01-SS-02A 馴れ初めと裏話 表
私がスミカと出会う少し前のこと。その日私と侍女達はお父様とお母様の馴れ初めを熱く物語っていました。
魔族の女の子なら、誰でも知っている恋物語です。
15年前のある日の早朝、それは霧の深い日でした。
お父様が宮廷の花壇を散歩していると、霧の向こうに人影が浮かびました。
見たこともない衣装を纏い呆然と立ちつくす美しい人間の少女、それがお母様でした。
人間などいるはずのない場所です。その姿に心奪われつつもお父様は誰何します。
帰ってきた言葉は「ここはどこですか?あなたはどなたですか?」でした。
お父様は「予はこの地を統べる魔族の王、ユノア・ラース・エルセイン。美しき少女よ、御身の御名を賜れまいか?」
「エルセイン陛下でいらっしゃいますね、私はリマド・ナスティレン・アドウ。王国アドウの姫です。」
お母様は美しい声で答えました。
アドウという王国など聞いたこともありません。しかしお母様の佇まいはまさに王女のものでした。
もしかするとこの姫は、遙か時空の彼方よりこの世界に迷い込んだのかもしれない、お父様はそう考えました。
異変を察知し、城の衛兵が花壇に駆けつけます。衛兵たちはお母様の姿を見つけ「曲者!」と剣を抜きました。
お父様は一喝します。
「愚か者!貴人と曲者との違いも見分けられぬか!剣を収めひざまづけ!」
衛兵たちは命令に従いました。
お父様もお母様の前にひざまづき手を取ります。
「遠国の姫よ。もしこの地に寄る辺が無ければ予の宮殿に逗留しては頂けまいか?
予も予の臣下も、誰一人とて姫の御身を傷つけず、許しなくその肌に触れぬことをお誓い致します。」
衛兵たちは目を疑いました。誇り高き魔族の王が、人間の少女にひざまづき滞在を乞うているのですから。
少しの後、お母様も陛下の手を取り答えます。
「陛下、私に束の間の休息をお許し頂ければ嬉しく存じます」
お母様に心奪われてしまったお父様は即座に求婚しました。しかしお母様の答えはこうでした。
「陛下、申し訳ありません、私には心に決めた婚約者がいるのです。」
諦め切れないお父様はその夜お母様の寝所を訪れます。
お母様は薄いネグリジェを纏い、窓辺の椅子で夜空を見ていました。その姿は硝子細工の人形にも見えたそうです。
お父様はお母様を抱き寄せます。
「陛下、許しなくこの肌には触れないお約束です。」
お父様は答えます。
「姫よ、予が触れているのはこの薄衣、御身の肌には指一本触れてはおりませぬ。そして御身の肌に触れるお許しを頂きたく存じます。
薄衣越しに予の燃える想いは伝わりませぬか?」
お母様はなおも否みます。
「陛下、私には婚約者が……」
「存じております。ですがここは姫のお国から遠く離れた世界、婚約者を忘れよとは申しませぬ。
だがその想いを御心の奥深く沈め、わが愛を受け入れてはもらえませぬか?予はその想いごと姫を娶りましょう。」
いつしかお父様はお母様の手を取り、唇が触れんばかりに顔を寄せていました。
お母様は目を閉じます。
「はい、陛下 仰せに従います。」
そして二人は熱いくちづけを交わし、世紀の恋が始まったのでした。
「素敵です!」「私もそんな恋をしてみたい!」
私の話に侍女たちは顔を赤くします。何度も聞き、何度も話したお話ですが私も顔が赤くなっていることでしょう。
「それにしてもリルナード様が元人間だからといって王妃になれないなんてひどいです。
いまだに寵姫のままだなんて元老達は頭が固すぎです。」
「でも、リマドが正妃になれぬなら正妃などいらぬ!と何度元老に進言されても正妃をお迎えにならない陛下は素敵です!」
「女の子の憧れです!」
「楽しそうだね。」
不意にお父様の声がかかりました。魔王といっても私にはやさしいお父様、臣下には寛大な敬愛すべき主君です。
侍女達は真っ赤になって下を向いてしまいます。私はお父様に答えます。
「お父様とお母様の馴れ初めの恋物語を話していたのです!お二人は女の子の憧れですもの!」
「ははは、それはありがとう。楽しいお話を邪魔してしまったね。通りかかっただけで特に用事は無かったのだ。続けなさい。」
お父様は帰っていかれました。
「その婚約者の方も恋敵が陛下ではどうしようもないですね。」
「今でもずっと新婚のようにお二人が仲睦まじいのは本当にすてきです!」
私達はさらにお父様とお母様の恋物語について熱心に語り合いました。




