婚約破棄されましたので、急がば回れですわ!!
「悪名高き女騎士シンファニア!!この僕、ヘリウム・ガス・フールバーが今、此処で貴様との婚約を破棄する!!」
高らかに叫び声が響き渡り、ワインを運んでいた小人達が慌てバランスボールでバランスを取ることでワイン落下を阻止する。
燃えるような赤い髪をツインテールにして軽くウェーブを掛け、パーティーに似つかわしくない銀色の鎧を着た私は思わず目が真ん丸になりましたわ。
今夜は王家主催の大夜会。
普通の夜会と違って、大夜会は国中の貴族が集う一年に一度の大規模なパーティー。
私の名は、シンファニア・アイス・クリスタル(18)。
クリスタル辺境伯家の嫡男であり、このフールバー王国第二王子の婚約者だったのですけど……たった今、婚約破棄されましたわ。
辺境伯家は、田舎者だと情報に疎い、中央の下級貴族に馬鹿にされて居ましたけれど、王国で武を司る一族と、文を司る一族、そして商業で財を成した商会一族も我が一族の分家です。
あらあ、上級貴族は真っ青に成りましたわ。
「第二王子殿下、婚約破棄されると言うことは……我がクリスタル一族との同盟も破棄されると言うことで御座いますね?」
そして私は、第二王子付き近衛騎士団長も務めておりましたの。
「あぁ、この場にて貴様の近衛騎士団長の任も剥奪する。貴様らクリスタル一族は、我が愛しい男爵令嬢スカターンを冷遇して、庶子の出であるからとスカターンを辺境伯家から追放したらしいからな!!心優しいオクタン男爵家が保護して擁護しなければ、今頃魔物の餌食になっている所だったのだぞ!!」
第二王子カフス様が私に言い放ちます。
「失礼ながら、意味が分かりません。我がクリスタル辺境伯家の子は、そもそも私しか居りませんし、父も母も仲睦まじく不貞を働いて愛人など作る訳が御座いません。本当にスカターン嬢がそのような事を?」
眉を潜め私は問い掛ける。
「スカターンから預かったこの指輪が、クリスタル辺境伯家の子だと示す者だ」
カフス様が私に見せたのは、クリスタル一族の紋章が彫られた指輪だった。
「その指輪は……母と父が婚約をした際に、父が母に送った婚約指輪です。十年前、賊が宝物殿に侵入した際に盗まれたもので御座います」
私はびっくりしてカフスに答えた。
「え?盗品……?スカターンは確かに……」
そこで、カフス様は冷や汗を掻きました。
まぁ、でも遅いですわ。
「その際、偽名を使って侍女になった女が居て騒ぎに乗じて姿を消した者が居りましたの。今だと年の頃は三十後半、丁度容姿もスカターン嬢の母、オクタン男爵夫人と似ておりますわ」
笑顔で私が言うと、俄に上級貴族達が騒ぎだす。
ってのは、カフス様に合わせて言ったので、とっくに大夜会を前にオクタン男爵夫妻は辺境伯騎士団で身柄を抑えてある。
王に頼まれ、不本意ながら婚約しただけであってメリットは全くないもの。
「泥棒の娘に第二王子は騙されたのか?」
「なんとも情けないですわ」
ざわざわと騒ぎは広まる。
「なっ……な……だっだが……俺と婚姻しなければ……俺が辺境伯になるからお前は夫人になるのだろう!?悪い女に騙されたんだ!!頼む!!許してくれ!!」
カフス様は狼狽えて私に言うけど。
「辺境伯は長子である私が継ぎ、カフス様が伴侶と成られる筈だったのです。その言葉だと、我がクリスタル辺境伯家の乗っ取りと捉えられますね。……婚約破棄承りました。近衛騎士団長の任も剥奪されたので、これ以上私と我が一族が王都に留まる理由も御座いません。それでは失礼致します」
カーテシをして私は大夜会から去る。
私に続いて、文の一族、武の一族、商会の一族、そして私が率いていた近衛騎士団も大夜会を去っていく。
「姫様、近衛騎士団の他にも、我が部下達と共に王都の屋敷へお戻りください。第二王子殿下の独断でしたが、後が無くなった国王陛下と王太子殿下がどんな動きをするか読めません。私とジェフリードも直ぐに後から合流致します」
白銀の髪で短髪、切れ長の瞳で程好く鍛えた偉丈夫は私に言うと、副官である副騎士団長他数十人を付けてくれた。
フェリゲルス・アイス・パール(28)。パール伯爵家当主であり、今日まで王国騎士団長だった。
「全く、愚かとしか言えませんね。あれほどクリスタル一族を蔑ろにしたくせに、今さらなかった事にするどころか、クリスタル辺境伯家の乗っ取りを計るとは……」
金髪の長い髪を背に靡かせ、左目にモノクルを付けた美しい青年は溜め息を付く。
ジェフリード・アイス・ダイヤ(26)。ダイヤ侯爵家当主で今日まで宰相を務めていた麗しき麗人。
「ふむふむ、他国でも我が国のヤバさ加減は危ぶまれておりましたが……これ程までとは驚きですね」
茶髪の髪を肩まで伸ばし、端正な顔立ちを不愉快そうに歪めた青年が苦笑いする。
アズール・アイス・タイガーズアイ(24)。
タイガーズアイ商会会長であり、タイガーズアイ子爵家当主。
「此度の件で、近衛騎士団全騎士が王宮や王族から離れるのは避けられませんね。元々我々近衛騎士が忠誠を誓ってるのは辺境伯家ですし、近衛騎士としての地位も欲しくはありませんよ」
赤銅色の長い髪を一つに結わえ、近衛騎士の正装を着こなす青年は不適に笑みを浮かべる。
アレクセス・アイス・ルビー(22)。ルビー伯爵家当主で近衛騎士団副団長。私の右腕ですわ。
「魔道塔に居るあいつらにも既に部下を向かわせ知らせてあります。姫様、夜風は冷えるので上着を……」
影のように控え、私に報告する青年に私は微笑む。
黒髪で短髪、燕尾服を着た色白の青年は私の背にカーディガンを羽織らせた。
ルーカス・アイス・トパーズ(18)。
トパーズ男爵家当主で、私の幼なじみであり護衛兼侍従。
「ふふ、ありがとう、ルーカス。やっとよ、やっと……忌まわしい呪いと執着からさよなら出来るのよ。やっと私が私に戻れるかもしれない」
私は喜びを噛み締めながら皆に言うと、皆も嬉しそうに微笑んだ。
ルーカスのエスコートで私に辺境伯家の馬車に乗ると、王宮を後にした。
急がば回れ、先に動いて制するのは常識だからね。