第1章 第1話 悲哀の姑獲鳥 ⑥
要さんの旦那さん(うかつにも彼の名前を聞きそびれた僕はしばらく彼のことをこう呼ぶこととなる。)とノラを残し、少し離れたところに双子を連れ出す。
二人は間に鏡でもあるのかと思うほどピッタリと息の合った歩き方でついてくる。
「お前たちの捕ってきた片輪車の件なんだが、」
「あれはすまなかった。」「何なら今からもう一回行ってきてもいいけど。」
「違う。そうじゃない。」
どうやら二人はまだ勘違いをしているようだ。
「いっぱいいればいいってもんじゃないんだ。」
「でも働かせるんだろ?」「いっぱいいたほうがいいじゃん。」
「それがそうもいかないんだよ。全員に報酬が必要なわけだし。」
「必要なのか?」「弱者は強者に従うんだろ?」
なんだその肉体派丸出しの理論は。
「それだと片輪車が逃げたり手抜いたりするかもしれないだろ?」
「だったら見張ってりゃいいじゃん。」「サボってたらぶん殴る。」
「五十二体全部をか?」
現実的にそんなことは不可能だ。ましてや百体なんてもってのほかだ。
「姉ちゃんの魔法。」「そう、あれ万能。」
二人はしたり顔でそう答える。虎の威を借る狐、いや、虎の威を借る獅子か。
「それも無理だ。確かに魔法で全員を監視することはできるが、サボってるかどうかを決めるのは結局僕たち人間だからな。」
「じゃあ無理じゃん。」「姉ちゃんで無理なら絶対無理。」
「だからさっきからそう言ってるだろ。」
ようやく伝わったようだ。ここまで長かった。
「そういうわけだから今度からは限度に気を付けてな。」
結局のところ言いたかったのはこの一文なのだが、さて、どうしたものか・・・。
「どうしたんだアーサー?」「悩みすぎると禿げるぞ。」
「誰のせいだと思ってるんだ・・・。捕ってきた片輪車全部を有効活用するにはどうしたらいいかを今考えてるんだ。あれを全部動員できるほどまだ仕事がないんだよ。」
「だったら休ませたら?」「当番でやればいいじゃん。」
「あ。」
その通りだ。よく考えたら全員を一度に使う必要なんてどこにもない。
「「?」」
「あ、ああ、そうだな。分かってる。分かってたよ。」
僕はここでもまた虚勢を張る。この二人に自分達の方が頭がいいのではないかという幻想を一瞬でも抱かせてはいけない。調子に乗られると厄介だ。
「じゃあ戻るぞ。そろそろ落ち着いた頃だろ。」
そういって僕は足早にその場を去る。二人は別段僕を追及することもなく何も言わずに僕の後ろについてきた。
さて、要さんの旦那さんとノラが待つ場所へ戻った僕だが、その光景を目にして僕はまたしても絶句した。
「実は私は以前城に衛兵として仕えてまして、その時に山や野で生き抜く術を学んだんです。」
「衛兵?ということは城の造りに詳しいんですか?」
「いえ、城の内部のことは全く。私の持ち場は主に外だったので。」
「そうですか・・・。ところで要さんとはいつ出会ったんですか?衛兵をされていてはなかなかそういった出会いも無いんじゃないですか?」
「ええ、実は要とは家が近くで子供の時からの仲でして・・・。」
「幼馴染ですか。いいですね。そういうのも。」
いや、打ち解けすぎだろ。亡くなった奥さんの話を普通にしているところから察するにかなり打ち解けてるぞこの二人。
最初はノラが有力な情報を引き出すために話していたように見えなくもなかったが、後半は本当にただの色恋譚だろ。
「あの、お待たせしました。」
二人の会話が弾んできたところに水を差すのは心苦しいが、問題の解決が先決だ。
ノラはつららのような冷たく鋭い視線を僕に向けるが僕は気にしない。
対して要さんの旦那さんは立ち上がり、真剣まなざしで僕を見つめ、
「私は盛岡辰正と申します。妻の要がご迷惑をおかけしたこと、代わってお詫び申し上げます。」
そう言って深々と頭を下げた。
「いや、そんな、頭を上げてください。」
「そうですよ。辰正さんも要さんも悪くないです。強いて悪いとすればそれは運ですから。」
「本当に、申し訳ない。それで今妻はどこに。」
「え?」
僕はノラを見る。ノラは今度は僕を睨むことなく露骨に目をそらす。
「ノラ、話してなかったのか。」
「だ、だって雑談につい花を咲かせちゃって・・・。てゆーかそもそもあんたが帰ってくるのが早すぎるのが悪いのよ!」
「何で僕のせいだ!悪いのは明らかにお前だろ!」
「私は悪くありません。強いて悪いとすればそれは運ですから。」
「引用するな。さっき僕が感心したそのセリフを引用するな。さっきのお前の価値が下がるだろ。」
「何よそれ、じゃああんたは尊敬している人が訓戒垂れた後に軽口叩いたらその訓戒さえも軽口とみなすってこと?そんなの、最低だと思うけど。」
「うーん、そう言われるとあれなんだが・・・。って、待て。言ったそばから雑談に花を咲かせるな。」
過ちを繰り返すんじゃない。なるほど、こうやって辰正さんとも雑談に花を咲かせたのか。
しかし閑話休題。
「失礼しました辰正さん。奥さんのことについて僕の方から説明します。」
「はい。お願いします。」
「彼女は今、ノラの魔法で亜空間に転送されています。その中では時間の流れは止まるので彼女はまだ僕を殺そうという意志とそのための運動エネルギーを持ったままです。ここまでは分かりますか?」
「あ、はい、なんとか。・・・つまり妻は危険な状態ですが時間的猶予は多分にある。ということですよね。」
一度頷いて、今度はノラが話し始める。
「そうです。さっき言った運動エネルギーは彼女を上下逆に転送すれば解決できます。でも、彼女の意志は私達にはどうしようもできません。そこで、辰正さんにお願いしたいんです。」
「妻を説得すればいいんですね。」
「少し、違うと思います。」
今度は僕が口を開く。
「彼女はあなたに会って謝りたいと言ってました。だから説得までしなくても、ただあなたの存在を認識させれば望みはあるかと。」
「分かりました。協力させてもらいます。」
彼はすぐに了承してくれた。簡単な決断ではなかったはずなのに、間髪入れずに彼はそう答えた。
彼は分かっているのだろうか。要さんを成仏させるということが彼に残された唯一の『妻ともう一度共に過ごす可能性』を排除することに等しいということを。
だが、彼がやると言った以上僕たちはやらせてもらう。失敗は許されない。




