第1章 第後話 前編 悔恨の鬼 ⑪
3日目の夜から飛んで2週間くらい後の朝、例によって眠りもせずに布団にくるまっていたあたしは、これまた例によって潮音が動き出すのを合図に布団から出る。
なぜ3日目から今日までの出来事を省くのか疑問に思われるかもしれないけど、理由は単純。1日目から3日目までに起こったことと同じようなことが繰り返されたからだ。起きて料理をして外に出て、帰ってきたら夕飯を作って寝る。そしてその合間合間に潮音に下らない駄洒落を言われるという毎日。多分全部を語ると余裕で夜が明ける。
「ふぁ…おはよー潮離」
「おはよう…」
潮音の寝起きを目にするのは何度目になるか分からないけど、どうやら潮音は本当に眠っているようだ。そのことがあたしには不思議で仕方なかった。
「潮音。お前は毎日眠ってるようだけど、それどうしてるんだ?」
「どうって…そうだなあ、こればっかりは口では説明しにくいかな」
首をひねって潮音はそう言う。しかし説明しにくいとはいえ説明が可能だということだ。生まれつきできたわけではないということのようだ。
物の怪が眠る必要が無いというのは周知のことだが、眠れないというわけではない。現に今のあたしも潮音も眠れている。まあ、その眠りが人間のものと同じかどうかまでは分からない。答え合わせのしようがないからだ。
「というわけで今日は子供たちと遊びに行こう!」
「え?何?何が『というわけで』なのだ?」
あたしの口調も乱れる。決して潮音の言葉を聞き逃したというわけではない。ちゃんと潮音の言葉は一字一句逃さず聞いていた。その上で「というわけで」の前後が全く繋がってないのだ。
「この近くに神社があって、そこは子供の溜まり場になってるの。今日はそこに行ってみよう」
「うん、行くのはいいんだけどせめてそれが眠ることと何の関係があるのか教えてくれ」
「あれ?説明なんて必要かな?」
またしても首をひねる潮音。あたしを馬鹿にしてるんだろうか。いや、ノラちゃん曰く「馬鹿にはしないわ。なるとすればそれはその人が馬鹿になるだけのこと」らしいけど。
「説明しろ。さもないと俺は今日一日留守番するぞ」
「はいはいごめんって。冗談だよ。…神社には子供がいるんだけど、中には弟とか妹とかのおもりをしないといけない子もいるんだよ」
言いつつ潮音は布団を持ち上げる。それに倣ってあたしも自分の布団を持ち上げ、二人揃って外の物干し竿に向かう。
「で、やんちゃな子はその子供のおもりをおままごとしてる女の子とかに任せてチャンバラごっことかするんだよ」
「ああ、それで?」
「たまに男の子は女の子のおままごとに巻き込まれたりするんだよ」
「うん」
あたし達は揃って外に出る。前方からの朝日が二人を照らす。
物干し竿はいつもの場所に掛かっている。
「その時夫婦役になった子のことを意識したりして、大きくなってそれが恋心に発展したりとかしたら…いいよね!」
「いや知らんがな」
またしてもあたしの口調は乱れる。しかし本当に何の話なんだろうか。そういう色恋譚に興味ないと言えば噓だけど、しかし自分には縁のない話だ。
「『知らんがな』って潮離ったらもー」
両頬を両手で押さえて照れるような仕草をする潮音。もう布団は物干しに掛かっている。
謎の仕草を繰り出した潮音の脇を抜けてあたしも自分の布団を干す。
「ちょっと!『知らんがな』のどこに照れてるんだお前は!っていうツッコミはないの?」
「ツッコミを入れること自体はやぶさかじゃない。しかしなんでそんなに具体的に指定されないといけないんだ」
「その方が今後のツッコミの勉強になると思って」
「いらん心配だ。そんなことより何で寝ることを学ぶために子供と遊ぶのか、手短でいいから説明を、いや、どうか手短に説明してくれ」
「分かったよ。もー潮離はせっかちだなあ」
言いながら潮音は差し込み始めた朝日を背に受けながら家に向かって歩き出す。
一つ大きく伸びをし、息を吸いこんで潮音は話し始める。
「おもりが必要な子供っていうのは小さい子供なの。つまり昼寝をするものなのよ。その子供の寝てるところを観察すればきっと寝方も分かるってこと」
なるほど、言葉では説明しにくいから実際に見ればいいということか。
いや、でもそれなら
「潮音が俺の前で寝ればいいんじゃないのか?」
そう、それで済むはずなのだ。わざわざ子供の溜まり場なんかに行くまでもなく。
しかし
「え、いや、それはさすがに恥ずかしいよ。…寝顔なんて…」
だそうだ。何が恥ずかしいんだか。
「そうか。なら子供の寝顔を見ることにする」
しかしよく考えてみれば潮音はついさっきまで寝ていたんだ。普通に考えて寝るのに向いてる体調とは言えない。
あたし達は朝食を手早く済ませて、出発の準備をする。ちなみにこの時すでにあたしは料理の半分を手伝うようになっていた。まああたしほどの才覚の持ち主ならば当たり前と言えばそうなんだけど、しかし中々の成長の速さだ。
さて、件の神社に到着したのは朝の十時少し過ぎ。その時間帯に既に神社には子供が2,3人ほどいた。
「あ、いるいる。おーいみんなー潮音お姉さんが来たよー!」
潮音が両手を上げて子供たちの方へ駆けていく。
「あ、潮音お姉ちゃん!」
