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第1章 第2話 悲願の牛鬼 ③

「大丈夫か!?」


僕はノラに駆け寄る。少し顔色は悪いが、目は開いており、意識ははっきりしているようだ。


「どうしたんだノラ!しっかりしろ!」


下手に揺さぶると事態を悪化させてしまう恐れがあるため、僕はノラに触れることなく懸命に呼びかける。


「よ……酔った。」

「は?」


今こいつ酔ったって言ったか?いや、だとすれば何に酔ったっていうんだ。船にも乗ってないし酒なんて万が一にも飲まない。考え付く原因としては転送魔法くらいだが…。


「さっき…久しぶりなのに調子に乗って目を飛ばしすぎた…。きっとそれが原因…。」

「……。」


こいつはアホなのか?


「そんな理由で酔うことってあるのか!?曲がりなりにも『万能』を豪語している魔術師が。そんな理由で…。」

「河童の川流れって、言うでしょ。…いかに万能な、魔術師であっても…このくらいの…失敗はするわ…。」


途絶え途絶えに何を言ってるんだこいつは。「このくらい」じゃ済まない大ダメージじゃないか。


「まあ湖の調査なら僕一人でもできるから、お前は先に帰ってていいぞ。」

「そう?…じゃあ、お願いするわ。…あんたごときに任せるのはしゃくに障るけど、任せる。」


言い終わると同時に彼女の姿は灰色の光に包まれ、僕の視界から消えていった。


「あれだけのダメージを受けてなお僕を蔑むことを忘れないとは、抜け目ないやつだ。」


いや、目が抜けた結果があれだったか。

さっきの軽口のお返しとばかりに僕は内心独り言つ。


「さて、じゃあ僕は調査をするか。そしてどの川が僕らの基地に注ぎ込んでるか突き止めてやろう。」


僕は意気込んで湖畔にある大きな岩の上によじ登る。


「……。」


あまりの絶景に僕は言葉を失う。もっともこの場合、絶景の絶は絶望の絶なわけだが。


「いや、多すぎるだろ…。」


岩に登る前、僕は湖から出ている川はせいぜい二、三本だと思っていた。しかし足場が高くなったことによって僕は知ることとなった。この湖からは十数本もの川が流れ出ているということを。

これならきっと双子を導入しても二、三日はかかるだろう。


「仕方ない。こうなったら…。」


諦めよう。

僕は自分の立場もノラに吐いた「僕一人でもできる」という言葉をも忘れ、岩から降りて日陰に入り、手足を投げ出して横になった。


「丁度いい。昼寝でもしよう。」


何が丁度いいのか自分でもわからないが、どの川を辿れば基地に着くかもわからない僕は今現在基地に帰る術を持たない。

ただでさえヘタレな僕だ。ロール作戦を敢行するなんてこと、候補を半分にも絞れないうちに野垂れ死んでしまうだろう。

そんなことをするくらいならもうただただ無為に時を過ごす方が良かろうということで僕は昼寝を開始したというわけだ。


「ああ、なんというか…自分の責任をすべて放り出しての昼寝。なかなかいいもんだな。…やらなといけないのは分かっているけどやらない。いや、やれない。」


ダメ人間まっしぐらである。


「僕は今までなんのためにせっせと働いていたんだろう…こうしていればずっと幸せなのに…。」


そろそろ危ないな。悟りを開いてしまいそうだ。


「あれ?珍しい。人がいる。」


不意に寝ころんでいる僕の頭上付近から声が聞こえた。女性の声だったがノラの声ではなかった。

僕は目を開き上体を起こして振り返る。


「ごめんなさい。気持ちよくお昼寝中でした?」


そこには年の頃は僕と同じか、あるいは少し上といったところの女性が一人立っていた。

彼女はこのあたりで農家でも営んでるのか、肌は日に焼けてきれいな小麦色になっており、髪は肩に届かないくらいの長さに切られている。着ているものも農民らしい簡素なものだ。


