↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/15

9話「本命」

 騎士団本部は不穏な空気に包まれていた。


 無理からぬことだった。

 地位のある騎士が立て続けに行方をくらませ、内のひとりは変死体として発見されたのだ。

 それも、お膝元であるこの剣都で。

 噂は末端の団員にまで広がり、むしろその中で不気味さを増していくようだった。


「――検死の結果、タロン騎士は墜落死(・・・)したそうだ。見つかったのは街の南区角のはずれ、ちょうど街道との境目あたり。周りには高い建物なんてひとつもない。そんな場所でな」

「…………」


 割り当てられた会議室で、エイジは席にもつかずにベックの説明を聞いていた。

 他のメンバーは全員着席している……ベック、プラム、シャルル、その三人は。


 本来いるはずのもうひとりは、いない。

 この問題児たちに指示を下す、そんな立場の人間が。

 それがこんなにも居心地悪く、落ち着かない。


 ちら、とエイジのことを一瞥だけしてから、ベックは続けた。

 手元の書類をぺらぺらとめくっているが、そこに新しい情報があるわけではなく、単なる手癖だろう。


「先週の工事現場の市民と同じだろう、ってのが、調査班の見立てだ。彼は魔物化していて、それが上空から落下して死亡した――理由も原因も因果も、なにも不明だが。分かったのは、ともかく捜索指令はこれで打ち切りっていうことだけだ」


 それはそうなるだろう。

 結果の善し悪しはともかく、行方不明になっていた人物は発見された。

 調査は別で行われるとして、捜索チームは当然解散になる。


 ベックが一息ついてから、言葉を継いだ。


「……エイジが"路地裏"で仕入れてきた情報とも合致する。ついでに、推測には俺も同意見だ。タロン騎士は何者かに――いや、あるいは魔女そのものに接触され、魔物へと変貌させられた。今になって死体が見つかったのは、用済みになって処分されたか、それとも、他の理由があるのかは分からないが――」

