4… 魔女のアトリエへ
ということで、ビビの案内でやっとのこと旅の目的である十二神像に辿り着きました。
私の目の前にあるのは、鼠色の石像。
右手にカンテラ、左掌に炎を携えた、やや長髪の中肉中背の男性像。彼の足元には色あせてはいないものの、煙の汚れなのか、ややくすんでいます。
「その昔山々から噴き出した炎が街に灯りを、そして鉱石がこの街に富を与えたという――紅き山脈の深底に住まう守護神スルトを配下にせし、紅蓮なる焔・ムルキベルじゃ」
ビビが誇らしげにそう語りました。
ロア様はというと、珍しくぼーーっと像を眺めているだけです。
「つまりは炎の神様なのですね」
「うむ」
「それにしてもずいぶんと寂しい場所にあるのですね」
そう案内されたのは大通りなどではなく、住宅街の隅っこに十二神像はあったのです。
「広場にあるのは侯爵の像じゃ。街が改築されてから、場所は移されての。ここはすっかり忘れられ、人は訪れなくなったと聞く。元々リモードには信仰などありゃせんからのう」
「創造主と呼ばれる神様より、人間の主ですか…悲しいですね」
「そんなものじゃろ」
ビビはぽつりと呟きます。
やっと目的地のひとつに辿り着いたのに、なんだか寂しい雰囲気になってしまい、さて、と私は気を取り直し髪飾りを取ります。
息を深く吸い、星謳いの紋章を石像に向かってかざし――
「……?」
「……なにも、起こらないな。」
「伝承では確か――"十二の神 生まれし彼の地にて、紺碧の空いずる星々の使徒仰ぎ 明星向かいて星の紋章を掲げられたし。さすれば道は開けたり…。"」
「紺碧の空……もしや、夜ではないといけないとか」
ビビの言葉に私は閃きました。
「そうか…紺碧の空、明星…石像ではなく、石像がある場所に星座があるとされるんだ…てことは元の場所を探さないといけないってことですよね…」
ややこしい上に面倒。
私は肩を落としてため息をつきました。
「それなら仕方ありません。宿に泊まってからまた夜に訪れましょう、ロア様」
「え?え、ああ……」
私はふと、反応が薄いロア様に気付きました。いつもの元気さがなく、思えば十二神像をみても無反応。
「…ロア様、どうなさいました?はしゃぎすぎて疲れましたか」
「あ、ああ……。」
さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように、今のロア様は沈黙している。こころなしかぼーっとしているような…
「ロアさ――」
私が肩をゆすると、ロア様はべしゃりとその場に倒れ込みました。
「うわあっ!」
「ロア様‼」
長い前髪をよけ、額に手をやると体温が異常に上がっていることが分かります。
「すごい熱…なんで、仰らなかったんで―」
青ざめたロア様を見つめて、私はハッとしました。
彼が悪いんじゃない――私が気づかなかったからだ、と。
「儂の家が近所にある。とりあえずそこに行こう」
ビビの提案に頷き、私はロア様を担ぎます。
「やめ…とけ、ニーナ…男の僕は重い…」
よほど辛いのか、意識も曖昧にそう言うロア様の身体は熱いです。
「大丈夫です、これくらい。」
とは言っても、やはり女のでは大の大人のロア様は重い。それでも私は彼をだらんと背負ったまま、歩きます。
「だ、大丈夫か?人手を呼ぶほうが…」
「どうせ…私の相手なんて、してくれませんよ」
「ニーナ…?」
ビビがはっとします。
さっきから向けられていた痛い視線。それはビビだけではなく、私に向けられていたものでした。子供が大人を抱えて歩いているのに、誰も声をかけるどころか遠巻きに見ているだけです。
「大丈夫、ですから。ビビはお家まで私を案内してくださいな」
「う、うむ…」
私よりさらに小さい子供のビビに手伝わせるわけにはいきません。
心配そうに後ろを見ながら案内するビビに連れられ、私はなんとか二歩三歩とすすみます。
りんごやの女将や闇市は気さくな人が多かったようですが、全部がぜんぶではないのですね。
少しだけ、心の奥が痛んだ気がしました。
「おかしいな…今までは平気だったのに」
私はひとり呟きます。
クヴァルムからはじまり、私はロア様といることで人々のやさしさに触れることが多くなりました。
でもそれはきっと、ロア様がいたからであって私の力ではない。
ロア様や――別れたザックスさんには愛想や優しさというものがあります。そういうものに惹かれて、村の人や街の商人も声をかけるのでしょう。
