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第1章 第後話 後編 惰性のエルフ ⑦

翌朝、私は目覚めと共にいつものローブを纏い、自分がさっきまで横になってたベッドを亜空間へ転送した。弟達は先に起きていたようでベッドは両方空になっていた。それらも同じく亜空間へ。

慣れない土地での夜だったというのに思ったよりよく眠れた。ベッドがいつも使っている物であるお蔭な気もしないではないけれど。

顔を洗って、朝食の準備にかかる。昨晩と同じようにテーブルとイスを亜空間から取り出す。昨日の弟達の言葉から彼らはまだピザトーストには飽きていないだろうと考え、朝食はそれにすることに決めた。

昨日と同じ手順で料理を進める。昨日と違うことと言えば枚数だ。弟達は1枚だけじゃ足りないだろうから2枚ずつ作る。合計5枚。寝起きで頭が呆っとしていたのもあり、またしてもあらかじめパンをトーストするのを失念した。仕方なく上の具ごとパンをあぶる。

出来上がったところで弟達を呼び出す。


(二人とも。戻ってきなさい朝ごはんよ)


二人は10秒もしないうちに帰ってきた。

弟達に手洗いうがいをさせてから、三人で席に着き食事が始まる。私はピザトースト1枚で十分お腹は満たされたけど弟達はそうではなかったらしく、やはり2枚ぺろりと完食した。

食後の片づけを済ませてから私は弟達に集合を掛ける。


「二人とも、今日は昨日言ってたあの城に行くわよ」


私は今いる森の木々の間から僅かに伺うことのできる波斗原城の天守閣を指差して言った。


「やっぱり行くのか?」「行って何するんだ?」

「直談判よ。私達は今この国にとって害悪とみなされているの。今から行って王に直接説明しに行くの。私達は何も悪いことをするつもりは無いって」

「そんなことしなくてもいいんじゃねえのか?」「俺達のこと知らない奴らだっているだろ」


確かに弟達の言う通り、私達のことをまだ知らない集落へ行ってひっそりと生きる手だってある。しかし


「駄目よ。そんな可能性に頼ったって結局は逃げてるだけ。確実とは言えないわ。現状を打破するためには私達が動かないと」


「攻撃は最大の防御」ということだ。あるいは最大の暴挙なのかもしれないけど、私はやらずにはいられなかった。

弟達は私に似てやりたいことがあったらどうにかしてやり遂げようとする。ただ私と違うのは、飽きやすいということだ。普通の感覚では飽きっぽいことはいいことではない。しかし弟達のそう言った気質は時には自制という、私にはない重要な才能へと変わり得る。

この時の私にはそれが無かった。既にかかっていても良かったようなブレーキが、この時効いていなかったのだ。今思えば私はまだ引きずっていたんだろう。あの元囚人に言われた言葉を。自分と同じ境遇の人間を助けたがために、大きな力を持っていたがために、悪人呼ばわりされたことを。


「行くわよ二人とも。こんな世界はおかしいって、今度こそ言わなきゃ。私達は何も悪くないって、今度はちゃんと聞いて貰う」

「…そうか、分かった」「…姉ちゃんが言うなら」


弟達は頷いてくれた。私の決心もそれでより一層硬くなった。

私は両目で彼方にそびえる城を見据える。転送魔法で飛べるのは自分が目視した範囲。しかしここから見える城は屋根の部分とそこから少し下の部分だけ。普通に転送魔法を使えば飛んだ直後から自由落下が始まる。わざわざそんなスリルを味わうつもりは毛頭ない。

だから私はまず浮遊魔法で私達三人の身体を浮かせ、そこから転送魔法を発動する。

視界が歪み、遠くに小さく見えていた城が眼前に現れる。


「うまくいったわね」


もしかすると転送の自己最遠記録を更新したかもしれない。私は空中に静止しながら下を見る。かなりの高さ。高所恐怖症の人なら自己防衛の手段として失神を選択しているであろう高度だ。

しかし私は高所どころか怖い物なんて何もない。落ち着いて下を見て降り立てそうな場所を探す。捜すのは侵入経路ではなく入り口。侵入するならこのまま目の前の城の壁を破壊すればいいのだけれど、それをしてしまったら私は本当に弁解の余地が無くなる。あくまで丁重に、謹んで。


「下に降りるわよ。向こうにあるのが門みたいだから、中に入れてもらうには門番に頼むしかないわね。…二人とも、門からちょっと離れた茂みの陰に飛ぶから合図したら伏せて」


私は門の近くにある茂みの陰に狙いを定めて飛ぶ。


「今よ。伏せて」


飛んだ直後に私は小声で弟達に指示を出す。弟達は即座に膝を折り、頭を下げ、姿勢を低める。

そのまま息をひそめる。


「……」

「…」「…」


暫くしても門の両脇に立っている門番は反応を示さなかったので私はゆっくり立ち上がる。


「気付かれてない。行くなら今ね…二人とも、行くわよ」

「おう」「よし」


二人は音を立てずに、同時に立ち上がる。そして私に続いて歩き始める。10歩も歩かないうちに私達は門番に見つかった。


「何だお前達は。あまり門に近付くんじゃない」


私達に気が付いたのは右側の門番だったが、右の門番の声に気が付いて左の門番もちらりとこちらを見る。


「すみません。私達…」


「王」と言いかけて私は言葉を呑む。この国では王のことを「殿」と読んでいたことを思い出したからだ。小さなことだが、この国での最大の敬称は「殿」である可能性もあったのでその呼び方に合わせることにした。


