第1章 番外編2 悲願の裁縫
あたしの名前は潮離。その正体は最後にして最強の牛鬼。
なんちゃって。嘘です。最後の牛鬼って言うのは本当だけど、最強って言うのは嘘。あたし達牛鬼は人を助けると死ぬ物の怪。だから最後まで残ったあたしは最後まで人助けをしなかった牛鬼ということになる。それってつまりあたしが史上最弱の牛鬼ってことでしょ?人助けって強者の特権だから。
まあそんな反省じみたことを考えつつあたしは今一つ大きな悩み事をしている。
「うーん。この生地の量だと浴衣をもう一着は無理だし、かと言って本当にスカートとか作ったら先生本気で怒るだろうし…。」
悩みどころだ。
あたしは先生ことアーサー・マクダナムから反物を貰い、その時に先生と「生地が余ったら何かかわいい服を作ってあげる。」という約束をした。
そしてあたしは自分用の浴衣を作り終えて余った生地の中途半端さに一人頭を悩ませている。
「悩ましい…あたしの浴衣姿くらい悩ましい…。」
こんなことを言っても突っ込んでくれる人はいない。きっとこの場に先生が居たら「どさくさに紛れて自分を褒めるな。」とか言ってくれるだろうに。
「悩ましい」が実際に誉め言葉に当たるかどうかは置いておくとして。
「よし!こういう時はあれだ。先人の知恵だ!」
そう思い立ったが吉日のあたしが向かった先は食堂兼呑み屋である「闘言狂」。
「こんにちはー。清さんいる?」
「おやいらっしゃい。」
そう言って店の奥から現れたのはこの店の店主にして先生の育ての親、山姥の清さんだ。
時間はお昼時を過ぎてしばらく。丁度お客さんの流れも落ち着いてきたころ。
「ちょっと相談したいことあるんだけど今いい?」
「うん。この時間帯はいつも暇してるからねえ。どうしたんだい?」
あたしが清さんと知り合ったのは一月くらい前。うちに慎瑞っていう鬼の子が来た数日後。先生があたし達の基地に清さんを連れてきた。
山姥の別名が鬼婆ということもあってかあたしと清さんは名前に鬼を宿す者同士すっかり打ち解けて、あたしの方から闘言狂に出向くこともしばしば。
「先生に何か服を作ってあげたいと思ったんだけど、浴衣を一着作って余った生地で作れるものって何かない?」
「その反物ってのはうちの子が先月ぬらりひょんから買ってったやつかい?」
「うん。」
「だとしたら無理じゃないかい?あの反物は着物を一着作ったらそれでいっぱいいっぱいなはずだ。」
「ふっふっふ。それはどうかな?実は裏技があるんだよ。」
そう言ってあたしは席を立ち、清さんにあたしの足元が見えるようにする。
「んん?…あっ!なるほどそういうことか。考えたもんだ・・・にしてもちょっと短すぎやしないかい?」
あたしの言う裏技、それは自国と異国の融合、浴衣とスカートの融合。つまり、あたしは浴衣の丈を城下町で流通してる輸入品の一つ、スカートと同じぐらいにした。
それによって使う布の量も節約できるわ、まだ誰も見たことのない斬新な服が生まれるわで一石二鳥というわけなのだ。
「スカートなんてこんなもんだよ。中にはこれよりもっと短いのとかあるくらいだし。」
丈の長さは膝上5センチ。城下町で出回ってる平均的なスカートと変わらない。
「まああたし自身スカートってもんをあまり知らない身だからあまり偉そうな口はきけないが、似合ってるとは思うよ。」
「ありがとう。」
「でも問題はそこじゃないんだろ?余った布でうちの子に何か作ってやりたい。か…。」
清さんはしばらく宙を見つめ考えるようなしぐさをする。
「だめだ分からん。そもそもあの子、いつも同じ服着てるだろ?」
「え?そうだけど、あれってノラちゃんの魔法があるからじゃないの?」
「いいや。あの子はうちにいた時もずっと同じ服だったよ。」
ここで清さんは衝撃の事実を暴露する。
「清さん。そこは親として止めてあげて。」