「考えたって分からないなら、話し合っても分からないだろうが。この時間はなんのためなんだ?」

「…………」


 エイジが口を挟むと、ベックは無言でこちらを向いた。

 嘆息して答えてくる。


「エイジ。気持ちは分かるが、少し落ち着け」

「なにがだ? 俺は平気だ。冷静だよ」

「そんな言い方をしておいて、どこが冷静なんだよ。焦っても状況は進展しない。それどころか、そういう顔をしてるやつが大抵悪くする」

「どういう意味だよ!」


 がっ、と手近な壁を殴りつけて、エイジは叫んだ。

 こちらを見ていたシャルルとプラムが、びくりと身体を震わせた。


 右拳がビリビリ痺れるが、痛みを感じない。

 硬く握った拳のまま、ベックにさらに言い返した。


「それに、気持ちは分かるってなんだ! なんだよ、俺がなにかに動揺してるとでも言いたいのか――」

「だから、俺たちも同じだから分かるんだよ。セイラム副長のことだろ。もしも、あの人が『同じになったら』……って予感してる」

「……ぐっ」


 苦くうめく。

 はっきり自覚はなかったことを、あっさり図星を指されて。


「もう一度言うぞ。焦っても状況は変わらない。まずは、お前は、絶対に先走るな」

「そ、そうだよ、エイジ君。セイラム様が同じ事件に巻き込まれたとは限らないし……だから、今は私たちが喧嘩してもしょうがないよ」

「分かってる。そりゃ……分かってるよ。でも!」


 血を吐く心地で叫んで、歯を食いしばる。

 言っている通り、理解しているからこそ平静ではいられなかった。


 なんとか息をついて、拳からも力を抜いた。

 みんなに背を向けてドアへ向かう。


 止める声はなかった。

 代わりに、ベックが背中に声を投げてきた。


「エイジ。"路地裏"にはもう行ってきたし、俺のほうでも情報は集めてる。頭冷やしたら帰ってこい」

「……ああ」


 言い置いて、エイジは会議室の外へ出た。




 騎士団の訓練場の裏手、陰になって目立たない場所に独り。

 エイジは虚空に木剣を振るいながら、形も掴めずモヤモヤしたものを持て余していた。


 苛立ちとよく似ているが、少し違う。

 焦燥感というのが近いだろうか。

 じりじりと胸を焦がして、とてもじっとしていられない。


 素振りの掛け声もなく思う――

 ベックたちの言うことは正しい。

 理屈では分かっていながら、それでもあの場は噛みつかずにいられなかった。

 そんな自分を愚かだと自覚しながら、到底我慢がならない。


 あの場ではみな、エイジの気持ちは分かると言っていたが。

 それだけではない事情があるのだ。


 それだけでは済まされない理由と……苦い記憶が。

 もう小一時間も素振りを続けても、まったく気分を晴らせないだけの、絡み合った複雑な感情が。


「――やっぱりここにいたッスね。先輩」


 物思いに沈みそうになった思考を、現実に引き戻したのは聞き慣れた声だった。


 もっとも、その近づいてくる気配には先んじて気づいていたが。

 木剣を振るう手を止めて振り向くと、そこには馴染みの後輩騎士、プラムの姿があった。

 そういえば、さっきの会議室では結局、一度も口を開かなかったか。


 プラムはこちらに歩み寄ってくると、よっこいしょと近くの地面に座り込んだ。

 立ったままのエイジに喋りかけてくる。


「先輩、イライラした時はいつもここッスよねえ。そんなに気の利いた場所でもないでしょうに、なにが気に入ってるんだか」

「……知ってたのか。俺がいつもここで自主練してる、って」

「当たり前じゃないッスか。何年後輩やってると思ってるんです? あんまりプラムちゃんを舐めないでほしいッスねー」


 気軽に笑って言ってくるプラムに、エイジも少し肩の力を抜いた。


 そうして初めて気がついたが、随分汗をかいていたらしい。

 額に張り付く前髪の感触が気持ち悪い。


 制服の袖でそれを拭こうとすると、その前にプラムが手拭いを渡してきた。

 くすくす笑って言ってくる。


「気が利く後輩ちゃんにお礼は?」

「おう、じゃあ水も一杯持ってきてくれ」

「パシリじゃねーんすよ。素直じゃないなー、ほんと」


 笑み交わしつつ、受け取った手拭いに身体の汗を吸わせた。


 そうしてしばし、緊張が解れたのを待ってから。


「ハルトさん――っていうのは、先輩のお兄さんなんすか?」


 突然といえば、出し抜けなことをプラムが口にした。


 エイジは、思わず目を瞠ってから――観念してうなずいた。


「察しがいいな。なんで分かったんだ?」

「まあ、半分はカマ掛けだったッスよ。あからさまに隠してる様子なんで、聞くのも憚られましたけど。それと、これもカマ掛けなんすけど、もしかしてセイラム様も関係があったり……?」

「先に言ったらカマじゃないだろ。アホか」


 とはいえ、内容自体は正解だ。

 そんなに分かりやすかったかな、と短く嘆息して、エイジは続けた。


「昔、恋人同士だったんだ。ハルトの兄貴とセイラム副長は。でも、兄貴は死んじまった。セイラム姉さんが俺に構うのは、そのことを今でも気にしてるからだと思う」

「心配ッスよね。セイラム様のこと」

「気にしてない、なんて今さら白々しいな。あれだけ取り乱した後だと」

「お兄さんたちとの関係、秘密にしてた理由は聞いていいすか?」

「…………」


 思っていたよりズケズケと踏み込んでくる。

 とはいえ、これ以上プラム相手に隠し立てして、意味があるとも思えなかった。

 それに、秘密を共有する連帯感は案外馬鹿にならない。


 エイジは口を開いた。


「よくある話だよ。仇討ちだ。兄貴は魔女を調査する事件の中で命を落とした……だから、俺は偽名で騎士団に入団して、兄貴を死に追いやった魔女を探してるんだ」


 今度の沈黙は少し長引いた。

 先にそれを破ったのは、プラムのほうで。


「セイラム様は、そのことを?」

「知ってるよ。ていうより、色々と無茶言って便宜を図ってもらった。不正ってほどじゃないけど、分家の家名での入団を許可してもらったり、そのことを実家にも説得してもらったり。迷惑ばっかりかけてるな」

