第1章 第後話 後編 惰性のエルフ ⑥
囚人が倒れてから事態が鎮静化されるまでにそう時間はかからなかった。囚人達は元通り牢に入れられ、火は全て消し止められた。
騒ぎが収まってから私は弟達と合流する。
「怪我はない?」
怪我をしても治るのは知っている。しかし治るからと言って怪我してもいいというわけではない。なので一応聞いておく。すぐに二人からは大丈夫だと返事が返ってきた。
「じゃあ今すぐこの場所から離れるわよ」
「おう。分かった」「もう城に行くのか?」
「いえ、城に行くのは明日よ。でもここには長居できないわ。この騒ぎの元凶は私なんだから、いられるわけないでしょ」
「姉ちゃんは別に悪いことしてねえだろ」「人を助けただけだもんな」
「…そうだけど、みんながそれで納得するわけじゃないわ」
弟達の言う通り、悪気があってやったわけじゃなかった。むしろ善意によって動いた結果がこれだ。どうやら悪事を働くのに必要なのは悪意じゃなかったみたいだ。
「いいのよ。あんた達がそれを分かってくれていれば。どうせこの国でも私達は独りなんだから」
いつだって私の味方をしてくれるのはこの子達だけだ。
私にとっての正義は私本人なんだから、そういう意味では私が認められる「正義の味方」はこの二人だけなのかもしれない。
「とにかく、お腹空いたでしょ?別の場所に飛んで夕飯にするわよ」
私は先ほど索敵をしたときに感知した範囲内にある、最も村から遠い場所に私達自身を転送した。
飛んだ先は薄暗い森だった。これから夜になるから暗い分には何の問題もない。私は周囲を防御壁で囲み、イスとテーブルを転送する。テーブルの上に調理器具一式を広げ、亜空間にどんな食材を入れていたか、索敵魔法を利用して調べる。
この時残ってたのはチーズ半かたまり、牛肉1かたまりに牛乳6瓶。リンゴ7個、ニンジン4本、タマネギ3個、セロリ1束、ジャガイモ29個、小麦粉3分の1袋、パスタ2人分。それに加えて塩、コショウ、砂糖、ソース、ケチャップ、マヨネーズ、マスタードといった調味料類。パンはまだ数えきれないほどある。お小遣いを割いた割合はパンが一番多かったからだ。
「シニステル。デキステル。何か食べたいものは?」
「うーん。そうだな」「食べたいものか…」
二人は考える仕草を見せたがそれはほんの数秒のこと。すぐに答えが返ってきた。
「「何でもいい」」
そう言うとは思ってたんだけど、発せられたその言葉を聞いて私は、この子達の奥さんは苦労するな。と、そう思った。
しかしこの子達は「何でもいい」と言えば本当に何を出されても文句を言わないので、まだましな方なのかもしれない。
私は食パン1斤を出してぶ厚めに3切れ切断し、その上にマヨネーズとケチャップを転送した。その上からチーズを薄い長方形の形に切断して転送する。
テーブルの上の鍋の中に魔法で水を発生させ、発熱魔法でその水を直接加熱し沸騰させる。すぐに水はふつふつと煮立ってきた。そこへ輪切りにしたニンジンとジャガイモを投入し、軟らかくなるまで茹でる。
先にこっちをやっておいて茹で上がるまでの待ち時間に食パンの準備をしておけばよかったと反省しながら鍋の中で野菜が踊るのを眺める。ジャガイモは比較的ぶ厚めに切ったためか動きはゆっくりだが、薄めに切ったニンジンは面白いように鍋の底と水面の間を行ったり来たりしている。意味はないのについ見入ってしまう。ふと顔を上げると弟達も同様に鍋の中を眺めていた。
揃って無言で鍋の中を眺める、おかしな三姉弟の姿がそこにはあった。
「そろそろいいかしら」
茹で上がったであろうニンジンとジャガイモをそれぞれ一つ、物体操作魔法で熱湯から取り出し、フーフーして冷ましてから口に入れる。
両方問題ない茹で上がりだった。ジャガイモは中まで柔らかくなって私好みだった。ニンジンに関しては茹で加減にこだわりは特にないので食べられる時点で合格とする。
茹で上がったジャガイモとニンジンを三等分して3枚の食パンとチーズの間に転送する。茹でたての野菜の熱のお蔭でチーズは勝手に融けはじめる。
「あ」
チーズの融ける光景に食欲をそそられながらも私はあることを思い出す。
「パン焼くの忘れてた」
そう。私はパンをトーストせずにそのまま具材をのっけてしまったのだ。まったく迂闊だった。
ちなみにもう分かってると思うが私けど、この時作ったのはピザトーストだ。別にピザトーストのパンがトーストでないと命に係わるということは絶対にない。しかしピザトーストを作ると決心した以上、私は具材をのっけているそのパンがトーストでないということは許せないのだ。
私は具材の乗った状態のままピザトーストを空中に浮遊させ、発火魔法を使ってチーズの上からパンをトーストする。結果、チーズに焼き色がついてかえっておいしそうになった。
「案外後からトーストした方がいいのかもしれないわね」
自分で自分をフォローしながら、さすがに夕食にパン一枚というのは少なすぎるのでもう一品用意する。
亜空間に貯蔵してある牛肉を一口大ずつ転送し、フライパンの上に広げる。丁度いい量になったところでコショウをふりかけ、セロリとタマネギをバラバラに切断し、肉の中に投入する。その上からソースを適量注いで、加熱魔法で今度はフライパンを加熱する。フライ返しで中をかき混ぜつつ肉の色が変わり、野菜に火が通るのを待つ。
もちろんフライパンもフライ返しも物体操作で浮かせているのでさっきから私は腕力を少しも使っていない。実に効率的な仕事だ。
