第1章 第5話 終焉の魔王⑩
「なあノラ。説得の前に聞きたいんだけど。ノラ達が今まで協力してくれたのは魔王を倒すためなんだよな。」
魔王、つまり自分達が一度敗れた仇敵を倒すため。
「そうよ。だから魔王を倒せた今、目標は半分どころか八割以上達成できたわけ。あの女だけを倒すなら日を改めてもう一度行けば確実に勝てるし。」
「そうだな。体力が回復、いや、超回復したお前達ならできるだろうな。でもそれじゃだめだ。それだと僕の計画に多大なる支障がもたらされる。」
「そう。でもそんなことは今の私には関係ない。」
「この計画がうまくいかないと被害が及ぶのは僕だけじゃない。巻き込んできた人全員に被害が及ぶ。」
「そうね。でもそれも私には関係ないわ。だって私はこの国の住人じゃないから、居辛くなったら逃げればいい。」
「そんな自分勝手が」
許されるわけがない。
僕はその言葉を吐き出すのに躊躇してしまう。だってこの戦い自体、どうしようもなく僕の自分勝手じゃないか。
辰正さんと要さんを再開させたのも、潮離を生き返らせたのも、慎瑞を正気に戻したのも、母さんに救われたのも、ぬらりひょんと取引したのも、ゴーレムを作ったのも、籠村を襲ったのも、全部僕の自分勝手だ。
そんな僕を棚に上げて彼女をそんな風に言えるわけがない。
「いや、その通りだノラ。お前達がこれ以上僕に協力したところで何の得もない。共同戦線はここで解消したいならそうしてくれてもいい。」
ノラは初めから、自分のことを語ろうとしない僕に不信感を抱いていた。僕のことを、信じてなどいなかった。
だからもうここで全部話してしまおう。洗いざらい打ち明けてしまおう。
「でも僕は、この戦いが終わったら君の故郷でもあるエレツを侵略する。そしてそこにある記録や情報を片っ端から調べる。僕の知識の穴を埋めるために。」
「穴?」
「ああ、穴だ。僕はこの世界の地理を全て把握している。でも一か所だけ、地図にインクが落とされたみたいに、抜け落ちて真っ黒になってるところがあるんだ。」
僕の知識の正体を知る鍵があるとすれば、そこにあるような気がする。やるなと言われればやりたくなる。その精神を逆手に取ったように、隠されているその場所に。
「あんたはそこに行きたいがためにわざわざ私達を巻き込んだっていうの?」
ノラは不満げな視線を僕に向ける。
「だからもう説得は諦めるよ。だから…どうかお願いします。僕に力を貸してください。」
いつ以来かの土下座を僕はノラに捧げる。
「返してくれるんでしょうね?その貸した力は。」
「それは…もちろん。」
「本当に?」
「当てはないけど、何とか返済する。」
「借金みたいに言わないで。返しきるまで絶対に私の前から逃げないこと。約束するならいいわ。」
「約束する。」
ノラの視線に視線で答え、僕はそう誓った。
というか、逃げようとしても逃げられる気がしない。
「いいわ。ならやってあげる。吹雪がやんでないあたり多分あいつはまだいるだろうし。」
「そうだな。でも、逃げてないんだとしたらあいつは何をやってるんだと思う?」
「分からないけど、どうあっても自分の手で私達を殺したいんじゃない?」
「待て。だとしたらシニステルとデキステルが危ない!」
「大丈夫よ。あの女が作る刃物くらいの大きさならあの子たちは死なないわ。今超回復がフルパワーで発動してるはずだから。」
「でも氷漬けにされるとさすがにヤバいんじゃないのか?」
「まあ生命活動は停止するけど死にはしないわよ。」
「生命活動が止まることと死ぬことはどう違うんだ?」
「生き返るチャンスがあるかどうか。」
ないと思うんだけどな。どっちも。
「でもさすがに首を切断されたりとかすると魔法使わないと直せないから急いだ方がいいわね。」
魔法で直せるから首を切断されてもいいとも取れるその発言に僕は少なからず異議を唱えるべきだったのだろうが、そうすると今度こそ洒落にならない度合いで雑談に花を咲かせてしまうことになることになるだろうからやめた。
「加熱。」
呟いた直後吹雪が雪ごと消える。そして妃の姿があらわになる。案の定双子を狙っていたのか彼女の足元には氷に覆われた双子がいた。
「あの女…。」
一度不機嫌そうにそう呟いてノラは杖を妃に向ける。
妃はノラの加熱魔法によって一度蒸発させられた水分を再び凍らせ、武器を作ろうとするが時すでに遅し。妃の目の前には魔法陣が出現し、
「爆撃!」
爆ぜる。爆炎と爆煙が妃を覆い、姿が見えなくなる。
「ふう。」
ノラは煙が晴れて妃の姿が確認できる前に防御壁を解除して妃のいた方へと歩を進める。
「ノラ、大丈夫なのか?せめて煙が晴れてからの方が…。」
「大丈夫よ。手応えはあったから。」
僕の言葉に構わずノラが進むうちに煙は晴れ、ようやく横たわった妃の姿を確認できた。
「ほらね言ったでしょ。こいつを亜空間に転送したら私本当にぶっ倒れるから。あとはよろしくね。」
「ああ。」
勝利を確信した僕だが、不意にあるものが僕の目に飛び込んできた。
妃の周囲に散乱した氷。それは僕にある嫌な推測をさせた。
「待てノラ!気を付けろ!」
「え?」
その推測とは、妃が爆撃を受ける前に作った氷塊は攻撃用ではなく、防御用だったのではないかという推測。
結論から言うと推測は正解だった。しかし僕はその伝え方を誤った。人間は普通、背後から大声で呼びかけられたら振り返るものなのに、そんなことも忘れて僕は叫んでしまった。
一時の誤り、それが一生の後悔になる。
振り返ったために妃に背を向けたノラ。跳ね起きた妃は彼女の首を片手で握り、軽々と持ち上げる。もう片方の手では能力によって氷の刃が形成されていく。
「Golem!」
僕は叫んだ。ゴーレムは襲われたのが僕でない場合勝手に動けない。だから僕は叫んだ。
「Guard Nola!」
「We lost my target. Where is Nola?」
「ノラを守れ」という懇願にも近い僕の命令とは裏腹にゴーレムは動かない。命令が成立していなかったからだ。
さっきまで目の前にいて、妃に殺されかけていた我らが魔術師は妃ともども跡形もなく消えていた。
いや、跡形ならあった。彼女が直前まで握っていた杖が床に落ちていた。
何が起きたかは分かっている。ノラは自分ごと妃を亜空間に転送した。そのことを理解した瞬間から僕の頭の中には転送魔法と亜空間の情報が現れる。
いつか誰かが「知ってることは武器だ」と言っていた。そいつは気付くべきだったんだ。その武器は諸刃の剣だということを。
どうしようもない。覆しようのない結論が僕の思考を浸食し、停止に追いやろうとする。どんなに抗っても感情すら奪われかねないほどの勢いで僕の頭を染めていく。
彼女はもう帰ってこない。永遠に帰ってこない。




