした後では、すぐさま尻に敷かれるのが目に浮かんでしまった。