私にはそれがまだ、欠けている。
治癒術士のくせに、相方の体調不良さえ気づかない…いや、気遣いができないなんて。
歩きながら私はどんどん情けなくなりました。
そして、ようやく数メートル歩いたところで、ロア様の身体がずっと落ちそうになります。
私が一緒に転げ落ちそうになったその時、がしっと私ごとロア様を抱えた大きな人影がみえました。
「……っと、あっぶねえ!」
逞しい長身の体躯、背中にはバカデカい斧。灰色がまざった黒いの短髪。
「―—大丈夫か?」
「ザックス、さん……!」
優しいエメラルドグリーンの瞳をみて、私はらしくもなく、すがるようにその名を呼びました。
◇
「『工房・魔女の小さな花屋』……?」
ビビが指さしたのは、裏路地手前にある片隅の小さなお花屋さん。無理矢理増築したのか、二階部分がおおきく飛び出していて、今にでも一階がおし潰れてしまいそうです。けれども、店内にも外にも咲き乱れた花たちは、美しく店を飾っていました。
まるでこのお店がまるごと巨大な大樹のようです。
そして店の外には色とりどりの美しい花々が咲きほこり、あたりにはフローラルな香りがふんわりと満ちていました。
メルヘンで可愛らしいお花屋さんをみて、ザックスさんは聞きます。
「ここがビビの店なのか?」
「そうじゃ!!…といってもまあ、儂の師匠の家じゃ。儂は居候しとる」
「「師匠……?」
ザックスさんの背にはぐったりした顔の赤いロア様が。そして彼はロア様を背負い、私たちと共に来てくださいました。
膨らんだベランダに置かれた鉢植えが太い木柵から覗き、手すりにも鉢植えが掛けられています。そしてそのベランダから睨みを利かせたご高齢の婦人がひとり。
「こらビビ!店番ほったらかして、どこほっつき歩いておった!」
「げっ…おばば…!」
ビビはバツの悪そうな顔をして、私の後ろに隠れました。それを見てご老人はつかつかと駆けつけてきます。
実に憤っているご老人は、よく見るとなかなかおしゃれなおばあ様でした。
胸元には真珠のネックレスをして、白髪は可愛らしいボンネットでくるんでいます。そしてエプロンが付いたワンピースは薄いピンク色。
「おまえ、またあんなしょーもない店を出して組合の連中と揉めたんじゃあるまいな⁉」
「ふ、ふーんだ。」
しかしビビを叱る表情はまるで恐ろしい魔女そのものです。
あからさまに目を逸らすビビに、おばあさんは鋭く目を細めました。
「インチキな店なんぞ出しよって、このドロテーアの名前を穢す気か!それでも魔女の弟子か!」
おばあさんの言葉にむっとした様子のビビは、私の背中越しに反抗します。
「い、インチキとはなんじゃ失礼な!これでも結構繁盛しとるんじゃ!」
「ふん!ひよっこのおまえが売るものなんぞ、たかが知れとるわーい。」
おばあさんの言葉にむっとしたビビは私の背から飛び出して、叫びます。
「な、なんじゃとー!」
しかし飛び出した瞬間、
ぽん!と小さな煙がビビの身体を包み―
「もういっぺん言ってみやがれじゃ!」
ふさふさの太い尻尾、下にぺたんと垂れた長い耳。ビビは小さな黒狐に変身してしまいました。
ザックスさんと、騒ぎに少しだけ目を覚ましたロア様がザックスさんの背中で言います。
「なんだ、ビビはコポリだったのか!」
「コポリ…族じゃないか…」
「コポ…リ族?」
私がほうけている間にも私の身体を挟み、互いに癖のある言葉で罵りあう一匹と一人。
「何度でも言ってやるわい、ひよっこ!ぺーぺー!ど素人め!」
「くう…!言わせておけば、このモーロクババアめ!」
「そのババアに二年経っても追いつかないおバカな妖精はどこのどいつじゃのー?」
「きいい‼ド近眼腰痛持ちの鬼婆め!」
ビビがその言葉を吐くと、おばあさんの額にぴくりと青筋が浮かびました。
「つべこべ言わんでさっさと手伝わんか!」
魔法陣が一瞬で浮かび、おばあさんの杖から放たれた淡いピンク色がもやもやと植物を包み、魔物化した植物がビビの尻尾にに噛みつきました。
「――っうぎゃああああ!」
ビビの絶叫が狭い路地に響き渡ります。
「んで、おまたちは何用じゃ」
大の男を担いだ巨格の戦士と、治癒術士。
おばあさんは、ほけっとしていた私たちをじろりと一瞥すると、フンと鼻をならしました。
「なんだ、珍しく客人か…」
そう言って踵を返し、可愛らしいお店に引っ込んで、
「どうした、入るならさっさと入れ」
促された私たちはおそるおそる、お店へお邪魔しました。




