第6話 家族の断片
放課後、直哉はいつもの帰り道を歩いていた。
昨日の体育の出来事が頭から離れず、心臓の奥がざわつく。
――和也の数字が、急に減った。
それを頭の中で反芻しながら、直哉はふと視線を上げる。
街角の病院の前で、和也と母親の姿が見えたのだ。
「ママ、今日の検査どうだった?」
和也の声は軽やかだが、母親は少しだけ俯き、息をつく。
「……経過観察だから大丈夫よ。あまり心配しすぎないでね」
直哉の胸がぎゅっと締めつけられた。
――やっぱり……病気なんだ。
和也本人は知らないのだろう。
笑顔で歩きながらも、母の手をぎゅっと握る姿には、ほんの少しの不安が滲んでいる。
その様子を見て、直哉の心に小さな震えが走った。
(この子は……まだ気づいていないんだ)
直哉は無意識に歩みを止め、影に隠れるように観察した。
母の目は、誰にも見せない心配を抱えたまま。
和也は、ただ無邪気に母と話している。
通り過ぎる人々には、何も見えない。
ただの親子の風景。
だが直哉には、確かな真実が見えてしまう。
歩き出そうとしたその瞬間、背後から声がかかった。
「直哉くん?」
振り返ると、美咲が心配そうな顔で立っていた。
「なにしてるの?」
問いかける美咲に、直哉はすぐには答えられなかった。
胸の中には、見てはいけない現実を見てしまった罪悪感と、守らなければならないという決意が入り混じっていた。
「ちょっと……考え事」
精一杯の声で答える。美咲は頷き、しばらく黙って直哉の隣を歩いた。
二人が歩く帰り道、夕焼けが街路樹の葉を赤く染める。
直哉の心には、一つの疑問が浮かぶ。
――和也の家族は、彼の病気をどのくらい知っているのか。
――そして、俺は何をすれば、この子を守れるのか。
その答えはまだ出ない。
ただ一つ確かなことは、直哉の心に芽生えた「守る意志」だけだった。
数字の減る現実、家族の影、そして和也の無邪気な笑顔。
その全てを、直哉は胸に刻みつけた。