その場にいた子供達が一斉に潮音を見る。そして
「みんなー潮音お姉ちゃんだよー!」
嬉しそうに叫ぶ。するとわらわらと、神社の境内や近くの茂みや、あたしから死角になっていたあらゆる場所から次々に子供が出てくる。
下は赤ん坊から、上は11歳くらいまでの子供が集合する。
「潮音お姉ちゃんあそぼー」
「おままごとしてー」
「今かくれんぼしてるの!一緒にしよ」
「いや、おれたちとチャンバラー!」
大人気である。これでもかという程の数の子供が潮音を取り囲む。そんな中、
「あっちの人は?お姉ちゃんのきょうだい?」
潮音を中心とした円から少し離れたところにいた女の子があたしを指差してそう言った。
8歳くらいの女の子で、赤ん坊を背負って、右手を弟と思しき3歳くらいの男の子と繋いでいる。
「うん。あたしの妹。潮離っていうんだ。みんな仲良くしてあげてね。…そうだ、誰か潮離と一緒におままごとしてあげてくれない?」
「うん。いいよ」
潮音を取り囲んでいた子供の円から6人の女の子が離脱してこちらに向かってくる。
さっきあたしを指差してた女の子もいる。他の女の子はみんな5歳から7歳あたりのように見えた。
「え、と俺はどうしたら…」
早速どうしたらいいか分からず潮音に助けを求める。
「まずは自己紹介でもしてあげて。あとはその子たちに任せればいいから」
「そうか。分かった。…潮離だ。よろしく。潮音の妹だ。…よろしく」
名前と潮音との関係以外の一切を明かさないという簡単な自己紹介をしたあたし。そんなあたしの手と服の裾を子供たちは掴んで
「こっちきて」
「おままごと。あっちでするの」
「お姉ちゃんはお父さん役」
「お母さんはお家で待ってるよ」
「今お家でお料理して」
「坊やはいい子でねんころりなの」
あたしは子供の波に流され、神社の境内に連れていかれる。
そのさなか、ちらっと後ろを振り返ると潮音の方も話がまとまったらしく、残りの子供全部を引き連れて移動を開始していた。
もう潮音からの助け舟は来ないということだ。あたしは腹をくくった。
「お母さーんお父さん帰ったよー!」
「お父さん役見つかったの?…どちらさん?」
神社の境内には一人の少女。14歳くらいの女の子が境内の階段の隅に座っていた。彼女は背中に赤ん坊、両手に2歳くらいの子を一人ずつ抱えていた。3人とも眠ってる。
「あ、俺の名前は潮離という。潮音の妹だ」
「私は桜です。よろしく。…で、お父さん役引き受けてくれるんですか?」
「ああ。…でも、具体的に何すればいいんだ?」
「まあこっちに来て座って下さい。話はそれからです」
桜の言葉から、隣に座ればいいと判断したあたしは桜の隣に座る。何というかこの桜という子は年頃の女の子であるというのも理由としてあるのだろうが、妙に落ち着いた、淡々とした口調で話す子だ。
「お帰りなさい。あなた」
「…ああ、えっとただいま」
突然投げられたその言葉にあたしは数秒遅れて返事をする。「あなた」とはあたしのことだとすぐには気付けなかったのだ。
「夕飯にする?お食事にする?それともご・は・ん?」
「全部腹ごしらえじゃないか」
「桐、鈴。お父さんはごはんだって」
「へい大将!」
「合点だ!」
桐、鈴、と呼ばれた女の子たちはそれぞれ張り切って草むらの方へ駆けて行った。
どうやらお母さんが作るわけではないようだ。それにしても大将とか合点だとかって、あの子達は絶対何かを間違えてる。
「さて、邪魔者がいなくなったところで晩酌でもしましょうか」
「何で邪魔者に俺の料理を作らせたんだ」
「早苗、雪、楓。直ちに晩酌の用意を」
「はっ。ここに」
明らかに召使ではない体勢、片膝を立てた体勢で3人の女の子は手に持った葉っぱをあたしに差し出す。
それを受け取ったはいいがどうしたらいいか分からず、手の平の上に載った3枚の葉っぱを見てあたしは呆然としていた。そこへ桜が一言。
「ふりでいいですから飲んでください」
あたしはそれに従い飲むふりをする。
「おいしかったでござるか?」
未だにあたしの前に跪いた3人の女の子の一人が妙な口調であたしに問いかける。一応おいしかったと答えてはおいたものの、やはりこの子達は絶対何かを間違えてる。
「どいたどいた!」
「お料理のお通りだよ!」
さっき草むらの方へ駆けて行った2人が戻ってきた。手にはそれぞれ葉っぱとか枝とか木の実とかが載ってる。
「ご苦労様。さあお父さん。夕飯の支度が出来ましたよ。召し上がれ」
「ああ、いただきます」
今回もあたしは食べるふりをする。
よく見てみれば、2人が拾ってきた種々雑多の葉っぱ類は、適当に並べられていると思いきや案外綺麗に盛り付けられていた。そのことに感動しつつあたしは脇に食べたふりえおし終えた「ごはん」を置く。
「おいしかった。お腹いっぱいだ。ありがとう」
「礼ならお母さんに言っとくれ」
「作ったのはお母さんでやがんでい」
この2人の役回りが新たに謎に包まれたが、2人がこう言ってるのであたしは桜の方を向いてお礼を言う。
「喜んでもらえたようで何よりです。お母さんは今お休みなのでお目覚めになったら伝えておきますね」
「ああ、頼む。…っていや待て。じゃあお前は誰だ」
どうやら桜は、お母さんじゃなかったみたいだ。




