第1勝 番外編4 復活の波斗原
今回の番外編は第1章と第2章の架け橋的なお話です。
多分あと一つくらい投稿すると思います。
これは、とある島国でのお話である。
この物語に登場する人物は4人。
現波斗原国王、封雷。その妻、しずれ。在波斗原エレツ大使、自称「その右手に無限を宿す者」オスカー・テンペスト。同じく、自称「その左手に虚無を宿す者」パティ・テンペスト。
時刻は逢魔が時。しずれの発したある一言がきっかけとなり、事件は始まる。
「ご主人様。家族会議を始めます。」
メイド服を纏った彼女の言う「ご主人様」とは彼女の夫、封雷のことである。
「家族…会議?」
妻とは対照的にTシャツにGパンという簡素な衣服に身を包んだ封雷は彼女の言葉を復唱する。
封雷はその言葉が理解できなかったわけではなかった。むしろ封雷はその言葉の意味を理解したからこそ聞き返したのだ。
「そうです。家族会議です。お時間よろしいでしょうか。」
「ああ、時間は大丈夫なんだが…。家族会議というのは俺とサシで話し合うということか?」
しずれは何も言わず、そして表情を一切崩すこともなくその場で直立不動としている。
それだけで封雷は彼女が何を考えているのか敏感に察し自分の推測が外れたことに気付く。
「違うのか。…まさかとは思うが、あの二人のことを家族と勘定してるのではあるまいな?」
「オスカーちゃんとパティちゃんはうちの子です。」
「そうか。」
封雷は自分の額を片手で押さえ、しばし瞑目する。彼はしずれがあの二人のことを可愛がっていることには気付いていた。しかしここまでとは思っていなかったようだ。
彼の脳裏にアーサーの言葉がよぎる。
「『あの二人は君達のことが大好き』か。」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない。お前が聞けば失神しかねんからな。」
しずれは封雷の言葉を特に追及するでもなく踵を返し、では失礼しますと言い残して封雷の部屋を後にする。
数分後に戻ってきたしずれは黒ズボンに黒コートのオスカーと白衣のパティを連れていた。
「さあご主人様、会議を始めます。」
「まさか本気だったとはな…しかし一体何についての会議なんだ?この間の襲撃の件は既に片付いたはずだ。」
「ええ、ですから今回は別件です。まあ、まるきり無関係というわけでもないのですが。」
そう言いつつしずれはてきぱきと畳の上に座布団を四枚並べる。
「さあ三人とも。座って下さい。これからの家族の在り方について、とことんまで話し合いましょう。」
「しずれ、俺は構わんが二人には詳しく説明してやった方がいいんじゃないのか?」
「フッ。殿よ。お気遣い感謝する。しかしここから先の展開は既に予測済み。説明はもう必要ない。」
「そうか。」
封雷はオスカーの口にした「もう」という部分から、既にある程度しずれから説明を受けていたことを察したが口には出さなかった。
「ククッ。しかし我らを伴っての会議とは。殿も奥方も世の終末、ジャッジメントデイをそう遠からず感じていたということか。」
パティはそう言いつつ正方形の四隅に配置された座布団のうちの一枚の上に座る。その隣にオスカーが座り、向かい合うようにして封雷としずれも座る。
「さて、しずれよ。お前の始めた会議だ。お前が取り仕切るといい。」
「はい。そうさせていただきます。…まず、先日の襲撃の件ですが、二人にはまだ言ってませんでしたね。あれは平和裏に何事もなく収束しました。」
「フッ。つまり、ジャッジメントデイはまたしても未然に防がれたと?」
オスカーは右手を顔の前にかざし、謎なまでに誇らしげな顔でそう尋ねる。
「その通りです。私達の手によって。」
実際、しずれはジャッジメントデイが何なのかは知らなかった。オスカーの一番喜びそうな返答ということでこの返答を選んだ。
「ククッ。平和裏にとは言うが、にわかには信じがたい。やつらが何も求めないというのは、やつらの襲撃に動機が無かったということになりま、なる。そんなはずは無いと、私は推測する。」
パティもまた左手を顔の前にかざし、兄同様謎なまでに誇らしげな顔でそう言う。
「それに関してはご主人様から伺うのがよいかと。実際にあのゴミ共、失礼、あの方達と交渉をしたのはご主人様ですから。」
封雷だけでなくその場にいた全員がしずれの言い間違いに不穏なものを感じたが誰も何も言わなかった。あるいは、言えなかった。
「アーサー達の狙いはこの国ではなく、お前達の故郷でもあるエレツだ。」
「!?」
「エレツを?」
オスカーとパティはともに目を見開き、本心から驚く。
「そうだ。そのためにあいつらはこの国を利用する気らしい。個人で挑んでも絶対勝てないから国を後ろ盾にしようという気らしい。」
「ククッ。なるほど。それで波斗原の国力増強という共通の目的のために手を組んだと。」
「フッ。しかし殿。そのことをエレツからの目付け役である我らに話してよかったのか?」
「ああ。構わん。お前達はアーサーとともに旅立ってもらうからな。」
