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「傷ついたなぁ、あの顔。――もっと奥だ」


 僕は、僕が放り投げてしまったパワーストーンを探していた。

 あの中に汚れが吸収されてしまったから、回収しないと大変というのだ。

 ぼうぼうに生えた草木を掻き分けて見付け出す作業は骨が折れるが、草で切ったりしてさっちゃんに怪我をさせるわけにはいかないので、指示を聞きながら目を凝らす。


「違うってば、雰囲気に裏切られた驚きというか、だってもう消える気満々の空気だったじゃん。あれは誰でもそう思うじゃん。――この先はもう行けないけど」


「俺はまだまだ譲と触れ合いたいっていうのに、譲は満足したってか。あー寂しい。こうやって巣立っていくのか、あーあ。――そこもう少し右」


「僕はいつまででも兄さんにいて欲しいと思ってるよ。あ、あった」


 パワーストーンを見つけた僕は、それをタオルに包んでリュックに放り込んでおく。

 草の中から抜け出すと、赤みを帯びた頬を両手で押さえているさっちゃんと目が合う。


「…………どうしちゃったの譲。素面でそんなこと言えるキャラだっけ。普通に恥ずかしい。正直、大好き(さっきの)も恥ずかしすぎてつらい」


「気持ちは伝えておこうと思って。でも、兄さんにいて欲しいのは本当だけど、さっちゃんはどうなるの? このまま迷惑をかけるのは駄目だよ」


 ちらりと視線だけを僕に向けて「やっぱ似てるんだよなあ」と呟いた。


「譲は、さっちゃんのことどう思う?」


「どうと言われても……」


 突然の質問に戸惑う。

 彼女の前で号泣してしまったので、情けない気持ちはあるが、嫌いになる理由はない。たくさん助けてもらったし、どちらかというと――――と答えそうになって、兄さんに答える用の回答を急いで考えた。


「優しくて、き、綺麗で…………あと、あんまり自分を大切にしてないように思う、かな」


「そうなんだよ。だがさっちゃんがそうなのは、何も持ってないからなんだ」


「何も? そういえばお金は持ってないんだったね」


「見えるものも、見えないものも、何もかも、だ。……俺がさっちゃんに出会ったのは、死んでから。さっちゃん――――(さち)が、死のうとしていた時だ」


「……え」






 さっちゃんは、御山の森の中で兄さんと出会った。そして、元々幽霊が見える体質のさっちゃんは、兄さんに体を貸した。


 いや、あげた、という。


 自分の事情は語らないさっちゃんは、何も持っていないということだけを話した。

 持ち物はただ、免許証と睡眠薬のみ。それ以外の物は全て、精算してきたのだという。仕事は辞め、部屋は解約し、貯金は全て募金等で使いきった。

 そのことを謝られたと、兄さんは言った。


「それって……」


「分かるだろ? 身分証明だけ持ってたのも、死後さえ、極力誰にも迷惑をかけないようにするためだろう。……さっちゃんがどこまでも他人本位なのは、全てを手放す気だからだ。自己犠牲なんてエゴじゃない。欲望がどこまでも薄い。死にたいんじゃなく、生きたいと思っていない」


 僕は息を飲んだ。

 さっちゃんを見つめても、兄さんが真剣な瞳で返してくるだけだった。彼女のことは、何も知らない。


「多分、家族もいない。俺がさっちゃんから出た時、さっちゃんは譲を呼びに行ってくれたんだよな? なら、感情がないわけじゃない。彼女をここに縛る、未練が何もないだけなんだ」


 悔しそうな、苦い表情。感情を抑えているように見えた。


「俺が必死になってるのに…………むかついたから体を使ってやった。――――俺は、信じてる……が、もしかしたらと……怖くなった。信じたいのに…………俺は、死人だから……止められない」


 いつも、余裕綽々の兄さんの、珍しい感情を垣間見た気がした。苦しそうに、目を伏せる。


「兄さん? 大丈夫?」


「悪い、何でもない。――――譲。頼む。俺の我儘に協力してくれ。さっちゃんを、生かしてほしい。さっちゃんに未練をやりたい。欲望を、縛るものを、何でもいいんだ。……頼む」


「うん」


 僕にとって非日常だけど、身近な、重い話だ。けれど、迷う隙間もなく、答えはすぐに出た。


「僕も、さっちゃんに生きていてほしい。僕にできることなら何でもするよ」


 「ありがとな」と兄さんは心から安堵したように微笑み、深く息をはいた。




 それから、すうーっと音が聞こえるくらい、さっちゃんは思い切り息を吸った。腕を組んで、今度は悪戯を思いついたように、にやりと笑う。


「俺は地縛霊並みに未練たっぷりだからな、まだまだここにいてやるぜ。まずはさっちゃんに洗いざらい吐かせてやろう、なあ? んで、好みの傾向をまとめて、やってみたいこと、いや、俺達がやらせたいことをリスト化しよう。……楽しそうだな! せっかく女になったんだし、化粧をもっと極めて、それから逆ナン」


