第1章 第1話 悲哀の姑獲鳥 ③
「ありえない・・・。」
二人だけの会議が終了して間もなく、ノラはさっそく僕の与えた任務に取り掛かってくれた。しかしどうやら彼女は不服らしい。
それもそのはず、僕が彼女に与えた任務というのは「倒木探し」だ。もちろんただの倒木探しではない。探すのはなるべく乾燥した、菌類や虫食いなどのない倒木なので彼女の魔法のお陰で段違いにはかどっているのだが、才能の無駄遣いであることは否めない。
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない・・・」
ノラはさっきから「ありえない」と連呼している。これが呪いの言葉に変わる前に作業が終わることを祈り、僕はその場を後にする。
そんな僕にもちゃんと仕事がある。それは、「労働力の確保」だ。
そのための下準備として双子が必要なのだが、うっかりしていた。今あの二人は「ちょっとそこまで」散歩に行ってるんだった。
あの二人の「ちょっとそこまで」は、常人でいうところの「遠路はるばる」なのだ。僕が叫んだところで声は届かないだろう。
ノラがいればすぐにでも転送できるだろうが・・・今のノラにそんなことは頼めない。死期を早めるだけだ。
「仕方ない。自分の力で何とかしてみ」
「「ただいまーー!!」」
目の前に突如として砂嵐が発生し、その砂嵐が喋った。のかと思ったがどうやらそれは誤りで、正体は双子が全速力で走って帰ってきたために起こったただの砂埃だった。
「いや、『ただの』じゃないだろ!」
自分で自分にツッコミを入れる僕。それを怪訝な顔で眺める双子。
気まずい沈黙が辺りに立ちこめる。
「あ、えっと、二人とも、よく戻った。」
しかし意を決して僕は自らその沈黙を破りに行く。
「おう。」「それで姉ちゃんは?」
双子は僕のとんちんかんな発言のことはもう気にしていなかったらしく、普通の対応をする。
「ん?ノラ?ノラは今ちょっと話し掛けない方がいいかな~。」
まだ作業の真っ最中だし、弟だとしても、いや、弟だからこそひどい目に合うかもしれない。
「そんなことより、二人に頼みたいことがある。」
「あ、ゴメン忘れ物したー。」「すぐ戻って取ってこないとなー。」
棒読みだった。絵に描いたような棒読みだった。
「待てお前ら、露骨に嫌がるな。」
「だって面倒くさいことだろ。」「俺らの権利を奪う気か!」
「権利を主張する前に義務を果たせ。」という言葉を僕は必死でこらえる。この二人にそういう話は逆効果だ。
「まあそういうなよ。きっとノラからのお願いでもあるんだ。」
「姉ちゃんが?」「ならしょうがねえな。」
もちろん「ノラからの」というのは嘘だ。
しかし渋々ながらも双子は僕の要求を呑んでくれる。なんだかんだでこの二人は姉想いのいいやつらなんだよな。
「頼みってなんだ?」「何を切ればいい?」
そう言って二人は剣の柄に手をかける。
「待て待て!、何も切らない。今回の目的は標的の生け捕りだ。」
「なんだ切らねえのか。」「つまんねえなあ。」
前々から思ってたがこの双子もかなり危ないな。ノラのことといいまったく。カタリスト家にはろくな奴がいないのか。
「じゃあどこのどいつを」「生け捕ればいいんだ?」
「ああ、それはだな・・・。」
僕は懐から紙を一枚取り出し、それを広げて絵を二人に見せる。
「・・・きにするなアーサー。」「苦手なことはだれにでもあるよな。」
「違う違う!別にこれは絵心がないとかそんなんじゃない!」
二人の哀れみの視線に僕は思わず叫ぶ。
「これは片輪車と呼ばれる物の怪だ。輪入道とも呼ばれる。車の車輪に人の顔が付き、炎をまとった物の怪だ。」
「なんだよそれを早く言えよ。」「てっきりアーサーの絵が下手なのかと思ったぜ。」
失礼にもほどがある。何より哀れみの目が腹立つ。
「まあ、分かればいいんだ。・・・要するに、こいつらを生け捕りにしてほしいんだが、こいつらの炎、これは普段は熱くないし燃え広がらない。でも本物の炎も出すことができるから、見極めはしっかりな。」
「気付かれる前に気絶させりゃいいんだろ?」「そんなの楽勝だって。」
そんなことが本当にできるのか?と思う反面こいつらならやってのけるかも。と思う僕は
「ま、なんにせよ期待してるぞ。できるだけ多く集めてきてくれ。」
といって二人を送り出す。
「了解!」「御意!」
双子はもと来た道を大量の砂埃を上げながら走り去っていった。途中で砂埃が二手に分かれたところを見ると手分けして作業に当たるようだ。
「よし、じゃあ後は仕上げだな。」
仕上げとはつまり基地を建てる場所探しのことだ。この辺りは城下町から離れたところだからあまり人もいないし、すぐに見つけられるだろう。
手ごろな空き地を確保すべく僕が歩き出したそのとき、
「すみません・・・そこの方。」
背後から僕を呼び止める声がした。振り返って見るとそこには赤ちゃんを抱えた女性が立っていた。
「少し、よろしいでしょうか・・・。」
白い着物に草履という軽装、赤ちゃんを抱えている以外にはほかに何も持っていない。このあたりの人だろうか。
「あ、はい。どうしました?」
「この子が泣き止まなくて・・・」
なるほど、それで少し散歩に来たということか、それならばこの軽装にも頷ける。見ると、赤ちゃんはご機嫌斜めらしく大きな声で泣いている。
「代わりに、抱いてはくれませんか?」
そう言って彼女は僕に赤ちゃんを差し出す。
「え?あ、え~と・・・」
予想外の申し出だった。しかしこの母親も子育てで疲れているのだろう。遠めに見ていると細身といった印象を受けたが、近づいてみると少しやつれているようにも見える。
自分の子を他人に抱かせようというこの行為を「非常識」の一言で切り捨てるのには心が痛む
「まあ、その、僕でよければ。」
今の僕にはやることがあるのだが、時間的余裕が無いではない。この母親を助けると思って抱いてあげよう。
「ありがとうございます・・・。」
ほっとしたのか母親の表情が少し緩んだ気がした。しかし、赤ちゃんの方はいまだに大きな声で泣いている。
大きな声?