「え!?」
封雷の言葉にいち早く驚嘆の声を上げたのはオスカーでもパティでもなかった。しずれだった。
「待って下さい。そんな話聞いていません。」
一度崩れたしずれの表情はすぐにいつもの表情に戻るが、その語気には明らかに力が入っている。
「ああ、言えばお前はそうやって取り乱すと思ってな。」
対する封雷は泰然としている。
「そんな、あんまりです。今すぐ考え直してください。」
「何度考えても答えは同じだ。」
しずれは90度向きを変え、すぐ隣に座る封雷を見据える。
「エレツには魔物という生物が多数生息していると聞きます。そんな危険地帯にこの子達を送り出すだなんてご主人様は何を考えているんですか?」
「お前も俺も外の世界については噂程度の知識しかない。その俺達に決定権はない。」
「では誰にあると?」
封雷は答えなかった。しかし、しずれは彼の視線から推し量った。誰に決定権があるのかということを。
「二人はまだ子供です。」
「とうに人の寿命は超えた年だ。」
「それでもそんな大事な決断をこの子達だけにさせるのは」
しずれは途中で言葉を切り、兄妹の方へと向き直る。
「私はあなた達のことがとても大切なんです。だから行って欲しくない。守れる限りあなた達を守りたいと考えてます。」
「…奥方。気持ちはありがたい。しかし俺とパティは故郷の両親に認められたからこそここにいる。心配は無用。」
「おに、兄者の言う通り、我らは選ばれし者達。懸念は無用。」
二人は頼もしくもそう答える。虚勢などではない本心から言えることだった。
「二人もこう言ってることだ。なにも今生の別れというわけじゃない。」
「でも私は二人を、大切な人を自分の手の届かないところに放っておくなんてできません。」
しずれは譲らなかった。しかし封雷も譲るわけにはいかなかった。二人をエレツへ行かせるのは決定事項。覆すわけにはいかない。
四人のいる部屋を沈黙が満たし始める。沈黙がこのまま永久に取り除くことができなくなるのかと思われたその時
「奥方。私に一つ、考えというか妥協案というかがある。」
パティが沈黙を溶かすように声を出した。
「我らがエレツに行くという結果は既に定められた運命。我らは行く。奥方が納得できる条件付きで———」
翌日
城の中では昨日の悶着が嘘のように平和な日常が送られていた。
「おはようございます。オスカー。」
「おはようございます。奥方。」
いつも通りの無表情で顔を固めたしずれと寝起きのためか中二病成分が少なめのオスカー。
「違いますよ。オスカー。」
しずれはオスカーにある指摘をする。
オスカーは一度ハッとした顔をして照れくさそうにしながら
「おはようございます。…おか、あさん。」
「最後の方聞き取れなかったのでもう一度お願いします。」
実際オスカーの語尾は消え入るように発音されはっきりとは聞き取れなかった。それをオスカーも分かっているためか、オスカーの抗議は視線だけで行われた。
もちろん黙殺された。
「おはようございます。……お母さん。」
「はい。おはようございます。」
そんな二人のやり取りを見守る者が二人。
「お前のお蔭でしずれを説得することができた。結果ああなってしまったわけだが、及第点以上だろ。苦労を掛けてすまなかったな。」
「いえ、私達自身、嬉しかったです。お母さんに行かないでって言われた時。」
パティがしずれに提示した条件、それは一年に一回二人が波斗原に帰り、一か月に一回何らかの形で顔の見える方法で話すこと。
最初はその条件でもしずれは了承しかねていた。そこでしずれは自らもう一つ条件を提示した。それは
「『私のことを奥方ではなくお母さんと呼んでください』もうどうしよもなくあいつの願望だよな。」
溜め息交じりに封雷は呟く。
「私は嬉しかったですよ。本当にお母さんみたいに私達に接してくれてましたから。」
「…ところで、パティよ。お前いつもと話し方違ってはいないか?」
「ああ、えーと、何といいますか、私が左手に虚無を宿すには兄の波動が必要というわけでして…。」
「分かった。もう何も言うな。オスカーには言わないでおいてやるから。」
パティはばつ悪そうに頬を搔く。
「とにかく、感謝する。しずれにも笑顔が戻ったことだしな。」
「笑顔…?」
パティはしずれに目をやったがいつもの無表情との違いを彼女はすぐには見いだせなかった。
言われてみれば僅かに口角が上がってるようにも見える。しかし錯覚だと言われれば信じてしまいそうな程度のものだった。
「そして、帰ってきたときには必ず、歓迎する。いつでも帰ってこい。」
「あ、はい。あの、殿のことはやはり『お父さん』って呼んだ方がいいんでしょうか?」
封雷は予想外の言葉に一度自分が発するべき言葉を見失ったが、すぐにこう答えた。
「お前は運がいい。自分で選んでいいぞ。これまで通り殿と呼ぶか、お父さんと呼ぶか。」
封雷は澄ました顔でそう言ったが、パティは今度は確かにその顔が嬉しそうな顔であることに気付けた。
そんなわけで壮絶なる波斗原の家族は始まる。




