第1章 番外編3 悲業の酒宴
私の名は恵寺原慎瑞。陰陽師にして鬼。二十一歳にして総白髪。それが私の真髄。
そして私は今どういうわけか闘言狂にてある人物と酒を吞んでいる。もちろん私自身酒はあまり好きでない故、注がれた酒を二口くらいしか吞んでおらず、杯にはまだ最初に注がれた酒が半分以上残っている。
私をこの場に誘ったのはぬらりひょん。一月ほど前私を騙し、私の両親を死に至らしめた張本人。
なのだが、実際のところ今はさほど彼を憎んではいない。何というか、騙されたという気がしないのだ。私が鬼になった時にぬらりひょんを殺そうとしたが、あれは八つ当たりとしての意味合いの方が大きかったと、今はそう思う。
事件が解決した時、彼が私に謝罪し、金輪際あのような過ちは犯さないと誓った時点で私の気は晴れていた。
「…吞まないのか?」
ぬらりひょんがこちらの顔色を伺うようにしながら話しかける。
「酒はあまり好きではないものでな。…そちらは構わずやってくれ。」
「あ、いやそういうわけには…すまない。知らなかったもので。」
私が今日、散歩でもしようと城下町に出向いたところ、ぬらりひょんと遭遇し、突然ここに連れてこられた。
「……。」
「……。」
しかし店に入ったはいいものの重い沈黙だけが残る。
私はその沈黙に耐えかね、杯に残った酒を一挙に飲み干し席を立つ。
「悪いが用があるので失礼する。」
酷い後味だった。その後味の原因を酒のせいにして、私は慌てて後を追おうとするぬらりひょんを振り返ることなく基地へと逃げるようにして帰った。
「…最悪だ…。」
翌日、私はひどい頭痛に悩まされる。これが二日酔いというやつか。まさかたった一杯の酒でこれほどの憂き目を見ることになろうとは。
「お、どうした?」「風邪か?慎瑞。」
双子の剣士、シニステル殿とデキステル殿がやってきた。
「否、風邪ではない。これしきの事どうということはない。」
私は虚勢を張って立ち上がってみるが少し目眩がする。どうやら私は酒飲みには向いていないらしい。
「無理すんなって。どうせ毒でも盛られたんだろ?」「じっとしてりゃ治るから座ってろ座ってろ。」
促されるままに私は腰を下ろすが、「じっとしていれば盛られた毒から回復する」とは、一体誰基準の常識で生きているのだこの双子は。
「なあお二方、少し相談があるのだが。」
この二人の生き方を真似すると数秒で破滅するということは想像に難くない。しかしこの二人の竹を割ったような性格は称賛と参照に値する。
「昨日実はぬらりひょんに酒を勧められたのだが、私は酒を呑めない故なんとも気まずい空気になってしまい、挙句の果てに私がその場から逃げ出してしまった。…私がとるべき行動というのは如何なるものだったかと先ほどから考えているのだが、一向に答えが出んのだ。」
「何でそんなこと考えるんだ?」「それよりも先に考えることがあるだろ。」
私からの質問に二人はいともやすやすとそう答える。
しかし私はまだその真意を図りかねている。
「どういうことだ?私は何か見落としてるというのか?」
「右ほほを殴られたら、まず考えるのはこれ以上右ほほを殴られない方法じゃなくて」「どうやったら相手の右ほほを殴り返すかだろ?まだ戦いは終わってないんだから。」
少々例えが野蛮な気はするが、分かった。
つまりまだ挽回の機会はあるということか。だから私が今すべきは反省ではなく次なる行動だと、そういうことか。
「ぬらりひょんのとこ行って毒盛ってやれ!」「やられた以上にやり返してやれ!」
どうやら二人はまだ私が毒を盛られたと勘違いしているようだ。
「二人とも、参考になった。ありがとう。今後も何か行き詰ったら貴君らを頼らせて貰ってもいいか?」
「おういいぞ!」「何でも答えてやる!」
どうやら私は人生のどん底で頼もしい仲間に行き会えたようだ。何という幸せか。このことでぬらりひょんに感謝する道理にはならないが、将来過去を振り返る時、彼の名くらいは思い出してもいいだろう。
私はすぐさま出かける準備をする。気のせいだろうか二日酔いの症状が和らいでいる。私が基地を出発したのは昼前だったが城下町で手土産を買ってるうちに時は進み、ぬらり屋に到着したのは丁度正午だった。相手が人間だったら昼飯時だということでもう少し他の場所で時間を潰してたところだが相手は物の怪。本質的に食べる必要のない種族だ。遠慮は無用だろう。
私は店内に入り、一応店の中に客がいないことを確認する。昼飯時はこういう店は逆に繁盛しないのか、あるいは元から客足がまばらなのだろうか。店内には人っ子一人、物の怪一体いなかった。
そういえば最近改装したとのことだが、繁盛もしてないのに投資ばかりしていて大丈夫なのか?