15分ほど炒めてからそれぞれの皿に移す。手間を省略するなら全部一気に大皿に移すという手もあったけど、そうすると弟達は間違いなくお肉ばっかりで野菜を食べないだろうからやめた。そういう気遣いができるところも含めて私は「万能の魔術師」なのだ。
「さあできたわよ。席に…もう座ってるのね」
弟達は私の向かいの席に既に並んで座っていた。弟達は私が料理をしてる最中ずっと私を見てた。厳密には見られていたのは私じゃなくて作られてる料理の方だったわけだけど。
そう言えば私も小さかった頃よくママが料理してるのを釘付けになって見てた覚えがある。
料理って一度興味を持ってしまうとつい見入ってしまう。途中ふと何でこんなものを見ているのだろうと冷静になることもあるけど何だかんだで完成するまで見ていたくなってしまう。
いや、見ていたくなるというよりは、見るのを止めたくないというただの惰性なのかもしれないわね。
「じゃあ食べるわよ」
ピザトーストは手で食べるので、肉と野菜のソース炒め(以下、ソース炒め)を食べるときに使うフォークだけ出して私も席につく。それを合図に食事が始める。
まずピザトーストにかじりつく。下の歯はトーストされて硬くなった食パンを「サクッ」という快音を立てて割り、上の歯はチーズとジャガイモの柔らかい感触を伝える。
ケチャップの酸味がマヨネーズによって緩和されて私の舌の上にじんわりと広がるのを味わいながら、ニンジンが自己主張として放った控えめな甘さを感じる。
「うん。おいしい」
「これはいつ食べてもうまいな」「明日の朝もこれがいい」
そう、実はこの料理は私がよくやる得意料理。弟達の高評価も想定内だった。問題は次だ。
私よりも早くピザトーストを間食した弟達は同時にフォークを手に取り、皿に入ったソース炒めの皿を目の前に引き寄せる。
まず最初にフォークで突き刺したのはやはりお肉。続いてお肉、肉、肉、肉、肉、肉…。このままお肉ばっかり食べるのではないかという疑惑が浮上したので私は早めに手を打つ。
「二人とも。ちゃんと野菜も食べなさいよ」
「「ん」」
二人は咀嚼しながら一度頷き、お肉を一つ口に入れてからあめ色になったタマネギをフォークで一掬いして口に入れる。
口に入った物を飲み込んでからお肉と今度はセロリを一緒に口に入れる。数回噛んでから飲み込んで二人は口を開く。
「この料理うまい」「野菜食える」
「そう。よかったわ」
この子達が喜ぶ料理のレパートリーが一つ増えた。別に弟達が食べられるものしか作らないといけないというわけじゃないんだけど、やはり作るなら食べておいしいと言われるものの方がいい。
そこから私も弟達も黙々と食事を続けた。ソース炒めは弟達の言っていた通り、おいしかった。
それから私は弟達より少し遅れて食べ終わり、歯を磨いてお風呂に入った。
ドーム型の防御壁を逆さまに出して、そこへお湯を注ぐといった単純な造りだ。周囲には念のために視界を遮る防御壁を張っておく。弟達に入浴を見られるのは別に何ともないけど、偶然通りかかった見ず知らずの人間に見られるのは嫌だったからだ。
今日一日かいた嫌な汗を綺麗に洗い流してから湯につかる。弟達は食べ終わるとすぐにお風呂に入ったので私と入れ替わりだった。なのでゆっくりくつろげる。私は一人の湯船の中で脚を伸ばして肩まで浸かる。
しばし沈思黙考。今日の私の行動を振り返る。何がいけなかったかを考える。
元はと言えばこの島に流れ着いたことがいけなかった。でもエレツ以外の島に流れ付けたこと自体が奇跡みたいなものだから前提条件としてそれは覆せない。
ならばこの国で生きていくためにまず人がいるところを目指した。この考えに問題は無かったか。
ない。私は万能の魔術師とはいえ全知全能じゃない。たった一人で自給自足は無理だ。
では次に、仁さんに話を聞こうとしたこと。あの行動は軽率ではなかったか。他にもっといい選択は無かったか。
ない。あの時他に人の存在は確認できなかった。かなり見晴らしがいい上に人の動きが活発になる昼だった。ということはあの時声を掛けていなければ次に誰か来るまでかなり待つことになってたはずだ。
役人の指示に従って大人しく取り調べを受けた。あの時断るべきだったのだろうか。いや、それは私基準の正義にも反することだ。疑いを掛けられた時点でそれを解く努力をしなければ、相手の疑いを肯定しているのと同じなのだから。
となるとやはり、問題だったのは牢に入れられそうになった時に抵抗したことか。あの時抵抗せずに大人しく入っていれば囚人に話し掛けられて脱獄させることもなかったはずだ。
いや、しかしだとすれば私は何も悪いことをしてないのに不当にこの国に拘束されることになる。それは絶対に間違っている。
「…よし。私は何も悪くない」
私はのぼせそうになったので立ち上がって体を外気にさらす。上がり過ぎた体温が引いていき、私の思考も纏まる。
私は何も道から外れたことはしていない。にも拘らず私はこの国の、外からの侵入者を拒むという勝手な方針のために不当な扱いを受けた。確かに囚人を逃がしたのは失敗だった。でもその後始末として火事も止めたし囚人も全部元通り捕まえた。
一度くらい、やり直すチャンスはあってもいいはずだ。だから私は改めて決めた。あの城へ、この国の王の居城へ赴き事情を説明してこの国に住まう許しを得ようと。
意思も固まってやることも決まった。
私は魔法で体に付いた水分を飛ばして湯船を片付け、寝間着を着て明日の朝に備えるべく寝支度を始めたのだった。