僕は我に返り赤ちゃんから、そして母親から、距離を取るべく後ろに飛びのいた。つもりだったのだが気付けば僕は無様に尻餅をついていた。
「どうか、しましたか・・・?」
どうだろう。僕がどうかしてるのだろうか。
でもおかしいだろ。こんなに大声で泣いている赤ちゃんを抱いた女がすぐ後ろにいるのに声をかけられるまで僕はその存在に気づいてなかった。
まるで、この女が僕が一人になったのを見計らって空から降って湧いてきたかのように。
「抱けないと、言うのですね・・・。」
彼女は差し出していた赤ちゃんを自分のもとに引き寄せる。と、同時に赤ちゃんはピタリと泣くのをやめ、動かなくなった。
「・・・僕はお前を知っている。お前は、姑獲鳥だな。」
「何をおっしゃっているのですか?私は要と申します。」
女は飄々とそんなことを言ってのける。
「違う!それはあなたの名前だ。僕が言っているのは、今のあなたの状態のことだ!」
「状態?知っていらしたのですか?物知りなお方ですこと・・・。」
「物知り、か。確かにそれは僕の長所ですけど。」
妊婦が子を産む前に亡くなると極まれに物の怪になるという民間伝承に登場するのがこの姑獲鳥という物の怪だ。
「私だって、好き好んでこうなったのではありません。・・・私は死んで、三日間あの人に話しかけ続けました。ですが、やはり霊体は霊体。私の存在を気付かせることはできませんでした。」
これは厄介だ。基本的に幽霊から発生した物の怪というのは自分が死んだことを認めたくないがために物の怪となって具現化する。だが、彼女はもう既に自分が死んだということを自覚している。
「だから、姑獲鳥になったんですか?」
「その通り。私が姑獲鳥になったのはつい昨日のことです。私はただ、あの人に一度でいいから会って、謝りたかったのです。・・・私が先立ってしまったことと授かった子を私ともども亡くしてしまったことを。」
彼女の言う『あの人』とは誰のことなのかは知らない。しかし十中八九彼女の旦那さんのことだろう。
「たとえどんな理由があろうと、自分から進んで物の怪になろうとする人にろくな人間はいないと思いますけど。」
「ええ、そうですね。」
僕からの辛辣な言葉に彼女はさして動揺もせず続ける。
「だからバチが当たったんでしょうね。私はこの体を得てからすぐにあの人のいるわが家へと向かったのですが、あの人はもういませんでした。出家して旅に出たそうです。玄関の戸にそういう旨の張り紙が貼ってありました。」
それはなんとも気の毒な話だが、それにしても僕は愚かだな。こんな他人の不幸話に聞き入る必要なんてないのに。
「だったら探しに行ったらいいじゃないですか。」
しかし僕は聞き入るばかりかこうして進言さえしてしまう。
「今のあなたは物の怪とはいえだれも傷付けていない。旦那さんだってきっと喜んでくれるに決まってる。」
微笑んだのか顔をしかめたのか彼女の顔が歪んだ。
「私はまだ地縛霊としての性質を色濃く残しています。今はこうして仮の肉体を持っていますが、私は我が家からそう遠くへは行けないのです。」
「でも、何か打開策はあるはずです。」
「ええ、ありますよ。一つだけですが、思いつきました。」
彼女の顔から表情が消える。
「あの人に迎えに来てもらうのです。風のうわさでも悪名でも怪談でも何でもいい、あの人の耳に私のことが入ればきっと来てくれるはず。」
ここにきてようやく僕の頭の中で危険信号が点滅し始めた。今すぐ逃げるべきだ、少なくとも彼女の話に聞き入り、彼女が異形のものに変わりきるまで待つべきではなかったのに、僕はその場から動けなかった。
「あなたは優しいお人ですね・・・私の話を最後まで聞いて下さった。」
そう言った彼女はもう人としての原型をとどめていなかった。今の彼女の姿を端的に言い表すとすれば、「鳥」だ。
羽の模様はフクロウのそれに似ている。しかし頭は鷹のものに酷似しており、足は鳥というよりも爬虫類を彷彿させる。そしてその足は赤ちゃんを掴んで放すまいとしている。
「分りました!」
僕は叫んだ。今更だが一か八かの賭けに出る。
「僕があなたのことを皆に伝えます!」
この提案は彼女にとっても魅力的なはずだ。
「そのためには少なくとも僕が生きている必要があるはず!だから」
「だからあなたを逃がせというつもりですか?」
彼女は真っ黒で底なし沼のような異形の目で僕を見つめる。
「あなたは聡明なお方ですね・・・。しかし同時に愚かでもある。・・・私の確たる証拠、すなわちあなたの死体がないままにあなたが騒いだところで町の人々はそれをただの戯言だと思うでしょう。それでは全くの無意味どころか場合によっては逆効果。」
悔しいがその通りだ。
「なので私は申しているのです。死んでいただくと。」
でもそれは嫌だ。
僕が遅まきながら逃げようとしたが、その時すでに姑獲鳥は僕の眼前にまで迫っていた。速すぎる。
「大丈夫。痛くは致しません。」