「殿に伝えたいことがあって来たんですけど、入れてもらってもいいですか?」

「殿に…?」


門番は怪訝そうに私達を見る、怪訝と言うかそれはもはや不機嫌とさえ言えるほど不愛想な視線だった。絶対に私達のことを怪しい奴だと思ってる。


「じゃあ客人ということか?」

「え?ああ、そうです客人です」


私はてっきり取り付く島もなしに帰れと言われると思い、ここでの長期戦を覚悟していたのだけれど、以外にも私は上陸に成功した。客として扱われればこの上なく平和に王、改め殿に謁見できる。


「書状なら俺達じゃなくて受付に見せろ」

「はい?」

「だから、俺に書状を見せられても門は開かないって言ってるんだ。受付なら俺の後ろにあるからそっちへ行け」


普段の私なら間違いなく逆上していたであろう、さっさと俺から離れてくれと言わんばかりの態度で客をあしらう門番から、私は心を落ち着けてというか押さえつけて離れ、彼の背後に目をやる。

そこに小さな扉があった。それを見て私ははっとする。よく考えれば人の出入りに毎回あの大きな門を開閉しているわけがない。通用門は別にあったのだ。

私はその扉の前に歩いていき、扉を観察する。見たところ普通のドアのように見えるが、しかしよく見ればドアノブも何も無い。外側からは開けられない仕組みになっていた。

私はドアを数回ノックする。するとドアの上部、丁度私の頭のてっぺんくらいの高さの部分が覗き窓のようにスライドして開いた。


「客人でしたら書状をどうぞ」


中からは声の主のものであろう一対の目が覗いていた。ぶっきらぼうな口調ではあったが敬語を使っている分門番よりも丁寧な印象を受けた。


「その書状って言うのがよく分からないんだけど、それがないとは入れないんですか?」


そう私は質問したのだ。質問したならば普通何らかの返答があって然るべき。しかし男は何も言わずに覗き窓を「カシャン」という音を立てて閉めてしまった。


「二人とも下がってて。この扉吹き飛ばすから」


許しがたいことだった。私が敬語まで使ってへりくだったにも関わらずこの扉の向こうの男は私の質問を無視した。どうせ私の身なりとか髪や目の色が変だったから頭までおかしいとか決めつけたんだろう。


「待てよ姉ちゃん、話し合うんじゃないのかよ」「そんなことしたら本当に悪い奴になるぞ」

「…そうね、本来の目的を見失ってたわ。ありがとう二人とも」


私は既に目の前で8割型完成されていた爆撃魔法の魔法陣を解除する。そしてその魔力を別のものに変換する。

扉を挟んだ向こうにいる男の頭に直接語り掛ける。扉の向こうは見えないが、しかし確実にいることが分かっているので扉から半径5メートル圏内にいる人間全員に届くようにした。


(私達は殿に伝えないといけないことがあるの。書状っていうのは持ってないけど、早く伝えないと大勢の人命に関わるの)


嘘はついていない。私と弟達という複数の人間の生活がかかってる。何人以上が大勢なのか、その基準は人それぞれなのだから。

私が念話を開始してから男が再び覗き窓を開けるまでに多分10秒もかからなかったと思う。開けられる勢いはさっき開けられた時よりも格段に速かった。


「な、何だ今のは!?お前がやったのか?」


目しか出ていないがそれだけでも十分彼が驚いていることが分かる。目が口ほどにものを言っていた。


「そうよ。お願い。本当に深刻な問題なの。私が入るのが駄目って言うなら殿をここへ連れてきて」

「も…物の怪だぁーーー!!」」


私が話し終わった後に男はそう叫んだ。私の話は多分聞いてなかっただろう。少なくとも人の話を聞く余裕のある人間は覗き窓を閉めるのも忘れていずこかへと走り去ったりはしない。


「なんか逃げてったけど…」「…どうするんだ?」


弟達は開け放たれた覗き窓を指差して戸惑ったような視線を私に送る。


「大丈夫よ。言いたいことは念話で伝えたから、今は待ちましょう」


しかし私には男の叫んだ「物の怪」という言葉がどうにも引っ掛かった。この時点で私はその言葉の意味を知らなかったが、男の慌てようからして「手厚くもてなすべきお客様」か「敵」のどちらかであることは察しがついた。

そんなことを考えているうちに私の耳にある音が飛び込んできた。カンカンカンカンという、金属同士をぶつけたような高い音、音は周囲に響き渡っていたが、音源は上の方にあるように聞こえる。

呑気に視線を上へと向ける私達に二つの陰が迫る。


「動くな!」


それは門番だった。ここで私は確信する。物の怪はやはり「敵」という意味だったと。

二人は手に持った槍をこちらへ向けているが襲ってくる気配はない。ただこちらを警戒しているだけなようだ。弟達も剣に手を掛けただけでまだ抜いてはいない。


「シニステル。デキステル。動かないでね」

「うん」「おう」


二人は手を剣の柄に置いたまま停止する。


「ごめん二人とも、手は剣から放しておいて」

「おう」「うん」


手を剣に置いたままだと攻撃の意志があるように見えるので一応止めさせる。止めさせたが二人の門番が私達に向ける視線に籠もった敵意は変わらなかった。

この膠着状態は後何分続くか概算を始めようとしたその時、動かないと思われていた門が重厚な音を上げながら外開きに開き、中から複数の初めて見る装備をした男達が次々と出てくる。

どうもまた、私は選択を間違えたらしい。

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