「いえ大丈夫です。ちょっと現実逃避していただけなので。」

「現実逃避?…見たところ君、私より年下みたいだね。ダメだよ。その年でそんなことしちゃ。」

「あ、はい。ごめんなさい。」


初対面の人に説教をされてしまった。


「君みたいなのがいるから世の中はどんどん悪い方向へ行くんだよ。」


初対面の人に存在意義を否定され始めた。

何様、いや、何者なんだこの人は。

しかし不思議と嫌な気はしない。なぜか好感の持てる話し方というか振舞い方だった。


「私の名前は潮離しおりっていうの。私でよければ話くらいは聞くよ?」

「僕はアーサーです。じゃあ早速聞きたいんですけど、この辺の地形に詳しいですか?」

「詳しいよ。なんたってここで生まれ育ったんだからね。…君さっき現実逃避がどうとか言ってたけど、もしかして迷子?」

「断じて違います。帰り方のめどが立ってないだけです。」

「帰り方がわからないってことでしょ?それって迷子じゃないの?」


まあ、そういう考え方もできなくはない。しかし僕にもプライドというものがある。認めるわけにはいかない。


「まあその話は置いといて、この辺の森の中にある空き地に僕らは基地を作ったんですけど、そこへ行きたいんです。えっと特徴は————」


空き地の特徴を一通り彼女に説明する。


「うーん…そういう場所ってね、この辺りには結構あるのよ。」

「中央に川が流れてます。」

「あーそれならだいぶ絞れるね。それでもまだ候補は十以上残ってるけど。」

「直径は12メートルくらいなんですけど。」

「めー、とる?それは何か単位みたいなものなの?」


そうだった。この島国での長さの単位は尺や寸、里といったものなのだった。

この国を支配したらまず単位を統一しないとな。いや、今現在国どころか基地を作るのにかなり苦戦している僕は他に考えるべきことがあるか。


「あ、何でもないです。忘れてください。…さすがに候補全部を回るのは僕の体力が持ちそうに無いのでやっぱり僕はここで仲間を待つことにします。」

「それで大丈夫なの?」

「ええ、夜になるころには僕の帰りが遅いのに気が付いて迎えに来てくれるはずですから。」


というか、そう思わないことにはやってられない。ノラも鬼ではないがただ単純に何の悪気もなく僕のことを忘れるということもある。不安要素としてはそれくらいだ。


「まあ最悪ここで夜を明かせばいいですから。この湖の水って飲めるんですよね?」

「うん。あ、でも待って。湖にはあまり近づいちゃだめだよ。…危ないから。」


潮離さんはそういって湖に歩み寄る僕を制する。


「え?危ないって、何か危険な魚でもいるんですか?」

「ん、あ、いやそうじゃなくって…落ちたら危ないでしょ?」

「別にそこまで深くないと思いますけど。この湖。」


僕は湖をのぞき込む。素晴らしい透明度のお陰で底まで容易に見ることができる。

が、僕は湖の水深を目測することはできなかった。なぜなら僕は見てしまったのだ。湖の水深なんて二の次にせざるを得ないようなおぞましい怪物が湖の底に潜んでいたのを。

その怪物は大きなクモだったがその頭部はクモではなく鬼のものだった。

僕はこの物の怪を知っている。だから僕はさっきの鬼という表現を改めるべきだろう。あれは厳密には牛

だ。そしてこの物の怪の名は、牛鬼ぎゅうきだ。


「逃げてください!湖に化け物が!」


僕はもう昨日までの、具体的に言うと姑獲鳥うぶめに襲われる前の僕ではない。今回は危険を察知した瞬間に逃げの態勢に入った。

僕は潮離さんの手を掴み後方を確認して走り出す。つもりだった。少なくとも僕が水面に映し出された自分の姿を見るまでは。

水面に映る僕は潮離さんの手を握っていなかった。水面の僕が握っていたのは牛鬼の足。そう、牛鬼は水中にいるのではなく僕の後ろにいて、潮離さんは僕の後ろにもどこにもいない。

彼女が牛鬼だったのだ。

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