「そうみたいッスね。でも、今回の件は先輩とは無関係ッスよ」

「ありがとうな」

「えっ?」


 礼を言うと、プラムは目をぱちくりとさせた。

 ちょっといきなりすぎたか、と思いながら、エイジは続けた。


「気を遣わせたからな。この期に及んで『余計なお世話だ』とは言えない」

「めずらし……先輩が素直で優しいッス。うう、サブイボ出そう……」

「張っ倒すぞ、このアホ後輩!」

「アハハ、嘘ッスよ、可愛い嘘! お礼なんて水臭いッスよ。私と先輩の仲じゃないですか」


 拳を振り上げるエイジから逃げるように、プラム。

 ついでに、小さく一言つぶやいた。


「……それに、シャルルちゃんに負けてばかりもいられないし」

「あ? なんだって?」

「なんでもないッスよ。ところで先輩、この後――」


 と、プラムが言い差した瞬間だった。


 ふらり――という様子で、エイジの視界の端になにかが過ぎった。

 こんな景色もない建物の隙間で、なにかが動くなど滅多にないことだが。

 反射的に振り返って……


「…………!?」


 エイジは息を呑んだ。

 いつの間にか、まったく気づかない間に、訓練場との短い通路に人影がたたずんでいたのだ。


 怪しい風体の――そうとしか言いようがない――ボロのようなローブで全身を覆い、フードを目深に被って、人相を隠した何者か。

 それでもローブの端からのぞく手足や、身体つきの雰囲気から女と察せられる。


「……誰だ!」


 当たり前だが、騎士団にこんな人物はいない。

 端にある訓練場とはいえ、こんな格好でまともに本部に潜入できるとも思えない。


 エイジは視線を険しく、手にしていた木剣の切っ先を女に向けた。

 後ろではプラムも立ち上がり、こちらをフォローできるように身構えている。


 女は答えない。

 ただ、わずかに身じろぎした。

 ローブの下で、手先を動かすように。


 そして。


「…………?」


 こちらに、ひょいとなにかを放り出した。

 注意を切らさないまま視線を向けると……そこに落ちていたのは、片手に乗るほどの布切れ。

 だが、それがなにかを瞬時に悟ると、エイジは叫んで飛び出していた。


「てめえッ! セイラム姉さんをどうした!」


 それは、騎士団の上級騎士の腕章だった――血でべったりと濡れていた。

 振りかぶった木刀に赤いオーラを纏わせ、加減なしに女に斬りかかる。


 しかし、女は先を読んでいたようにゆらりと身をかわし、後ろへ飛び退っていた。

 木剣があっさりと空を切る。


 しかしエイジは止まらなかった。

 木剣を振るった勢いをそのまま、肩の上まで振り切り、逆手に握り直して担ぐように構える。


赤式撃剣(ソードレッド)狗蓮牙(ウルブズバイツ)!」


 赤い颶風を纏って撃ち出された木剣が、女の人影へと襲い掛かる。

 間合いを無効化する即断の射刀術、無手になるリスクを負っての奇襲攻撃が、なびくローブへ食らいつくように空間を裂いて――


 ズガァン! と向かいの建物の壁に激突して、大きな土煙を上げた。

 しかし、手応えがない。


「くっ……!」


 眼差しを鋭く人影を追うと、女は爆風に舞うように宙にとんぼを切ってふらりと着地した。

 表情は、相変わらずフードに隠されてうかがえない。


 なにを考えているのか分からない。

 だが、なにもかも状況が分からないまま、女はさっと身を翻して駆け出した。


「な……ま、待て!」


 突然の行動に、咄嗟に反応が遅れた。


 出遅れた一歩に、刹那、踏み出すことを躊躇したが……


「――先輩! なにしてるッスか、早く追ってください! みんなには私が知らせますから!」

「っ、ああ! 頼むぞ、プラム!」


 後輩の声に背中を押されて、エイジは人影を追って走り出した。

 途中、訓練場に置いてあった剣を手に取り、腰の剣帯に素早く取りつけながら。

 先の一撃で木刀は砕け散っていたし、なにより、正体不明の相手に剣なしでは相対できないと判断して。


 女はローブをなびかせながら、異様なほど身軽な身のこなしで騎士団本部の壁を飛び越えた。

 外へと逃げた――


「逃がすかよ!」


 エイジも同じく直進を選んだ。

 女と同様に、とは行かず、壁を蹴って駆け登り、上辺に手をかけて乗り越えることにはなったが。


 地面に着地すると、もう女は通りの向こうへ消えかかっていた。

 すれ違う人々を押しのけながら、エイジは全速力でその背を追う。


(あの身のこなし……どう見たって普通じゃない。まさか、本当に魔女なのか?)


 考えても分からない。

 しかし、分からないこそ、なおさら逃がすわけにはいかない。


 女は人目を避けるように、裏通りへと突き進んでいた。

 その思惑はともかく、一般人を巻き込まずに済むのは好都合でもあった。

 だが、見失ってしまえばそれすら無意味になる。


 息を切らしながら追いかけて、いくつ建物の角を曲がったか。

 不意に、女は路地の隅で足を止めた。

 エイジも靴底を路面に滑らせ、慣性を殺して立ち止まる。


「追いかけっこは終わりか」


 鋭く抜剣しながら、口を開く。

 真剣の切っ先を女に向けながら、エイジは告げた。


「お前、何者だ! なんでセイラム副長の腕章を持っていた。答えろ! 返答次第じゃ、この場で――」

「ふふふ……」


 女が含み笑うように言った。

 といっても、それもローブの下のことで、唇がわずかに動くのしかエイジには見えなかったが。


 女がおもむろに右手を上げた。

 こちらに向けてではなく、それを通り越して、自らの顔を覆うフードに手をかける。

 それをゆっくりと、まくり上げていき。


「……ふふ、ふ、ふぶぶっ。ぶぐ、ぐぎぃっ」

「な……っ、あ?」


 ――現れたその顔は、なんのことはない中年の女性だった。

 見覚えもない。

 ただ、明らかに尋常でない様子で、白目をむいて唇の端からも泡を吹いている。


 あまりの事態に、エイジの思考は真っ白になっていた。

 なんだ、これは。

 なにが起きている……?


 しかし、その疑問に答えが出るより先に。

 いや、半ばその直前に。


「!? がっ……!」


 背後から頭に打ちつけられた衝撃に、エイジの頭は激しく揺れた。

 視界が揺れて、倒れていく――


「――あーあ、残念。まんまと引っかかっちゃいましたねえ」


 その背後から、倒れ込む上から、声が聞こえてくる。

 聞き慣れた声音。


「まったく、駄目ッスよ先輩。他の女に目移りしちゃ。先輩の"本命"は、私なんすから……」

「プ、ラ――――」


 くすくすと小悪魔めいて笑う声を最後に、脳震盪の暗闇に呑まれて。

 エイジの意識はそこで途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。