「いやいや違うよ。多分だけど、あの子は同じ服をいくつも持ってるんだ。さすがに洗わずに同じ服を着続けてたら匂いでも分かるし、分かった時は止めてるよ。」
山姥の清さんは人間よりも嗅覚が鋭い。その清さんが大丈夫というなら本当に大丈夫なんだろう。
「持ってる服が一種類だけってことは何を作っても大丈夫ってことかー。…ってダメだ。それ以前に生地が少ないんだった。」
「だったらもういっそのこと身に着けるものじゃなくていいんじゃないのかい?」
「身に着けるものじゃなくて?…ああ、そっか。それもそうだね。」
あたしは服を作ることに固執してたけど、そうか。服じゃなくてもいいのか。それは盲点だった。
「ありがとう清さん。何か分かった気がする。」
「おや、今のでかい?あまり助言をした気はしないけど。」
「ううん。すっごく助かった。というわけでお邪魔しましたー。」
そう言ってあたしは早々に店を出て基地に戻る。
相談に乗ってもらうだけ乗ってもらって何も注文しないとは、我ながら迷惑な客だ。今度何か別の形でちゃんとお礼しないと。
そして翌日。
「はい先生これ。約束の品。」
「約束?」
怪訝な顔をする先生にあたしが差し出したもの、それは財布。
「初めは本当に服を作ったげようと思ってたんだけど生地が足りなくて。それで許して。」
「いや、てっきりあれは冗談だと思ってたよ。…それで、今着てるのはあの反物から作った服だよな?」
「うん。」
あたしはその場で一度、クルリと回ってみせる。
「その、財布を貰っておいてこんなことを言うのはあれかもしれないが、無理してくれなくてよかったんだぞ。」
「え?別にあたし無理なんてしてないけど。」
「いや、無理してなくてその着物の丈はおかしいだろ。…いくら何でも短すぎる。」
先生が清さんと同じことを言ってる。
「何?城下町にはこれよりもっと短いの履いてる子だっているよ。」
「あー…うん、まあ、言われてみればそうかな?今まで長めの丈だったからちょっと錯覚起こしちゃってるのかもしれないな。」
先生の場合だと日常的に接する女の子があたし以外にノラちゃんしかいないっていうのも理由としてあるだろうけど。
ノラちゃんは「ろーぶ」とかいう服を着ていて、足の先まですっぽりとテルテル坊主みたいになっちゃってるから。
「ありがとう潮離。大事に使わせてもらうよ。」
「いえいえどういたしまして。言ってくれればいつでも見せてあげるからね。お望みとあらばもっと短くしたげるから。」
「僕が感謝してるのは財布の方だ。お前の浴衣の丈の方じゃない。大事に使うと言っただろ。」
「でもだめだよ先生、あたしにばっかり欲情してちゃ。先生にはノラちゃんっていう素敵なお相手がいるんだから。」
「ありもしない事実を次々と捏造するな!僕がお前に欲情したこともなければ、ノラが素敵なお相手だったこともない!」
分かってる。分かってる。でも照れ隠しもいい加減にしないと、いつかノラちゃんに愛想付かされちゃうよ。っていうのは、さすがに余計なお世話かな。
全く、あたしもそろそろこれ止めなきゃな。「ありがとう」って言われたら「どういたしまして」でいいのに。まだ感謝されるのに慣れてない。
先生は約束してくれた。あたしが人を助けてもその度に屁理屈であたしを助けてくれるって言ってくれた。
そういえば、慎瑞が鬼から解放されたとき鬼の面を彼から引き剝がしたのはあたしだったのに、いつの間にか慎瑞を助けたのは先生ということになってる。
今気付いたけどあたしはまた知らないうちに彼に助けられてた。はたから見たら手柄の横取りだけどあたしにとってはこの上なくありがたいことだ。
「まあ冗談はさておきこれは日頃の感謝だから。大事に使ってね。」
そんなわけで今日もあたし達のどうしようもない日常は、始まるよ。