「頼もう!ぬらりひょん。いるか?」
私が呼びかけるや否やぬらりひょんはどこからともなく現れる。
「お前さん…わざわざ出向いてくれるとは。」
「先日は失礼した。私は酒の合わん体質故あのようなぞんざいな態度をとってしまった。貴君さえよければ呑みなおさないか?」
そう言って私がぬらりひょんに差し出したのは私が城下町で買った手土産、それは甘酒。
「ああ勿論だ。こちらこそすまなかった、勝手に酒はいけるものだと思って、先月のことを改めてお詫びをと思って。」
「そのことなのだが、もう詫びは十分だ。どうして今になって。」
「いや、その。…一つ新しい発見があってな。それで改めて罪悪感に押し潰されそうになったということだ。」
「発見?」
この商売の鬼ともあろうぬらりひょんを罪悪感で押し潰すとは一体どんな発見だろう。
「わしがお前さんに渡した鬼の面、あれなんだが、元々面が入ってた木箱みたいなものが見つかってな。そこに由緒書きみたいなものが同封されたんだが、それによるとあの鬼の面は本来鬼を呼び出すための呼び水として使うものらしい。」
「つまりは、口寄せの依り代ということか?」
口寄せとは霊能者が霊を自分の体に降ろしてくるときに使う術だ。そして鬼などの物の怪を呼び出すときはこの術を人ではなく、物を使って行う。その時使うのが依り代。
「そうだ。それも数百年ほど前から使われてた物らしい。」
「ということは、私が鬼に呑まれて両親を殺したのも必然ということか…。」
それなら多少納得も行く。そしてその鬼を最終的に呪い殺せたというのだから私の陰陽師の腕は確かなもの。父上も母上も未練はないだろう。
「本当にすまなかった。今更言ったところでどうにもならんとは思うが、ああなるとは思ってなかった。お前さんが一人で暴走して勝手にそこらへんの物を…壊すだけで済むと思ってた。それであんたは勘当されて遺産がわしに舞い込むという算段で…。」
「ぬらりひょんよ。それは十分下衆な企みだと思うのだが。」
「いや!分かっておる。あの時のわしはどうかしていた。…今なら自分のしたことが分かる。この上ない恥だということも分かる。」
兄上ことアーサー・マクダナムによるとぬらりひょんが私達一家を嵌めてまで金を集めようとしたのは全て、彼が昔世話になった山姥の清という者のためらしい。
「まあそこまで考えてくれていたというのなら私はもう何も言うまい。両親もきっと貴君には、何も言わんだろう。」
そう、ぬらりひょんに対しては。
この件において私は被害者だ。それはゆるぎない事実だ。しかし私にも非はある。私は被害者の立場を盾にとって今まで誰からも非難されなかった。
面を受け取った時、私は両親に相談するべきだった。そして必要ならば面を破壊するべきだったのに、私は驕り、一人で抱え込み、一人で暴走した。
あの厳格な両親ならきっとそこを突いてちゃんと私のことを叱ってくれただろう。
でももう彼らはいない。口寄せを使えば再開は叶うだろうが、私は彼らに合わせる顔がない。だから当分の間は仮面を着けて生きていくつもりだ。褒められてもにこりともしない鬼の顔で私は私を救ってくれた人達のために生きる。それが終わったら。ゆっくり親から説教されるとしよう。
「ぬらりひょん。貴君の気持ちも誠意も伝わった。だから呑もう。酔えはしないだろうが、話は弾む。」
昼飯前のすきっ腹に甘酒を注ぎ込んだ私が結局酔ってしまうというのはそれから数時間後の話。
そんなわけでとりとめのない鬼達の宴は、始まる。
番外編は以上です。
本編の第四話は八月下旬に更新しようと思います。




