第1章 第1話 悲哀の姑獲鳥 ④
ああ、もう終わったな。と僕がそう直感したとき、
バン!
という破裂音とともに耳鳴りが僕を襲う。その耳鳴りに気を取られて自分が宙を舞っているということに気付くのが遅れた。
宙を舞っていると気づいた直後、背中に衝撃と激痛が走り、「グハァ!!」という声が耳に飛び込んできた。まごう事なく僕の声だった。
何が起きた?これは姑獲鳥の攻撃によるものか?いや、そうとは考えにくい。だってすごく痛い。彼女が嘘をついたとすればそれまでなのだが。
「バカ――――――――――――!!!!」
その声を聴いて僕は悟った。耳鳴りがしているのに聞こえたその声は実際はかなりの音量だったのだろう。
「何勝手に犠牲者になろうとしてるの!?仕事が終わったから報告ついでに文句の一つも言ってやろうと思えば・・・。」
ノラが、助けてくれたんだ。見れば姑獲鳥もかなり飛ばされており、僕との間には約10メートルの隔たりができた。
ノラは地面を杖で軽く叩き、魔法陣を投影する。
「防御網展開!」
ノラがそう宣言すると魔法陣の円周から灰色の光の筋が伸び、海草のようにゆらゆらと揺れる。
「ありがとう。助かったんだよな?防御網って初めて聞くけど、もしかして新しい技か?」
「・・・・・・。」
「あれ?あの・・・ノラ?」
「あんたねえ・・・。」
やばい。
ノラの発する不穏な空気を察知し、僕は身構える。
「剣も使えないし魔法も使えないくせに何でこんなことするの!こうなる前にいくらでも逃げるチャンスはあったでしょ!」
「あ、はい。仰るとおりです。・・・もしかして心配してくれたの?」
「ボケてる場合か。謝れ。反省しろ。」
「申し訳御座いませんでした。」
反射的に土下座していた。確かにさっきのは失言だった。
「許さない。戦いが終わるまでそうしてなさい。」
「いや、この体勢でいるのは危険じゃないか?僕、死ぬんじゃないか?」
下を向いているため彼女の表情が読めない。なので彼女が本気で言っているのか冗談で言っているのか分からない。
「終わるまで伏せてろって言ってるの。ホラ、あいつ来るわよ。」
そう言ってノラが指さす先にはすでに空中で飛行体勢を整えた姑獲鳥がいた。
「不意打ちとは・・・驚きました。」
どうやらダメージは大して無いらしく、すぐに僕達に襲い掛かる。が、彼女の攻撃は防御網に阻まれる。
「おお、すごいぞ。お前の魔法ちゃんと攻撃防げてるじゃないか。」
「当たり前でしょ。私の魔法よ。」
と、誇らしげな顔でノラはそう言う。ちなみに僕はもう顔を上げているが、正座は維持したままだ。
「この・・・厄介なものを・・・。」
姑獲鳥が忌々しげにつぶやく。
「いや、これ本当にすごいぞ。もしかしてこれ、今度こそ本当に万能なんじゃないか?」
「もちろんよ。と言いたいところだけど、そうもいかないわ。防御壁は自由に動かせるけどこれは一度発動したら解除しないと私自身も出られないし、」
それに、とノラは上を見る。
「雨も防げないわ。上ががら空きだから。」
つられて僕も上を見るが、なるほど確かにそこには青空が広がっていた。
「ああ本当だー。・・・って、それ今言っちゃいけないだろ!!」
僕は思わず立ち上がるがその足はノラの杖で払われ、僕は尻もちをつく。
「誰が立っていいなんて言ったの?」
「な、お前はこの期に及んで何言ってるんだ!」
「それはいいことを聞きました。」
そう言った姑獲鳥はもう既に防御網の真上にいた。
「それでは今度こそ、さようなら。」
そのまま彼女は急降下を始める。無駄だとは分かっているが僕は身をかがめ、頭を守る。
しかし、いくら待っても衝撃も痛みも訪れない。
僕は恐る恐る顔を上げ上を確認したが、そこには何もいなかった。
「あれ?あいつは?」
「ああ、もう立っていいわよ。」
とりあえず僕は立ち上がるがどこにも姑獲鳥らしき姿は見えない。
頭上に「?」マークを乱舞させる僕をよそにノラは杖で地面を叩き防御網を解除する。その結果、360度視界良好になったわけだが、どこを見てもやはり姑獲鳥はいない。
「ノラ、何が起きたんだ?もう安全なのか?」
「まあ一時しのぎに過ぎないけど、もう大丈夫よ。」
ようやく答えてくれたノラだがいまいち要領を得ない。一時しのぎなら大丈夫じゃないと思うんだが。
「さっきの姑獲鳥は亜空間に転送したわ。急降下してきたときに入り口を開いたの。」
なるほど、それで執拗に僕を立たせまいとしていたのか。もし立っていたら僕の頭が亜空間に転送されていた。
「でもそれならそうと言ってくれればよかっじゃないか。」
「言ったらそれこそ作戦にならないじゃない。・・・で?どうしたい?」
「何がだ?」
「あの姑獲鳥、消す?それとも何とかしてあげる?」
「『何とか』ってなんだよ。いや、それ以前に『消す』ってなんだ。」
「さっきの姑獲鳥は物の怪として成立はしているけど、まだ幽霊としての性質の方が強い。だから、消すなら今のうち。まあ、亜空間から出さない限りアレの時間は動かないからじっくり考えて。」
じっくり?そんなの考えるまでもない消す方がいいに決まってる。これ以上被害を出さないためにも。
「じゃあノラ、早いところ消してく」
「まあでも幽霊だから、平和的に成仏させてあげるって言う手もあるけど。・・・あ、ゴメン何か言おうとしてた?」
わざとだろ。絶対わざとだろ。僕の判断は非情か?非常に非常識か?僕らは国家転覆を目論んでこそいるが、何もこの国を滅ぼそうというのではない。滅ぼしたいのは魔王ただ一人。国民が傷つくことなんて望んでない。
だからこそ今ここで彼女をその未練ごと消去してあげるのがみんなのためというものだ。
「どうしたのアーサー?もしかしてあなたあの人の未練を無視して自分だけ助かろうっていうの?」
それは断じて違う。確かに僕は一度彼女に、姑獲鳥に同情した。それは事実だ。しかし一時の感情に責任を持てというのも理不尽だ。
そしてノラの姑獲鳥の呼称が『アレ』から『あの人』に変わっているのはこの際無視しておこう。僕をいびるための作戦だろう。
「何だよ。僕には自由に選択する権利があるはずだろ?」
「もちろん。どんな決断をしようとあなたの自由よ。」
だったら言ってやる。そうだ僕は正しい決断をするだけの知性があるんだ。何も恐れることはない。
「彼女を成仏させよう。」




