第1章 第5話 終焉の魔王⑧
魔王に向かって走る双子。対する魔王は悠然と構えて双子が自分の能力圏内に入るのを待っている。
しかし二人は突如、斜め上方向に跳躍した。体力の限界が近いというのにその跳躍力は依然として常人を凌駕している。物の数秒で床よりも天井の方が近い高度に達する。
デキステルは体をねじって頭を下にし、両の脚を折り畳んで足の裏をシニステルに向ける。そこにシニステルは自分の足を乗せる。「二人の間に鏡があるように」二人は空中で静止する。
二人は同時に、互いの足を踏み台にして加速する。シニステルは上向きに、デキステルは下向きに。
先に魔王の能力圏内に入るのはデキステル。狙いは魔王の槍を潰すこと。言い換えれば、囮。後から来るシニステルの攻撃を何が何でも通すために、デキステルが我が身を犠牲にした。
と、百戦錬磨にして聡明な魔王はそう考えたのだろう。そして彼は六本の槍うちの三本をデキステルに放ち、残りの三本は球状にして背後に隠す。隠して後から来るシニステルに備える。
合理的ではある。模範解答とさえ言える。しかし魔王の読みは間違っていた。彼は重大なことを読み違えていた。戦っているうちに双子の戦闘力を見抜き、これほどの技量を持っている者なら頭も相当切れると高をくくった。
知ってることは武器になる。僕は知ってる。双子の剣捌きは技術ではなく本能。あの二人は剣の実力にはおよそ不釣り合いなほどに論理的思考を苦手とする。つまり、馬鹿なのだ。
それに加えて魔王はさらに一つ読み違えた。彼は双子の動きを「息を合わせた動き」だと考えていた。しかし実際は違う。努力して、意識して「合わせている」のではなく勝手に「合ってしまう」。それがあの双子。シニステル・カタリストとデキステル・カタリスト。我らが剣士、万全の剣士だ。
何が言いたいかというと、デキステルが攻撃をしている最中にシニステルが攻撃をせず待つなどありえないということだ。シニステルはしっかり攻撃をしていた。天井に。
砕けた天井は瓦礫になって落下を始める。それをシニステルは手足を駆使して投げ下ろすので、瓦礫はデキステルよりも先に槍に衝突して槍は相殺される。
デキステルはというと瓦礫の雨を搔い潜り、地面に降り立つ。そして剣を抜き構える。
上には落下を続ける瓦礫とシニステル。正面には今にも自分に飛び掛からんとするデキステル。
魔王は忙しなく両者の間で視線を行ったり来たりさせる。いつもセンサーとして利用している空気がない今、魔王の頼みの綱は視覚のみだ。
魔王が目視によって導き出した答え、それは、シニステルを確実に仕留める。という選択。球体に変形させた空気を再び三本の槍に変形し、同時に、それぞれ別方向から放つ。
シニステルに逃げ場を与えない完璧な軌道を描いて飛んでいた槍は、しかし突如その軌道を乱すこととなる。シニステルが防御に出た時は、デキステルも。だ。
デキステルはこの時、剣を振るって床をえぐり、そこに腕を捻じ込んで床ごと魔王を持ち上げていた。その間実に2秒。空気で周囲を読めない魔王はその2秒で起きた変化にひどく動揺してしまった。結果、三本の槍の軌道に僅かな隙ができる。
その隙に最大限付込むあたり彼らは正真正銘ノラの弟だ。
槍を掻い潜ったシニステルは着地と同時に魔王を斬る。続いてデキステルが驚異的な瞬発力で迫り、斬る。
飛び散る魔王の血液は真空であるがゆえにすぐに蒸発してしまう。
魔王は先ほど放った槍の方へと手を伸ばすが既にノラの魔法によって除去されてしまっている。彼に反撃のチャンスなどない。もはや足元さえおぼつかない双子だったが、引かなかった。本能で実感していた。ここで引けば勝てないと。だから強引に前に出た。剣に全体重をかけ、半ば倒れながら魔王に切りかかる。
終わりだ。魔王がいくら強かろうと、魔王が圧倒的に不利な状況だった。ここまで抵抗できただけでも十分に王の責務は果たせている。
「健闘を称えてご退場願おうか。」
時間は僅かしか経っていないはずなのに物凄く久しぶりに話した気がする。気のせいだろうか?