「それ兄さんの欲望だろ! あと無理強いになるようなことは駄目だからな!」


「ちぇー。いやな、多少は強引な手段も必要ということだ。そう言うんなら譲も何か案出してみろ」


「えぇ…………友達をつくる、とか」


 話す時間はほんのちょっとしかなかったから、さっちゃんのことはほどんど何も知らない。

 けれど、それでも確信をもって言えることがある。


 さっちゃんはきっと人が悲しむことはしない、他人の感情を思い遣れる優しい人だということ。

 でなければ、たまたま出会った魂だけの兄さんに体を差し出し、僕らのことを心配して動いてくれて、あんなに必死に助けてくれたりはしない。

 自分がいなくなって心から悲しむ人がいると分かったら、良くも悪くも他人の感情の方を優先してしまうだろう。


 それはきっと、未練になる。


「悪くはないが、ぬるいな」


「ぬるいって…………そうだ、じゃあ家族は? 強引だけど、結婚すれば家族ができるよね」


「まぁ、そうだなー……恋愛かぁ……俺がフォローして……無理? 見合い……んー……あーはいはい」


 さっちゃんは自問自答をするようにぶつぶつと呟いている。かと思えば、組んでいた腕を解き、頭を掻きながら「まーとりあえず、譲が家族になってやってな」なんて軽い調子で言われたので、僕は面食らった。


「僕!?……は、あー、うん、そうだね、僕がきちんとした大人になったら、は何年も先になっちゃうか。一応法的にはできるし、まあ僕は全然、け、結婚する、のは、うん……でも、さっちゃんは嫌じゃ……いや好きになってもらう努力は、するけど、さ」


 不思議と拒否する選択肢は思い浮かばす、しどろもどろに言葉を繋いでいると、だんだん何を言ってるのか分からなくなってきた。徐々に恥ずかしさが込み上げてくる。


 小さく「あ」と聞こえたのでさっちゃんを見ると、片手で口を押さえていた。


「なんだよ、笑いたいなら笑えば?」


 雲は晴れ、夕焼けが空を満たし始めると、僕達も赤く染まっていく。


 手をどけたさっちゃんは堅い表情で、口を一文字に引き結び、一度俯いた後、すぐに顔をあげる。

 笑いを堪えるように、にやにやしていた。


「そういう意味じゃなかったんだが、そういう意味がいいってことだろ?…………ところで譲、もうひとつ謝るわ。言ってなかったけど、この会話って全部さっちゃん聞いてるんだな」


 僕はその言葉の理解に十秒程時間を要してから、自分の発言を反芻した。


「――――はあっ!?」


「プロポーズの前に告白からしてみてはどうだろうか、と兄は助言するぜっ」


「プロ、ポッ!? わああああぁぁぁぁ!?」


 誤魔化すように僕は叫ぶ。火を吹きそうに顔が熱くなるのを感じた。

 ひとつの選択肢として、挙げてみただけなのだ。僕のような年下の男にあんな偉そうなことを言われて、さっちゃんは呆れたに違いない。


 聞いているのであれば、もっと、ちゃんと、順を追って、はっきりと、ダースベーダーの音楽が響く。


「っ!!?」


「あ、わりわり」


 聞き慣れない着信音が鳴り、僕は驚きに飛び上がった。胸を押さえているとさっちゃんが携帯を取り出して話し始める。


「おー波多、おれおれ。あの件どうにかなったから、後片付けよろしくー」


 杜撰な連絡は後見人の波多さんに向けてのようだ。

 当然ながら電話口の声はさっちゃんのもので、そのまま話しているのだから、波多さんも兄さんとさっちゃんの関係を知っていたことになる。

 内容からも、おそらく僕より詳しく話している。


 なんとなく面白くなくて、じとっとした視線を送っていると、気付いたさっちゃんは神妙な顔で「あと一番重要なんだが」と僕を見つめ返した。


「婚姻届! 用意しといてくれ!!」











 僕達の関係がどうなったかは、また別の話である。




最後までお読みいただきありがとうございます!

以上でこの物語はひとまず完結です。

これから、さっちゃんと僕の同棲ならぬ、同居生活が始まります。幸せになってもらいましょう。


また、少しなら時間使ってやってもいいかなという方は、感想などいただけると嬉しいです!

ここなんか変とか、ここ余分or足りないとか、何でも率直な意見大歓迎です!

(褒められたらジタバタ喜びます)


本当にありがとうございました!

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