「ん?二人とも何やってるんだ?」
二人とも剣を魔王にあてがったまま振り切らず、その場でただ立っている。
そして次の瞬間、あろうことか口から血を吐いて倒れた。
「シニステル!デキステル!」
ノラは二人に名を叫んで二人を退避させようと手をかざす。しかし僕はそれを制する。
「何すんのよ!今ならまだ助けられるのよ!」
「分かってる。でも待て。」
「このことを計算してた?計画のうち?人の弟を殺しかけといてまだそんなこと言うの?」
「違うよ。恐れてたことが起こった。」
恐れていたこと、つまり想定内のことが。
「ノラ。防御壁を今すぐ消すんだ。そのあと双子には転送魔法じゃなくて治癒魔法をかけてやれ。」
「…分かった。これがしくじったら私は今度こそあんたのことを信用しなくなるからね。」
「もちろん。毎回そのつもりでいるよ。」
「じゃあやるわよ。掴まって。」
「分かった。」
言って僕はノラの左腕に両腕でしがみつく。
「ちょっと痛いわよ。力入れすぎ。」
「あ、ごめん。」
「て、何で私にしがみつくのよ!」
「掴まれてって言ったのはノラだろ!」
「私はゴーレムか何かに掴まれっていう意味で…まあいいわ。」
言い争っている場合ではないと気付いたのかノラは言葉を切る。
現に、魔王は双子が手から落とした剣に手を伸ばしている。双子は万全であっても不死ではない。首を切断されれば死んでしまう。
「防御壁解除。」
しかし間に合った。
防御壁が解除されると同時に空気が動き出す。空気は流動し、常に均一になろうとする。つまり、今まで防御壁によって隔離されていた真空空間が防御壁の消失によって突如、現れたことになる。
物理法則はこの真空空間が真空であり続けることを許さない。
空気の有る方から無い方へ、中心にいる魔王目がけて、猛烈な勢いで風が吹く。風を操る魔王でさえも制御しきれないほどの勢いの風が。
稼げる時間は風が弱まるまでの20秒足らず。この間にノラは双子の呼吸器官に治癒魔法をかける。それが呼び水となり双子の肉体は超回復を再開する。
「…ぐっ、げほっ!」「がほっげほっ!」
咳き込みながらも双子は呼吸を始める。この時点ですでに意識は戻っている。
風が弱まるまであと10秒。
双子は腕を使って僅かに這い、ともに自身の剣を握る。
あと5秒
双子は風にあおられながら、生まれたばかりの獣のようにおぼつかない足で立ち上がる。しかしその眼にはどの獣にもない鋭い光が宿っている。
あと1秒。
この時点で、双子の体力は完全どころかいつもの一割ほどにも回復していなかった。
しかし彼らは、シニステル・カタリストとデキステル・カタリストは、構わずに動いた。
この1秒ですべてが決まると悟ったから。そして恐らくそれ以上に、もう退きたくなかったから。負けたくなかったから。
強引に前に出て剣を振るう。
一度、二度、三度。双子は同時に、それでいて互いの太刀筋を阻むことなく斬撃を浴びせる。
二人で合わせて12の斬撃を与えた直後、双子の剣は止まり、崩れるように、前のめりに、倒れる。
一瞬遅れて倒れた魔王は天を仰いだまま動かない。裏腹に、双子はうつぶせの状態から裏返る。その胸を大きく上下させて。
「はあ、さすがに、げほっ。疲れた。」「ああ、ちょっと、寝るわ。げほっ。ぐはっ。」
言い終わった直後、少し持ち上がっていた双子の頭がガクッと落ちる。
常人なら悠に百回は死んでいたであろう大仕事を終えておきながら「疲れた」「寝る」で済むのはさすがと言うか、やはり異常と言うべきか。
呼吸に合わせて規則正しく上下する二人の胸を見て、こちらも胸をなでおろす。
「ノラ。双子はゴーレムのサークルの外で寝かせてやってくれ。」
「ちょっと人使い荒いんじゃない?私だって大掛かりな魔法使ってかなり消耗してるのよ。」
「あ、そうだよな。ごめん。無理そうならいいよ。」
「何言ってるのよ。無理なわけないでしょ。」
「……。」
何かなあ。全面的に気の利いてなかった僕が悪いんだけど、何と言うか、彼女は何でこんなに面倒くさい子に育ってしまったんだろう?
「魔王だけど、まだ死んでないわ。完全に意識は飛んでるけど。」
「よかった。なら作戦通りだ。何もかも。」
「うちの弟達が昏睡してるのも作戦のうちと?」
「悪意のある言葉の選択だなそれは。…とはいえ、確かに双子があそこまで深手を負ったのは僕のせいだ。そこは謝るよ。」
「ふーん。さすがは策士さんね。素直だこと。」
「そりあゃな。僕は全知の策士だから。」
「褒めてないってことには気付いてるわよね。」
もちろんだ。戦いが終わって気が抜けたせいか冗談が出てしまった。
「まあそれはさておき、早いところ停戦協定を結ぼうか。」
もちろん話す相手は魔王ではない。
魔王はノラの転送魔法によって亜空間へと転送される。それと入れ替わりにこちらに転送されてきたのは妃。ゴーレムに拘束され四肢の自由を封じられた妃。
「ねえアーサー。」
「何だ。」
「これって拘束する必要あったの?」
「もちろんだ。魔王の妃だぞ。なめてかかると痛い目を見る。」
「それは分かるんだけど…。両手両足に加えて口まで塞ぐ必要はないんじゃない?」
「やったのは僕じゃなくてゴーレムだ。鵺の時も口まで封じ込んでいただろ?」
「そういえばそうだったわね。…ということは妃への仕打ちはアーサーの特殊な趣味とかではないと?」
「ない。」
「特殊な服を着た女を特殊なもので拘束する趣味はないと?」
「ない。」
僕は毅然とした態度でそう答えた。




